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16.続・隣人の受難~竜医は変な奴らばっかりだ


アスランがまた動かなくなった沈黙に耐えかねて、俺は依頼人に話しかけることにした。


「すみません、俺ら、ここで待ちますね」

「ええ。では、次の方も外から来るでしょうから私は甲板――」


と、依頼人が扉を開けたまさにその時、さっきの珠がいきなり物凄い光を放った。視界が真っ白になる。


「なんっ!?」

「アスラン、久しぶりだなぁ。呼んだか〜?」


光に目をやられて呻いている俺たちを気にしない、のんびりした低い男の声が聞こえた。


「バル、さ、このこ、たすけ、ください。ごめん、お願」

「んん?何だお前ぶっ倒れて。りょーかい。オルにも言われてるしな、安心しろ。任せとけー」


優しくて力強い、声だった。

あいつはその声を聞いたら安心したのか、気を失ってサーペンティアの首もとからずり落ちた。俺は慌てて拾い上げる。


「んー?君もオルの弟子かい?」


見上げると、のんきな30歳位の、明るい茶髪のでかい旅装の男が興味深げに俺を見てきた。


「隣家の住人ですが、アスランに足に使われたハーウッドといいます」


「おーそかそか。ハーヴ、俺はバルトル。バルって呼んでくれ。とりあえずこいつ治してから話そうな。皆すこーし離れててくれよー」


気さくな男はサーペンティアの全身を軽く触れた後、どこから出したのか手首までの手袋をした。

そして、依頼人さんと俺らが部屋の隅に移動したのを見届けると、おもむろにサーペンティアの脇腹に手を突っ込んで傷口を広げた。


「フシャーーッ!!」


流石に痛いのか、サーペンティアが頭を上げて威嚇の声をあげる。


「おう、体力戻してもらった分を無駄にすんな。まぁ治すには順番があんだよ。少し我慢してくれや」


バルさんは全く動じず、しばらくそのまま患部を広げてブツブツ言っていたが徐々に手を抜きはじめた。その頃には、彼の両手よりも大きかった傷が明らかに閉じてきていた。

気がついたら表皮に手を当てていて、そこはすっかり元通りになっていた。


「……すげぇ……」


間近であんなでかい傷が塞がるのを見たことがなかったから、素直に感嘆の声が出た。


「これならアスランだってできるはずだぞ」


苦笑するバルさんだが、続けてヒレの傷を治しおえると大きく息をついて床に座りこんだ。

サーペンティアはあんなに重傷だったのに、今はもうブルルと身体を揺すって動きだそうとした。依頼人さんが確認のために止めに入っている。


「ふぃー。アスランがこの2ヶ所以外を考えなくても良いようにしてくれてて助かったよ。それでもすげー疲れたわー」


なんでも抉れた傷口に使う治癒魔法は燃費がとことん悪いらしいのだ。

更に止血、消毒、麻酔、神経や筋組織の結合、消炎、再生、その上造血のように、複合型の魔法も燃費がとんでもなく悪い。一口に治すと言っても、症状によって全く違ったりするらしい。

攻撃系の魔法しか使えない俺にはさっぱりだ。


「アスランが先に来てて、滅多に持ち歩かない魔力補充されてる召喚珠を持ってて、俺がたまたますぐ跳べる状況だったっていう幸運が重なって良かったなー、ほんと」


バルさんはそう言った後、「あ、止血札の早さが一番だったな」と追加した。

俺のやった事は無駄じゃなかったらしい。


「さ、アスラン起こして帰ろうぜー」


そういってバルさんはアスランを揺すり起こそうとしたら、あいつは起きないままにえずいた。


「……君の子?」

「誤解も甚だしいです。船酔いです」

「いつから?」

「船に着いた時からです」

「え?対策は?」

「自分でなんかやったみたいですけど駄目だったみたいですよ?」

「……どうやって帰んの?」

「……飛んで?」


それを聞いて、バルさんは頭を抱えた。

俺も頭を抱えた。来る時はアスランの風魔法の補助と魔石の呼び掛けを目標に来たが、戻りは補助も帰りの目標物も無かったからだ。いくら俺が鳥人族だからって海のど真ん中でどっちにあるか分からない陸地まで飛べるほど無謀じゃない。


「やっぱこいつロクでもねぇな。すぐ跳ぶんじゃなかったー失敗だぁぁ…」


なんでも、普段の往診に必要な旅装は置いてきてしまったらしい。つまり帰れない。

……足も呼べない無一文状態でこの人良く来たな……。

竜医って輩は何かどっかがおかしいらしい。



バルさんと俺は、帰りの足を依頼人に相談すべく席を外してくれていた彼を探して甲板に出た。

海図を見せてもらったけど、海のど真ん中だけに5日位はどうしようもないって言われて、二人でガックリした。……俺、明日仕事なんだけどどうしよう。


とりあえずアスランのトコに戻ろうと歩いていると、船首に一人たたずんでいる人を見かけた。

気にせず通ろうとしたら、バルさんに引き留められた。


「……マクリールが見える。何この幸運……」

「マクリール?」

「海の精霊だよ。助けてもらえるかも」

「あの人はポチの知人だと思うんですけど……」

「ポチってアスランのあのクー・シー?」

「???たぶん?」

「あいつの人外脈すげぇな。さすがオルの弟子」


クー・シーって何だ?あのでかい犬の種類?

意味は分からんが、バルさんは船首の人に意味不明な言葉で話しにいった。

しばらくで戻ってきたが、ホクホク顔だったんで巧くいったのだろう。


「俺先に帰るから。アスランに宜しくな〜!」

「いや、俺も明日仕事なんで帰してください」

「えー?自分で話せよー」

「さっきの言葉が分かりませんて。帰ったら秘蔵の酒送りますからお願いしますっ」

「シィアンだったよな、任せとけっ」


依頼人に再度話して報酬を貰い帰り支度をした。

アスランは話せる状態じゃなかったが、報酬に色を付けてバルさんに渡した。迷惑料ともいう。

バルさんに茶化されつつ、アスランを引き摺って甲板のマクリールさん?の所へ行って、送ってもらった。

一瞬でシィアンの町中だった。精霊すげぇ。



足元のアスランを抱っこして家まで運んでやった。

船で引き摺ったのはバルさんの期待に満ちた生暖かい目が嫌だったからだ。

あいつをベッドに寝かせて、サイドテーブルに簡単に摘める食べ物を置いてやって、戸締りして帰った。

今日はもうホント疲れた。俺も寝よう。




後日、アスランはお礼だと言いながら、とんでもなく凶暴なリッジテールをけしかけてきた。

返り討ちにしたら下僕というか、懐かれた。

この生き物をウチの番犬にどうかと思ったらしい。父さんと母さんには喜ばれたけどさ。


…………スッゲー迷惑。

「アスラン、バルトルさんに酒贈りたいんだけど住所教えてくれよ」

「え?知りませんよ?いつもどっか現場で会いますし」

「は?んじゃ連絡ってどう取ってんだよ?」

「召喚ですけど、アレに魔力込めるの一週間以上ガッツリ込めないと溜まりませんよ?」

「……コレ、後で会ったら渡しといて」

「忘れそうなんですけど……」

「忘れたらオルさんに言いつける」

「!!?理不尽なッ!」

「なら巻き込むなバカヤロウ!」

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