25.権力者の気まぐれは怖かった
しかしながら、そう簡単にいかないのが世の中というものなんでしょうね。
社を出てしばらくして、ベルガ君がビタリと立ち止まり後ろ足で立ち上がりました。慌ててポチも止まろうとしたようですが、突如「ヴォン!」と一声発して横っ飛びになりました。
ポチが先に教えてくれてたので、私はスナイフェル氏共々伏せて掴まってたので落ちずにしがみ付いていられました。まぁ日頃から鞍に落下防止の為の補助魔法をかけておいたのですけどね。
この時何かでちょっと右上腕を切ったみたいなのですが、もう既に治す手間も勿体無い位に危険な状況になっていました。
さっき我々がいた地点は4本の爪痕に沿ってゴッソリ土が抉られており、その傍らにはいつの間にやら暗緑色の巨大な竜がいたのです。
ムーちゃんが翼を広げた大きさの2倍以上はある巨体をしているわりに彼女の物よりも小さな翼は、魔力補助を用いても余り距離を飛ばない種であることを意味しています。鋭い四本角と金色に輝く縦長の瞳を持つソレは、物語で良くある感じの均整のとれた竜の肢体を長い尾で巻いてこちらを見ていました。
………巨竜種だ。
凝視していたせいで思いっきり目が合ってしまい、瞬間的にぶわりと総毛立つ。
ルグオォォォォーーーッ!!
その巨体に見合うとんでもない音量の吠え声に私は一瞬すくんでしまい、身動きが取れなくなってしまった。
「ポウ殿アスラン殿、誘導する!急げっ!!」
スナイフェル氏が私の手ごと手綱を握り、今来た道へ猛然とポチを追いたてる。
即座に意図を理解したベルガ君達も身を翻して追ってきました。
とりあえず社へと戻るつもりだったのですが、その行く手を植物の蔦や枝、倒木が邪魔をする。
「狂い竜が!我ら精霊すら目の敵にするとは何事だっ!」
スナイフェル氏の一喝に蔦は一旦は動きを止めるが、植物は再度吠えたスキュラに従いまた蔦と枝を伸ばしてきました。
「「風よ!!」」
「切り裂け!!」
スナイフェル氏と私の風魔法、それとベルナーク様の剣圧を一点に集中して道を作る。
ベルガ君も嘶き、円のように水を回転させ蔦を薙ぎ払った。
が、スキュラは我々を逃がすつもりが無いらしく、何十もの植物で遠方から周囲を固めだした。街道が我々を中心に植物の円で囲われてゆく。
それは本当に瞬く間の出来事だった。
「ちっ!お前ら証言台に立てよ。フェルニゲシュ来いっ!!」
ベルナーク様が剣の柄に埋め込んである紫水晶を握りこんで叫んだが、すでに遅かったらしい。植物サークルには既にスキュラの魔力が通っており暗緑色の光を放っていた。このサークルの目的は、外界との遮断らしかった。
「……この子頭いいですね。主人とか居たりするんですかね?」
「感心してないで解呪しろ!」
「もちろん即やりましたよ。解けなかっただけです」
オイ!っと罵声を浴びせられても無理なものは無理なんです。能力差が無い限り結界は基本作ったもん勝ちなんですから。
「来るぞ!」
スナイフェル氏が注意を促す。
バッと左右に散ったが、そのど真ん中をスキュラの長い尾が鞭のように飛んできて地面を抉った。
この隙にベルナーク様がベルガ君を煽ってスキュラに走りこみ前肢に切りつけたのですが跳ね返されました。見た感じ鱗が傷ついた程度のようです。ベルガ君もここぞとばかりに水を糸のようにして飛膜を切り裂く、が、同じく痕が付く程度に抑えられてしまいました。
間髪入れずスナイフェル氏が半月型に圧縮した風をスキュラの頭に当てて気を剃らしたが、やはり傷一つ付いていない。
再度のベルナーク様の腹下に向けた突きはキィンッと高い音を立てて弾かれた為、一端スキュラの攻撃可能範囲から離れました。
ベルナーク様はヒットアンドアウェイ方式でいくつもりだったんでしょうか?援軍呼べないんですけど。
「……弾かれたぞ。固いな。補助魔法とか付いてないか?」
「本人のじゃないみたいですが、力一杯色々付いてるみたいですね。そして解けません」
「チッ!」
私の返答が相当気に食わないのは分かりますが、掛けた人?との力の差がありすぎっぽいんですって。だからこっちに殺気を向けるのは止めてくださいよベルナーク様。
「とりあえず、立て籠りましょう」
運良くさっき走り回った部分には血を撒けたので、仕上げに青く染まった加護付きの札に血文字で呪を書き上げ地面に貼りました。
「封!」
コウッと札と私の血に呼応して薄青い膜が半円を作り、真っ直ぐこちらに向かってきていた枝をバチンと弾きました…………が、私は相手を舐めていたようです。それからすぐ植物は内側の地面から生えて私を捉えようとしました。
「あいやぁ!?」
「張り直せ!!」
スパッと蔦を切り落としてくれたベルナーク様に引き摺られて難を逃れ、大慌てで地表も含めて防御結界を張り直しました。
結界にとじ籠ったお陰で攻撃も止み、とりあえずの小康状態となりました。
結界のすぐ外側には巨竜種が来ていて、強度を探るように手を延ばしては結界にバチっと弾かれています。我々もそれから目を反らさないようにしつつ作戦会議となりました。
「……コレはどれくらい保つ?」
抜き身の剣を構えたまま、ベルナーク様が問うてきました。
「コレは所詮人間の魔力が基礎ですし、スキュラが全力で潰しに来たら一瞬じゃないでしょうかね」
クゥンとポチが鳴いたので、無意識にモフモフしてしまいました。ポチには私の不安が読み取れたんでしょうね。
自分で言うのもなんですが、自分の血も使う師匠直伝の防御結界には自信がありました。しかしながら圧倒的な基礎能力と補助魔法の差というものは如何ともし難く、技術で補えないものがあるのも知っています。
二重になっているとはいえ、恐らく今結界が傷もなく保っていられるのは古代竜の気紛れな加護のお陰なんでしょうね。
「やっぱり天敵(フェルゲ二シュ)召喚が一番安全な手法ですよね〜」
「あの外の植物結界を越えないと呼べないぞ」
「ですよね〜…このメンバーで火の魔法が得意な方って、やっぱいないですよね〜」
今までのを見ていると、風のスナイフェル氏、水のベルガ君、その両方の私、ポチは使ってるのを見たことが無い。
ベルナーク様は……氷を使えたみたいだったけど、あれって剣がどうこう言ってたなぁ。魔法として使ってるのは見たことないから却下かな。
「火魔法なら何でも良いのか?」
「植物の敵ですよね、炎って」
「奴のせいにしてこの辺灰にしても良いか?」
ぱちくり、とユックリ瞬きしてからベルナーク様に向き直ります。
「火魔法、使えたんですか?」
「俺らの家系の元は火竜だぞ」
そういえばズメウは火竜が始まりと何かに書いてあった気がします。
髪の色も単なる赤毛じゃなくてそういう血からだったんですね、知りませんでした。
「やり過ぎるとこの森の主が本気で怒り狂うかもしれないので、程々にお願いしたいです」
加護まで取り消されそうですしね。
「んじゃとりあえず俺にありったけ補助魔法かけてくれ。出来る限り炎は加減する」
「攻撃補助は我に任せよ。アスラン殿は防御と移動系を」
スナイフェル氏と私がお互いに被りの無いよう術を重ねました。
ベルナーク様はふらり、と剣を片手に結界の縁まで歩き、何事かを呟きながらゆったりと剣を構える。
彼の目の色が金色に変化した次の瞬間、ゴゥ!と剣が青白く燃えた。
剣は結界を切り裂こうと前肢を上げていたスキュラの指を結界ごとサックリ燃やしつくしました。
グアァァアーーーッ!!!
「ぎえぇ!!結界がぁぁ〜!」
スキュラと私の大絶叫が木霊する。
そのせいでベルナーク様に向いていた殺気がこっちに向いてしまいました。
スナイフェル氏はベルガ君に乗ってダッシュで私から離れ、私はポチに襟口をくわえられその場から飛び退きました。
大急ぎで避けたその場は、すぐにトゲトゲの蔦で切り裂かれた。……間一髪だった。
即座に私を追いかけようとしたスキュラだったが、突如左翼と左後肢が斬りつけられ、ゴウッ!と燃えたと思ったら炭となり砕け散りました。やっぱり赤くない、青白い炎でした。
「アスラン魔法補助かけてんじゃねえっ!やり過ぎちまったじゃねえか!」
何故か私が怒られました。ノンノン、私違うーかけてないー。ベルナーク様がノーコンなだけでしょー。
スキュラは憎々しげにベルナーク様を睨みましたが、圧倒的な攻撃力と火力を体感してようやく身の危険を察知したのでしょう、ズルズルと後退をし始めました。
戻ってくるなと言わんばかりにベルナーク様は魔力を込めた右手を振り、スキュラの前の地面と左隣の木を派手に燃やしました。
青白い炎は炭化すら許さず塵を舞わせました。
そこからは早かった。
グルグル唸り警戒しながらも、巨竜種は森の中へと帰っていったのです。
最後にベルナーク様にありったけの蔦を叩きつけてきましたが、勿論彼には通じず細かい灰の雨を降らせただけでした。
……増強されたベルナーク様、恐るべし。
巨竜種の気配が全く無くなって暫くしてから、ベルナーク様はふっと軽く息を吐いて剣を仕舞いました。
辺りは蔦など植物の切れ端、灰の山、爪痕でぼこぼこの地面となっており、一目で戦闘の跡地と分かるほど荒れています。
「ベルガ殿、申し訳ありませんが慈雨をお願いします」
ベルナーク様の要請に答えて、ブルル…と馬みたいに鼻をならしてからベルガ君が雨を降らせました。
キラキラした再生を促す虹色の雨は、色んな戦闘の後をしっとりと濡らしたのでした。
そういえば。
「……あ。治さなくて良かったのかな……」
巨竜種の消えた森を見ながら呟いたら、構わぬ、とお爺さんの声が聴こえた気がしました。
やっぱりコレ、わざとだったんですか………。
権力者の気紛れは本当に怖いと思いました。




