22.目的地に経由地が追加されました
結局、翌朝の出発となりました。
黒龍という、曰く付きなフェル君の夜間飛行が認められなかったようなのだ。
まぁ、ズメウの掌中にあるとはいえ、一般人から見た上位野生種の諸行は厄災以外の何物でもないからでしょうね。当たってますけど。
「向こうに着いてから呼べばよかったんじゃないですか?」
まずは隣国入りした最初のお昼の休憩時間にそう言えば、「あれ見ても止められるか?」とため息をつかれました。
少し離れた湖の畔で、フェル君が威嚇しまくるムーちゃんにさっき捕まえたらしい鹿を差し出しています。
意外にも真面目にムーちゃんに惚れているらしいのです。
「それでも、私には嫁に出せる権利は無いですよ?師匠見つけて説得してくださいね」
「俺もオルが怖いから嫌だ」
ベルナーク様は飼い主がいの無い台詞を吐いております。でも私もその気持ちは分かるので責められません。この話題になるとどうしてもお互いに無言になってしまうので、違う話題を提供することにしました。
「ところで、経由地はどちらを予定してますか?出来ればバーラッド国にある聖者の森の祠に札を納めておきたいんですが……」
ベルナーク様はとても不思議そうです。補足が必要みたいですね。
「私の呪符は五行思想というものに近いらしくて、土地や竜の属性にある気を利用して強化や弱体化、無効化しているのです。クルージュという土地が発する地の気とそこに住む気の影響を受けた者に抵抗するために、バーラッドの聖者の森が発する木の気が札に流れるよう繋ぎが欲しいんです」
普段私が活動する地域ではそれほど土地自身の持つ気の影響は少ないのですが、そういった強い気を持つ聖地――今回の目的地は五大古都と言われています――では対策を練ってから行かないと本当に役立たずになります。これはホント、師匠に耳にタコが出来るほど言われてきました。
私の魔法は基本的に治癒だけで、防御は札で補っている為命取りになりかねないそうなのです。
「……それ位大回りした方が良いカムフラージュになるな。バーラッドまではフェルとムエザを連れていけるが、そこから先は普通に馬で行きたい。目立ちたくない」
でも、あなたの体格と赤毛はどう頑張っても目立ちますよ……とは口に出して言えませんでしたが私のぬるい目線に気付いたらしいベルナーク様が「俺の髪は黒か茶に染めてくれ」と言ってきました。自覚はあるようでなによりです。
あ。それ以外にも問題がありました。
「あと、私が馬に乗ったらポチが馬を妨害すると思います」
「……あの犬、意外と嫉妬深い妖精だったんだな」
忠犬と言ってほしいですけど、そうなんです。ムーちゃんとか龍種に乗った際に彼が邪魔をしない理由は、単純に力の差があるためです。
リッジテール辺りだと、しっかり言い聞かせておいてもたまに怪しいです。
「仕方がないな。向こうに連絡してスティンガーでも用意してもらっとく」
「すいません、宜しくお願いします」
その後、直ぐ出来るからと少し休憩時間を延ばしてもらってベルナーク様の髪と眉を黒に染めました。睫毛は嫌がられたので今回は諦めました。
漆黒にしたはずなのに、日の当たるところに立つと紅く見えるのが静脈血のようでビビりました。あ、でも元は動脈血だ。酸欠かよ、と思ったのは内緒だ。
私たちの進路はひとまずバーラッドになりました。
私に急な出立をさせたわりにはさして急ぐ感じでもなく、更に隣の国で野宿という事になりました。
フェル君の空間移動で一気に行ってパッパと終わらせると思っていただけに、私としては何だかモヤモヤしています。
夜営地が定まると、何処からともなくポチが現れて枯れ枝を集めてくれました。さすが人助け妖精の鏡ですね。ベルナーク様は獲物を探しに行き、私がご飯の準備をする。何だか師匠と出歩いてた時みたいだと懐かしく思いました。
捕ってきてもらった兎を塩とスパイスで丸焼きしたものと、適当に持ってきてた野菜とベーコンのスープを食べて一息ついた時、ベルナーク様はようやくもう少し細かい話をしてくれました。
やっぱりもう少し現地の情報を得てからでないと、本来ズメウの皇族である自分が動くのはまずい事らしいのです。なので、ふらふら動いて目を眩ませているつもりらしい。
そして何故動くことにしたのかというと、ベルナーク様が信頼していた影の一人も先ごろ消息を断ったらしいのです。
相当の手練れが絡んでいると、それが師匠が噛んでいるかもしれない根拠らしかった。
「……師匠って、そんなに凄い人なんですか?」
今更だけど、つい聞いてしまいたくなるのは情けない姿も知っているからでしょうか。私にはそんな陰謀めいた事に関係しているのがちょっと信じられなかったのです。
ベルナーク様は呆れ顔だ。
「お前の呪符も、古代神聖語も、一度この世界では無くなったものだ。それをあいつが発掘して改良してお前に教えた」
……ごもっともです。
「討伐以外で黒竜種を屈伏させてたろ」
……そうですね。そういえば一国滅ぼしそうな厄災を収めてましたね、あの人。
「そういや黒竜はどうしたんだ?」
「そのまんま普通に暮らしてますよ。薬師だったか流れの占い師だったか名乗って」
「…………。」
普通って……普通に村ン中で暮らしてんだろ?あいつらの幻術すげぇなとか何かブツブツ言ってますが、あれは幻術じゃないし騒ぎになっている訳でも無いので私の知ったことではありません。聞かなかったことにしました。
「まぁ明日にはバーラッドに入れる。聖者の森だったな、案内は頼む」
「了解しました。おやすみなさい」
私はポチに寄りかかって毛布に包まり目を閉じました。
―――――
たき火が見える。ぼんやりと周りを見渡す。
私に引っ付いてポチが寝そべり、たき火を挟んで向かいに師匠が横たわっていました。
…………師匠?
黒みがかった銀の真っ直ぐな髪、伏せがちだったけど見えた青灰色の瞳と黒で纏めた旅装束。
ものすっごい久々に見た気がします。まじまじと眺めていたら、火を挟んで師匠と目があいました。
「なんでしょう、眠れないんですか?」
眠れないわけでは無かったはずです。現にウトウトしていたし、今もあんまり周りが見えてない。
「師匠なんですよね?何でいるんでしょう?」
「それは貴女、仕事しに来て何をおっしゃいますか?頭付いてるでしょう、考えなさい」
そんな可笑しな事を話す位ならさっさと寝なさい、と師匠にたしなめられる。
ああこの感じ、本物の師匠だ。これ夢かな、それともベルナーク様の方が夢なのかな、とか思ってしまう位すごく嬉しい。
「私頭おかしいかもです。今回は何の仕事でしょうか」
「いつも通り本当におかしいですよ。……フレアブラスです。伝説の真相を追求する事になるでしょうね」
師匠が少し低い声で答えました。
「それ、私には今でもベルナーク様の冗談にしか思えません」
「あの人に”様”はいりませんよ。それにいくらあの人でも冗談でこんな所に私を呼ぶ程悪党じゃありません」
師匠はふっと鼻で笑う。呆れたような、でも丁寧なこの口調を懐かしいと言ったら重傷でしょうか。
「まぁ……上手くいってドラゴネットを騙してでも契約できれば貴女も暫く仕事しなくて済みますよ」
「契約って、何にしろ闘わないといけないじゃないですか。師匠剣使えましたっけ?」
「当たり前です。これでも昔はドラゴンライダーだったんですから」
師匠がドラゴンライダー・・・似合いすぎる。今でも十分現役っぽいし。
ん?っていうかつい最近も槍片手に真っ白な竜に乗って自在に操って討伐に駆りだされた師匠を見たことあったぞ?
「昔って………今だってムーちゃんに乗ってるじゃないですか」
「リントヴルムは乗用じゃありませんよ。何習ってきたんですか」
氷竜は、まぁ確かに乗用とは決して言われていないし野生種だ。
乗用を許すムーちゃんが変なのか、師匠が規格外なのか。
…………どっちもだな。うん。
「あ。そういや師匠、ドラグーンとドラゴンライダーって、何が違うんですか?」
「根本的なトコです」
「……意味わかりません」
「自分で調べなさい」
にべもない。
師匠がいくら冷たいと解っていても、適当にあしらわれ続ければ弟子でも頭にくる。
私は自然と膨れっ面になっていたようです。
それを見た師匠は、フワッと優しく目を細めて「明日は忙しくなります。魔力も極力温存して、もう少し寝なさい」と話を閉めてしまいました。
ちょっと釈然としなかったけどあがらわずに目を閉じたら、眠くないハズなのにそのまんま意識が途切れました。
……残念、やっぱりこっちが夢だったか。




