17.肥満グイベルのダイエット計画
こんにちは、今日は今までにない問題に直面しているアスランです。
ヤバい。長期戦になりそうな匂いがプンプンするよ……。
……飛べないグイベルはただの……なんだ……?
はい、ことの起こりは1年くらい前になると思います。
とある国の王子さま11才がその国では滅多に見られない飛竜を追いかけて、避暑地の離宮を1人抜け出したのが始まりでありました、たぶん。夢中で追いかけてしまったんでしょうね、彼は迷子になりました。
それでですね、その飛竜のライダーは追いかけてきたその金髪碧眼の上品な迷い子を発見してしまいまして、保護したんですね。そして親切にも離宮まで竜に乗せて連れ帰ってあげたんですよ。
それがね、初めて飛竜に乗ると聞いて折角だからって雲の上を飛んであげちゃったんですよ、そのライダーさん。まぁ本当に親切心からだったみたいですけどね。
そうして運良く……この場合運悪くかな?竜の影でブロッケン現象なんて見せちゃったわけですよ。
空を飛ぶってワクワクドキドキしますよね!?
そしてあんなん観せられちゃったら普通に惚れますよね!?
ちなみにそのライダーさんもお師匠様に朝焼けを上空で見せられて一発で魅了されたクチです。
あ、そうそう。ブロッケン現象ってご存じですか?
高山とか航空機からで、太陽の光が背後から当たっている時に前方に雲とか霧とかがあって自分の影が写っているタイミングで、その影の回りに虹のような環が見えることがあるっていう現象なんですよ。
水滴の光の屈折によって生じるもので、お空の不思議です。面白いですよね。
空の魅力はこんなもんじゃありません。雲とか風紋とか気流とか竜巻とかもとっても面白いですよ?という要らない話題はともかく。
とりあえずその時は、迷子さん無事に戻れて良かったですね、あら竜医さまのお弟子さんでしたか後日改めてお礼でも、いえ結構ですから、と帰ったのですよ。
なんの問題も無かったハズでした。
……そうなんですよ、よくぞ裏読みくださいましたね、その通りです。問題あったんです。
飛竜にあまり縁の無い国の王子さまがすっかり飛竜と空の虜になってしまわれた、という問題が。
「だが私のスフェーンは飛ばんのだ」
王子さま12才は嘆いております。
正式に診察依頼を受けて謁見して、その色んな重鎮のいらっしゃる物々しい場でまぐまぐ何かを食べて転がっているイエローグリーンのソレを診察している私には、そうですねこれでは流石に飛べませんねとは決して言えずそっと目を逸らすしかない。
だって、だって…………明らかにこの子太りすぎですもの!!
グイベルは正式名称グイベルワイバーンといいまして、飛竜種ワイバーンの亜種になります。
ワイバーンより少々小柄で雑食だが偏食、その最大の特徴は飛膜が鳥のように羽毛に覆われている事かもしれません。鳥よりも密度の濃い強くて硬い羽は矢羽としても重宝されているそうです。
その羽による飛翔の特徴を述べると、ワイバーンに比べると安定感のある上昇、滑空による長時間の飛行の適性、羽ばたきによる反動が小さい為酔いにくく乗りやすいのです。その分奇抜な動きは苦手なんですけどね。
更に高く飛ぶと鳥のように……は見えないな。頭も尻尾も普通に竜だし。
それはともかく種的な問題がありまして、グイベルにはとてつもない偏食をする奴が多いらしいのです。
それは幼少期だけではなく、成竜になっても色々煩いらしいのです。個体によってはその植物や動物の生産地にすら固執してしまうのだそうです。グルメ過ぎですね。
飼う側としては、扱いがとても大変みたいですよ。
さてさて。王子さまはあの騒動の後、すぐに父王へ乗せて貰った同種の竜をおねだりしたらしいのです。
そうして得たドラゴネットに、早く育てと めい一杯栄養豊富な物を好きなだけ与え続けたそうなのです。そうして一年。
……そこにはまんまると肥えた何かがぽてんと鎮座していたのです……。
この時期のドラゴネットは普通翼の方が大きく見えるはずなのに、明らかに本体の方が大きいのです。
とても残念なことに、癒術やその類の魔法で肥満に対応できるものは今のところ発表されておりません。
個人的にも追及していない分野だったので、魔力を流して具合を見ても問題として引っかからず、健康と呼べる範囲でしかありませんでした。困った。帰ったら即調べないと。
「なぁ竜医アスラン殿、今はこんなんでも成竜になれば飛べるのだろう?」
「……ええとですねぇ……」
私、大変言葉に困ってます。権力怖いです。
「グイベルは5才くらいになると本能で飛行の基礎を覚えて飛ぶと言われているというか、なんと言いますか……」
もごもごとしか言えなくなっちゃうその訳は、スフェーン君は満6才ですと事前情報があったからです。
「殿下っ!ま、まずはダイエット計画から共にたてましょう!」
とりあえず、王様方重鎮が居並ぶ謁見の間を抜けて、騎士達の騎馬の鍛練場へ逃げることに成功いたしました。
未だに何かをムグムグしているグイベルと王子殿下、その側近の方だけになった所で「食事、運動の長期計画案です。しっかり管理なさって下さい」と大雑把な計画表を見せる。
半年から1年の長期計画です。
「これが出来たら飛べるのか?」
「飛ぶための大前提ができると思います。ここから人を乗せるまでには更に成長する時間と人手が必要になります」
そもそもこちら、飛竜とは本当に縁の薄い国なのです。成竜を買ってきたのならともかく、ドラゴネットからとなると順地の問題も含めて今後も本当に色々な問題が出てくることでしょう。
「今更ですが、成竜になるまで飛竜育成の盛んな国へ委託する事などは考えられませんか?」
「それでは面白くなかろう?」
王子殿下は即答です。
「だから貴女に依頼したのだ。あの時私に空を教えたのは貴女だ。責任を取ってくれ」
「無理ですよ。それに私は竜医です。育成のプロでもライダーでもありません」
「総合的に監督は出来るだろう?」
「2ヶ月に1回の回診程度なら受け付けます」
「それでは学習できまい。1年専属でやれば良いではないか」
「殿下、竜医は国に縛られない存在なんです」
「では私と婚約しよう。そうすれば竜医とか関係なくスフェーンを育てられるぞ」
「…………。」
何がどうして12才児とこんな会話になるのでしょう。
あの時に吊り橋効果が?あんなに大人しく飛んだのにまさか吊り橋効果の影響が!?
混乱して沈黙する私に、それは気持ちが揺らいでいるからと都合良く解釈した王子は更に言いつのってきた。
「なんなら貴女のいう飛竜の育成が盛んな地へ私とスフェーンが遊学に出ても良いぞ?貴女の婚約者として」
「遊学は良案ですが、婚約話からは離れてください」
「私の考えを変えたのだ。諦めて責任を取れ」
「人生は長いです。今後も考えが変わり王子妃様もわんさかできますので私の事はほっといて下さい。それよりダイエットです。王子殿下、頑張って手伝ってやってください」
「ロウファルと呼んでくれ」
「スフェーン君が待ってますよ」
話を無理矢理断ち切ったら、王子はチッと行儀悪く舌打ちなさいました。
側近さんも私も苦笑するしかありません。
「まぁ殿下、スフェーンが痩せて飛んだらアスラン様も考えが変わるかもしれませんよ」
「そうか!ではスフェーン、共に頑張ろう」
側近さんの誘導で、王子さまはスフェーンと運動を始めました。
王子さまはグイベルと違って運動が得意な年相応の体格をしているので、スフェーン君にはとても良い運動になるでしょうね。
側近さんに「しばらくはこの手で参りますが、もし数年こんな状態でしたらロウファル殿下を宜しくお願いします」と言われました。いや、駄目でしょう。無理です止めてください。
「とりあえず、しばらくはこまめに監督に来ますね。次は1週間後に来ます。毎日の食事量も記録下さい」
色々細かい点を側近さんに伝えてまた来週を約束し、そっと姿を隠しました。
目立つムーちゃんはすぐは呼べず、ポチに城下町の外れまで走って貰ってそれからムーちゃんでこっそり帰りました。
後日、私が定期的に越境許可書を申請するまでもなくかの国からロウファル殿下名で週1ペースの手紙と許可証が共に送られるようになってしまいました。
……なーんでこんな事になっちゃったかなぁ。




