18.まずはライバルとして切磋琢磨してください
こんにちは、今日は保護者気取りのアスランです。
今日はコム国アールスタッド辺境伯の領地にある平原へ来ています。
ユークレース君の経過観察とエーデルワイス嬢への騎乗指導の為と銘打ってのピクニックです。
……そして、前回飛竜を扱える私に執着をみせたロウファル王子殿下とその御一行、同じく経過観察のためにスフェーン君をお忍び招待して、昨日から連休だったらしいハーウッドを拉致してきました。
ええ、企んでますよ勿論。今日のテーマは一石三鳥です、ふっふっふ。
王子さまがエーデ嬢に挨拶しているのを微笑ましく見ていたら、ハーヴに突っつかれました。
「お前なぁ……俺を巻き込むなよ」
「護衛業務ですよ。貴方のお母さんには許可を貰ってますし」
不機嫌なハーヴですが、実は私に買収された両親が諸手を挙げて送り出しているので帰るに帰れません。
息子の休日よりも高級魚丸々1匹を取りましたからね。
ちなみに彼はその事実を知りません。
「で、今回は何だって?」
「そこのグイベルの強制ダイエットと護衛の兼務です」
ぽてんと転がってまぐまぐ何かを食べているスフェーン……面倒だ、スー君を指さした。
半月くらいでは全く変わりのないイエローグリーンのボールです。っていうかまた何食べてんだコラ。
「……グイベル?」
「グイベルワイバーンです」
「スフェーンだ。どうだ、可愛いだろう?」
辺境伯令嬢へ挨拶を終えたらしい王子さまがいつの間にかやってきて、スー君を自慢げに紹介しました。
「……飛べねぇだろ、コレ」
ハーヴはあっさり地雷を踏み抜きました。彼のこういう所はホント重宝です。
「やっぱり飛べないのかっ!?」
「スー君を飛ばせるのが空を飛べる鳥人族の君の仕事!大丈夫、飛べるっ!!」
「……は?」
ニッコリ笑って宣言したら、ハーヴは何か魂が半分くらい取れたような絶望的な顔をしておりました。
さて、飛べる(予定の)者同士もうスー君は体育系な彼に任せてしまいましょう。
私はエーデルワイス嬢へ挨拶に向かう事にしました。
お嬢様は今日は乗馬服を上品に着こなしておりますが、髪は相変わらずツインテールでした。幼く見えるぞ、それ。
「お嬢様お久しぶりでございます。調子はいかがですか?」
「アスラン様、今日はよろしくお願い致します。魔具が無いとどうしても駄目なんですの。これは直るものではないの?」
「習慣ですからね。お互い常に意識しないと駄目なんです」
お嬢様はちょっとだけ憂鬱そうな顔をした後、ユー君へと誘ってくれました。
相変わらず素敵な紺色です。顔から身体からくまなく撫でてみましたが、やっぱりまだ左への偏りがみえました。
チェーンに付けていた魔術を入れ直し、再度くまなく身体を撫でて治癒を施します。
「またちょっとユー君をお借りしても宜しいでしょうか?」
「ええ、構わなくてよ」
許可ももらったのでいそいそと跨ると、それに気づいた王子さまが「私も乗りたい!」と駆け寄ってきました。
お嬢様が不快な顔を露わにする。……貴族様ってそんな表情豊かで良いのかな?
「わたくしのワイバーンですのよ?貴方は遠慮なさって」
「この子がワイバーンなんですね。こんな綺麗な飛竜も貴女みたいな人も見たことないんだ、羨ましいよ。乗せて貰えないだろうか……いいだろう?」
おおお。王子さまはお嬢様の手を取り上目使いでオネダリしている。いやいや、12才が11才を口説いてるが正解だな。傍目には金髪の見目麗しい少年少女が手を取り合っている素敵な状況です。
お嬢様は口説きなれていないのか顔を真っ赤にして「勝手になさい!」と護衛たちの方へ行ってしまいました。
「さ、許可は得たぞ。乗せてくれるな?」
人を扱うのが上手い王子さまは満面の笑みで後ろに乗ってきました。
―――――
「男が前では格好がつかぬのだが」
「いえ、でも制御は基本後ろでないと難しいのですよ」
飛翔して、上空で安定してから入れ替わって頂きました。本当のところは、前にいて貰わないと落ちた時に気づかないかもしれないからですけどね。私は師匠にこのせいで落とされたことがありますよ、何度も。
ワイバーンは魔法を使える種ではありませんので、今回は私が風の魔法で補助した為に上空で入れ替わりが可能になったのです。補助魔法無しにコレをやったら風圧で落とされますので、危険ですから真似しないでくださいね。
「良い機会ですから飛竜の制御を体感してみてください」
少しばかり補助魔法を弱めて通常に近い状態にすると、風圧でお互いしゃべれなくなりました。
後ろからぐっと体を寄せて、騎座を確認させます。王子さまを挟むようにして手綱をしっかり絞りました。
右旋回、左旋回、ループ、急下降からの上昇、半ロールしてからの逆宙返り等々、一通りの動きを確認して安定する滑空に切り替えました。
相変わらず偏り以外は良い動きをしますね。
王子さまは頬を紅潮させて大興奮です。
「今のやってみたい!」
「どうぞどうぞ」
すぐに魔具の状態を調節して、任せてみることにしました。王子さまは先ほどの私の騎座を忠実に再現して、ぎこちないながらもユー君を一通り動かしました。
……初めてでコレは筋が良過ぎです。
調節も動きも確認できたので、地上へ戻ることにしました。
「王子殿下はすごいですね。初めて操って一通りできるとは思いませんでした」
「ロウファルと呼んでくれと言っているだろう」
興奮しながらもちょっとだけ拗ねた王子さまは、しかしながらすぐに笑顔に戻りました。
「でも本当にビックリしたよ、馬とは全く違うんだな!とても面白い!」
「このように扶助で動いてもらう為にもスフェーン君がもうちょっと成長したら、一旦調教できる方に預けたほうが良いと思いますよ?」
「スフェーンもこんなことが出来るのか!?」
「飛竜種ですからね。技によってはもっとやり易いかもですし、人の補助魔法が必要になる技もあるかもしれませんが、一通り出来ると思いますよ」
「補助魔法か。竜には使えぬのではないか?」
「人と鞍にかけるのです。後は風魔法で気流を作るとかはできますよ」
「分かった。帰ったら習えるようにする」
そう言うと、王子さまは目をキラキラ輝かせて嬉しそうに笑いました。うん、呼んでよかったです。
しかし、それを見て機嫌を損ねたお方がおりました。
「わたくしのユークレースですわよっ!アスラン様わたくしにも今すぐ教えなさいっ!」
彼女には2回目の動きを王子さまが扶助していた事が分かってしまったようで、だいぶお怒りのようでした。
宥めるべく声をかけようと思ったら、王子さまがすいっと私を庇うように前に立たれました。フェミニストですね、将来が楽しみですが私に対してというのはいただけない気もします。
「貴女は教えを乞うならきちんと依頼すべきだ。貴族だとてそれは違いなかろう?」
「でもっ!ユークレースはわたくしの竜なのだからっ」
「彼女は竜医であってライダーではない。業務外だけに教えを乞うならそれなりの態度を取るべきだろう?」
1才しか違わない他国の王子さまに言いこめられ、彼女は半泣きになりました。
乗馬服の上着をぎゅっと握りしめて一生懸命こらえてましたが耐え切れず涙が流れてしまった為顔を背けて護衛の方へ走り去ってしまいました。
「まぁ私も人の事を言えんのだがな。教えてくれてありがとうアスラン殿。だが私を彼女と逢わせるという目的だけはいただけないな」
ひょいと肩をすくめてそう言うと、王子さまはハーヴと特訓しているスー君の方へ行ってしまいました。
どうやらエーデ嬢と違って王子さまの方は私が思っているよりだいぶ食わせ者のようです。
あの後エーデ嬢を宥めて一緒に飛翔して扶助を教えた後、気の済むまで練習に付き合いました。降りてからはまた彼女と王子さまが扶助について討論していました。どちらかというとちょっと一方的に彼女が詰め寄っている感じですが、ライバルから始まる恋もあるかと思います。お嬢様には是非とも頑張ってほしいものです。
スー君はハーヴにガッツリしごかれたらしく、べっちょり地面に潰れておりました。まぐまぐする気力が無くなったので良かったです。
夕方の気配を感じる頃にこの会はお開きになりました。
王子さま方は辺境伯宅へ招かれておりましたがお忍びを理由に固辞しており城下の宿へ向かいました。
お嬢様はちょっとだけ残念そうでしたが、お互いの所在は知れています。そのうち二人でやり取りしてくれることでしょう。すると思います。してください。いえ、王子さまの目を逸らしてくださいお願いします。
「……で、コレは俺預かりにするんだ?」
疲れ切ってすぴすぴ居眠りをこく、見た目羽根つきボールのスー君を小脇に抱えてハーヴがため息をつきました。
「肥満に治癒術は効かないんですよ、鍛えるしかないじゃありませんか。とりあえず1週間だそうです」
「……俺明日から仕事なんだけど」
「久しぶりに騎士団のお仕事手伝いますよ」
「お前が手伝っても俺の給料にゃなんねぇんだよ」
「えー。せめて減額されないように交渉しますからお願いしますよー」
二人で歩いて平地の外れまで行き、ムーちゃんを呼んで帰りました。
そして家に帰って高級魚の残骸を見たハーヴは、自分だけタダ働きだったと気付いて愕然としたのでした。
―後日―
「隊長……1週間だけコブ付きで任務に就かせてください」
「オイオイ、そんな我儘が―――」
「お世話さまですシィアンの竜医アスランです~。役立たずかもですが1週間無料で補助に入りますのでハーウッドが減給等にならないようくれぐれも宜しくお願い致します」
「全っ然コブ付きで大丈夫だ!ってか回診してくれ!飛竜隊の演習しよう!なんなら皆でそいつも鍛えよう!」
「隊長さまありがとうございます~」
「………(ガッツリタダで治療させる気だな。頑張れアスラン)」




