15.隣人の受難~船は相性最悪だったらしい
他者視点になります。
ども、初めまして。俺、オルフェーシュさんちの隣の家の息子でハーウッドと言います。
オルさんが弟子連れてくるまでは、あの人家事が駄目だったから結構家族で付き合いがあって何のかんの色々勉強とか教わってました。
あいつが来てからは俺もちょっと距離おいてたんだけど、オルさんが居なくなってからはそれなりに話すようになって……たまにこうやって無茶を頼まれるようになっちまったんだよなぁ。
つまり今もだけど、オルさんの弟子のアスランに足にされて、船に乗ってます……。
アスランは…………船酔いしてさっきから甲板で屍になってます。いつも緩く縛っている肩下までのブルネットの髪がぼろぼろにほつれてるし、ホント行き倒れの死体みたいな格好だけど、誰も何も言ってきません。
「おい、部屋で横にならせてもらった方が良いんじゃねぇのか?」
ちょっと心配になって声をかけたんだが、微動だにしねぇ。人形みたいだ。
「下に連れてってやるよ。ほれ、掴まれ」
「………無理。まだ、吐く」
どうやらここに居た方が迷惑かけないで済むっぽい。
とりあえず邪魔にならない隅っこの方へ引きずって置いといた。
さて、どうしたもんやら。
そもそも今回の依頼は船を護衛していた水棲の竜、サー…何だっけ、の治療だって言ってたはずなんだが、船に乗ったとたんにああなっちまったので依頼人共々困ってしまったのだ。
名刺ってのに付けた魔石で緊急って呼ばれたのに、マジで使えねぇ。
とりあえず、昔オルさんに教えてもらった止血ができるお札と薬草をあいつの鞄から引っ張りだしてすぐ使うよう依頼人に渡しておいた。
俺は鳥人族だし竜医の才能は無いから後は護衛の代わりか、出来るのはそれくらいしかない。
あいつが復活しないとどうしようもない。
ああ、酔い止めって札か薬草無いんかな……。
「お前さ、酔い止め何か方法無いの?
目と耳をどうにかすりゃ良いんじゃね?」
アスランの側に行って鞄を漁りつつ声をかけてみたら、初めてピクリと反応があった。
「あぁ、潮の香りを遮断して三半規管のバランスを視覚とリンクさせて自律神経を………」
何か意味不明な事をブツブツ言い出して、耳に手を当てて何かの呪文を唱えだした。
目に手をやったり腹に当てたり色々やってるのをしばらく見学してたら、やおら立ち上がって回りを見渡しだした。
「うん、ハーヴィー、助かった。調子良くなったよ」
「………お、おう」
さっきまで青白い顔した生きた死体がイキナリ普通に動き出すのは結構ビビる。
「遅くなっちゃったね。サーペンティアのトコに案内してもらえますか?」
そうして依頼人の方に歩きだして、でもまたすぐしゃがみこんでブツブツ何かやりだした。
……あいつの根本的な部分を治さねぇとダメなんじゃね?
ちょっとずつ進んで、サーペンティアのいる船尾の貨物室までようやくたどり着いた時には、昼近くになっていた。……久々の休日なのに夜明け前に叩き起こされてそのままこいつを連れて来た俺の努力は何だったんだろう。どうせならこいつ引き摺ってここまでくりゃ良かったなと、かなり後悔した。
アスランの相棒であるムエザ位大きい深い蒼色のサーペンティアは、全体的に線状の切り傷、脇腹に折れた骨が見える程抉れた裂傷と右前ヒレがあらぬ方に曲がっていて、ぐったり横たわっていた。
朝の止血札とかが間に合ったのか、かろうじて生きてはいるが、だいぶ血が出てしまったらしく、時折小刻みに震えなのか痙攣なのかをしている。
なんでも、夜半に巨大なイカが2匹で襲ってきたとかで、船を護りながら戦ったからこんなにボロボロになったんだと。
今はアスランに命令されたポチの友達とやらが護衛任務を引き継いでいるらしい。
アスランは倒れこむようにサーペンティアの長い首に抱きついた。そしてそのまま動かなくなる。
「「……………。」」
治療してんだか力尽きてんだか判断に困って俺も依頼人も顔を見合わせ無言になってしまった。
しばらくして、意識を取り戻したサーペンティアが頭をもたげてあいつの顔にすり寄せた。あれでも治療してたんだな、一応。
「フルルルル…」
あいつは咽をならすサーペンティアに顔をスリスリされて少し動く気になったようだ。彼女の震える手がサーペンティアの顔を撫でる。サーペンティアは疲れたのか、また頭を下に落として目を閉じた。
「遅くなって、ごめん、骨も、無理で、でき、なくて、ごめっ、ごめんねぇ……」
震える手と声、それにすすり泣きが混じった。顔は伏せていて見えないが、ぐしゃぐしゃだろう。
……こいつが泣くの、オルさん居なくなって以来かな。すげー久々に見た気がする。
なんとかしてやりたいけどあの時と同じで何も出来なくて……歯痒い。
治せないのはぱっと見で思うに、ヒレと脇腹の部分の解放骨折の事っぽい。苦しんでないから止血や消毒とか痛みの軽減とかはなんとかしたっぽいが、傷口自体が開いたままだ。
そういや昔オルさんが言ってたっけ。内臓まで損傷している場合は、内側から順番に治さないと駄目なんだとか、場合によってはわざと傷口を作ってから治すって。
竜であっても、体力無いと治しきる前に死ぬこともあるんだと。
あいつは泣きながらも鞄から七色の珠を出して両手で抱えた。
珠が一瞬白く輝く。
「治せる、人を、呼びました。夕方までには、来てくれます。力不足、すみません……」
「いえ、ありがとうございます。アスラン様も休まれてください」
依頼人の労りに、ふるふるとあいつはかぶりをふった。そしてまたサーペンティアに抱きついて動かなくなった。何かぶつぶつ呟いているから、何かしらの治癒術を続けているのかもしれなかった。
足元に置かれた珠はその後薄く瞬いていたが、あいつはそれ以上それを気にしなかった。




