2.ゲイビアルの雛分け~ヒヨコよりは難しいと思います
おはようございます、今朝も早起きアスランです。
実はこちらタブリーズ領の山猫亭、朝ご飯も定評が高いんですよ。
今流行りのバイキング形式でして、色々あるんですが一番人気は外はサックリ中はもっちりのバゲットのようなパンですね。
自分で色々具材をサンドできるのも人気の理由みたいですよ。
さてさて。
食べ過ぎたので、今日の仕事場までは……ポチに乗せてもらっての移動です。
いやぁ、アレですよ。楽な手段があるとつい使ってしまう怠け者なんで、ついつい……。
でも、自転車に乗るよりは筋力使うんですよ、一応!っていうか、この世界に自転車無いけどね。
ちなみに、ポチの乗り方はちゃんとした乗馬乗りより楽です。馬に比べると、鐙に立って前屈みにならないとだし、腕にもしっかり体重乗せてますからね。馬のように内股でシッカリ挟んで体を起こす乗り方をすると、逆に身体が辛いんです。まぁ何にしても、内腿、腹筋、背筋は鍛えられます、ハイ。
あ。馬でも竜でも犬でも良いけど、ライダー名乗る人で内腿に人を挟んでその人の呼吸止められる位絞められたらプロ並みです、多分。
アホなことを考えている間に到着してしまいました。
水棲のゲイビアルを扱うためには広い場所が必要なので、1週間競りのために市場の集荷場をお借りして開催しているのだそうです。
その一角、生まれて間もないゲイビアルを扱うプールが今日の私の仕事場になります。
さ、いっちょ頑張りましょうか!
「おはようございます、シィアンの竜医アスランです。今日は宜しくお願いします」
「お~、オルさんトコの姉ちゃんだよな?あんたにお願いしたいのはこのプールなんだ。去年よりすげー一杯いるんだ。頼んだよ~」
巡回していた鉢巻き親方に指示されて、私は目の前に広がる2×4×0.5メートル位の薄い防音結界の張られた水色プールを見ます。
私の肘くらいの大きさの、少しだけ足と首の長いワニのような生き物――ゲイビアルの雛――が、底が見えないくらいわちゃわちゃ折り重なって入っている。灰色と暗緑色が主な色なので、迷彩柄をみている感じがします。
……それはともかく、詰め込み過ぎでは?
でもまぁスポンサーに言う苦情でも無いので、私は黙って仕事の指示を仰ぎます。
「雌雄をどちらに入れれば良いんですか?」
「あんたの後ろの赤青プールにやってくれ。雄が青な」
「雄が青ですね。了解です」
でも……始める前に大事な事を思い出して、3つのプール全体を覆うように防音と私に害意を持った者を弾く結界を球状に張りました。
竜は子煩悩な種族である。
幼生のうちは“ドラゴネット”と言われ、彼らの助けを呼ぶ鳴き声は、近くにいる同種の竜に庇護行動を取らせることで有名です。卵も、ドラゴネットと同様守られる存在なので、見つけても近寄らない事をお勧めします。
庇護行動は、人族に友好的な種であったり草食の大人しい種であってもとりますので、油断してはいけません。竜の庇護行動、必ず官僚試験などにも出ますんでお忘れなく。
結界も張って分厚い皮手袋もして準備も整ったので、仕事を開始しましょう。
近くにいたゲイビアルの雛の首元を、右手でわしづかむ。
『ギキュゥゥ~!』
逃げようともがくゲイビアルの白い腹をじっと観察する。左手を腹に当てて古代神聖語の詞を呟きながら魔力を流しこみます。
反射の波長が雌だったので、赤に移し入れました。
その要領で次々捌いていきます。
暫くすると、鉢巻き親方が会場を一巡してきたようで戻ってきました。
「相変わらず早ぇなぁ~!」
「ありがとうございます。流石に慣れましたよ~」
年に2回はあるし、4年目ですからね。多少は無駄口を叩く余裕があるのですよ。
「それにしても、どうやって見分けてんだ?この前の竜医見習いは間違いまくってお師匠さんにめっちゃくちゃ怒られてたぜ?」
「私も目で見ただけだと間違いますよ。魔法で判断してます」
「へぇ〜。その魔法が使えりゃ俺らでも出来るのかい?」
「効きが2割減なので、魔力の多い人か竜医じゃないと、数はこなせないと思いますよ?」
この世界の竜種は、何故か他種族の魔法を受け付けにくいという特長があります。威力が半減ならかなり良いほうで、2割以下に削がれる方が殆どです。
ゲイビアルは竜種としては特殊なので7から8割は効くようなのですが、それでも数が多いとロス分が厳しくなります。
竜医には、まずその彼らの魔法耐性をクリアできる人じゃないとなれません。
それに……。
「それと、私が使ってるのは古代神聖語なので、術の構成が…」
おおぅ、集中力切らしたら一瞬見えなかったよ。あっぶなー。
「ふぅん、残念だな。そんじゃ、続き頑張ってくれよ〜!」
鉢巻き親方は、あんまり残念そうでない表情でまた巡回に行ってしまいました。
仕事が無くなっちゃいそうなんで誰にも言う気はありませんが、師匠は掴んだだけで判るらしく、ポイポイポイポイ投げ分けてましたね。それはもうむちゃくちゃ早かったですよー。
そんでもって同じ位置に投げるから、二つの小山が出来るんですよ。可哀想に下の方の子が怪我続出で、その治癒の方に時間がかかったのもいい思い出ですけどね。
ああ、コレ、まるでヒヨコの選別みたいですが、ゲイビアルに関してはこれはとても大事な作業なんですよ。
――草食の竜種に名を載せていますが、最も下位の種と考えられています。知能が低く、使役には向きません。その分繁殖力はとても強く、雌雄を分けず野良で放置すると大量発生するので管理が必要です。纏まってしまった場合に多少頭の良い個体がいると、作物への被害が大きくなります。
竜種ではありますが人族等の魔法も8割ほどは効くため、家畜替わりに飼うこともできます。卵生。
味は鶏肉に近く、淡白な白身で―――
師匠の本『初めてのゲイビアル飼育』初版を、頭の中で抜粋しながら黙々と作業を進めます。
魔力が尽きかけて頭が痛くなったり手が痺れだした頃、ようやく全てを分け終わりました。
本当は2日に分けるつもりでしたが、どうにか間に合いました。私自身、半年前よりは魔力量や効率が上がったようです。ちょっと嬉しい。
あーでももう今日はもう寝たい。とりあえず、後の事は寝て起きてから考えましょう。
巡回の鉢巻き親方に終了を告げ、報酬を頂いて今日のお仕事は完了です。
薄い防音結界は明日の昼くらいまでは保つと伝えました。
「また宜しくな〜!」
ご機嫌な親方に一礼して集荷場を後にしました。
今日もこうして人の役にたてて何よりです。
さ、宿に帰ろう!




