21.お出かけ前の準備は大事です
やっぱりこの前心の中でベルナーク様の悪口言ってたのが悪かったのかな~、などと反省しながら2階に上がりました。
さーて荷物をまとめましょうかね、とは思ったもののどういう旅になるかで変わるものがあります。魔道具と呪符の類いです。
私の場合、特に魔道具は治癒と討伐でだいぶ違います。基本的に裏方補助員とはいえ、師匠もベルナーク様も私を前線に引っ張りこみますので、自衛は必須なのです。
ちなみに攻撃系やその補助系はほぼ要りません。大体いつもわたわた防御している間に終わりますからね。
呪符は緊急用一通りで、後は旅先で減った分を補充にするかな。あー、でも紙がなー……。
「う〜ん、最低限の補助具と筆と紙でいけるかなぁ…」
「はぐれても良いように持てるだけ持っとけ」
独り言のつもりで回答を貰うとめちゃくちゃビビりますよね。
「ぎえッ」と兎の断末魔のような悲鳴をあげて飛び上がってしまいました。
見ると、開けていたドアの影からベルナーク様の姿が見えるではないですか!
「一応私も乙女さんなので部屋を覗かれるのはご遠慮願いたいのですが?」
「乙女の前に冒険者な呟きだと思ったんでな。――こっちがオルの部屋か?」
言うなり止める間も無くベルナーク様は師匠の部屋のドアを開けてしまいました。
一見しただけだと、ベッドとチェストと小さめの机と本棚だけの部屋に見えるはずです。
「……異界が見える……」
踏み込まず眺めてるだけのベルナーク様には正しい魔窟が見えているようです。
はっきり言って、視覚補正のない時の師匠の部屋は足の踏み場も無いほど物が溢れています。
いくら私が綺麗にしても、3日ほどで魔窟と呼ばれるこの状態になるくらい師匠は整理整頓が苦手な方でした。
ハイ、視覚に訴える魔法って凄いですよね、見た目だけでも整える事ができるんですから。ちなみに師匠の部屋は空間拡張魔法も併用されてますので視覚トラップもコレだけではないんです。
知ってしまったら現実との差に恐れおののくことでしょう。
「入る気なら、最低3日は覚悟して行ってくださいね」
「どんなダンジョンだ。つーか、行ってらんねぇから」
そう言ってドアをバタンと閉めました。
ですよねー。
ちなみに昔は私も何回かうっかりをやらかして、遭難している所を師匠に救助されましたよ。
自力で出られたことがないですから、今は絶対近寄れない部屋だったりします。
「そんで、お前は何に手間取ってるんだ?」
ベルナーク様は、今度は私の荷物に興味津々です。
「魔具の方向性です。クルージュへ行く目的を教えていただきたいのですけれど」
「ああ、今回は偵察。消えた連中の足取りを追いたい」
「……それは私ごときでは荷が重いのでは?」
ベルナーク様は意外そうな顔をして、いつの間にか部屋に入っていてスツールに座りました。
そこで私が物凄く嫌そうな顔をしたのが判ったのでしょう、ニヤリと策士な笑いを浮かべました。
「オルフェーシュが絡んでる可能性があってもか?」
「ッ!?」
師匠が絡むイコールあの時のフレアブラス関連なのだろうか……ベルナーク様はふざける事もなく真剣だった。
「ベルナーク様、フレアブラスであるならば、余計に―――「オルのやり方は誰よりもお前が知っていると思っている。だからだ」……」
今まで弟子を置かなかった男のたかが5年半、されど5年半ということか。
ベルナーク様が思う程にあの人は色々オープンじゃなかったぞと思うのですが、師匠を見つけ出したいのは確かなので今しばらくこの件にはは触れない事にしました。
「私、推理小説は苦手なんですけど……」
「だからついでに探しに行くんだよ。逢いたいんだろ?オルに」
「……それでも、ベルナーク様と私だと、勧善懲悪力業のゴリ押ししか出来ないと思いますよ」
「…………。」
今までの諸々(もろもろ)を思い出したのか否定できなかったようで、彼は沈黙しました。私も言いながら自分にも言葉の刃が刺さって悲しくなりました。
偵察が名前だけの単なる観光にならない事を切に願います……。
「……前は俺がオルを巻き込んだんだ。だから俺が探さないといけない。助けてくれるか?」
しばらく黙った後、ベルナーク様は絞り出すように言葉を紡ぎました。
事情を全部を教えてくれた訳じゃ無いですけど、その真剣な眼差しと声音に私は「勿論です」としか言えませんでした。
あの後ベルナーク様は一階に戻り、私は偵察向きに荷物を整えました。
旅支度は終わったが足が戻らないので、とりあえず有る物で夕飯をふるまいました。
外が完全に闇に染まっても竜たちは帰ってこなかったので、仕方なく奥の手の召喚珠を使ってムーちゃんを召喚したら、彼女は首回りから上体にかけてフェル君にグルグル巻きにされてぐったりした状態で現れました。
フェル君に首元をガジガジ甘噛みされてた時、彼女はすっごい殺意を込めて睨んでいて魔法も使ってないのに冷気を発してました。
気温がガッツリ下がって心底寒かったです。
いつかフェル君はやり返されると思う……。