12.ベルナーク様の討伐依頼
「おはようございますアスラン様。早いですね」
厩舎長が肩にキア様を乗せて歩いてきました。
妖精さんを連れた熊みたいです。じつに似合います。
「おはようございます。本日はよろしくお願いします」
「いえいえ、多分かなり治療をお願いすると思いますので、こちらこそよろしくお願いします」
お互いにぺこぺこやっていると、ユランを連れたウーヴェ様がやってきました。
ユランは小柄なポニー位の大きさで、背に沿って尾の先まで鬣があり翼が羽毛の竜だ。よくタペストリーなどで寝ている子供を腹に乗せて翼で守る竜として描かれており、世話好きだと言われています。
ジラント程ではないが癒術に特化しており、他は使えても風魔法のみというのが通説だ。
「おはようございますアスラン様。こちらトプセル様です、お見知りおきを」
”アスラン殿、宜しく頼む”
おおぅ、念話だ。
念話は、対個人もしくは方向性のある声の変わりになる会話方法である。使うためには魔力も必要だが、それ以上に素質が必要らしい。
「トプセル様、こちらこそよろしくお願いします。ニドヘグが来るとなると『再生』を多用することになると思うので、覚悟してください」
”黒龍種は相変わらず野蛮だな”
トプセル様がグルルと唸る。
「まぁ……彼の場合は、ベルナーク様が出し惜しみするなとか全力で殺れとか何とか焚き付けるからだと思いますよ」
”相違ない。私も全力を尽くそう”
お互いに苦笑を交わしたところでランド様が爽やかに現れました。
「皆おはよう。イレヴゥイシュト様は馬場に来ているぞ。さぁ行こうか」
鶴の一声を受けて、皆で馬場に移動する。
私は熊……いや、厩舎長の影に隠れながらついていきました。
馬場に近づくにつれて、空に浮く黒光りする巨大な蛇に目がゆく。
……フェルゲニシュ君はまた成長したらしい。前に見た時より身体が太ーく長ーくなったなぁ。
その足元にレモンイエローのルフが居るんですが、奴のせいで全然全く目立たない。珍しい色の子なのにね。
ルフは飛竜種の中でも翼が発達しているのが特徴で、前肢が翼を形成している。後肢はそれほど発達しておらず歩くのは苦手としており、尾は短い。微妙なイメージで悪いのだが、プテロダクティルスとオオコウモリを足して2で割った感じです。ううんごめんなさい、微妙。
ちなみにフェルこと黒龍種は、東洋の龍っぽい見た目である。いや、確かに角も手足もあるんだけどあんな格好良くない。蛇だ蛇。毒蛇。蛇足になるが、黒竜種というのはヴィエントの事である。
「あぁオフラス卿、早々の連絡をありがとう」
竜たちを押し退けて、背の高い燃えるようなレディシュの男性が現れました。噂のベルナーク様です。精悍な男前なのに、だいぶ残念な脳筋皇子様だったりします。
「タイミングが合って良かったですよね。お役にたてて何よりです。今日はお手柔らかに願います」
ランド様の返しにベルナーク様はハッと笑いで答え、そのままこちらを笑顔で振り向いた。
「アスラン久しぶりだな。元気にしてたか?」
「……まだ元気ですけど、元気がなくなる前にフェル君を連れ帰ってくださいお願い致します」
熊の影に隠れながら地味に文句を垂れ流しますが、笑って無視されました。酷い。
ベルナーク様は集まった面々を見渡しました。
ランド様、ウーヴェ様、厩舎長、私、キア様にトプセル様と、連れてきたルフとフェル君で全員のようです。
「今日は早速なんだがクヴァールまで行くつもりなんだ。状態異常軽減の魔具付きドレイク以上で付いて来てくれ」
「イレヴゥイシュト様、クルージュの偵察かと考えておりました……」
「ま、今回はほんの肩慣らしな。オフラス卿もあっちを見に行くつもりがあるなら、そのつもりで訓練してくれ」
軽いベルナーク様の言葉に、皆がちょっと固まる。クヴァール地方は竜で飛んでも普通4,5日位かかるからだ。私は師匠に非常識を慣らされたけど、それが世の中の普通の反応である。
私は黙って手を上げました。
「……質問でーす。私戦闘可能な魔具何も持ってきてませーん」
「たまには無しでやってみろや。ついでにこれ(ルフ)貸してやるからムエザも喚ぶな」
「……なんて横暴なっ。野生種狩りですよね?……ティフォンですか?」
皆が、え?という顔で私を見る。
当然だ。野生種は単なる野生の竜種捕獲とは比較にならない危険を伴うのだ。
「おー。偉い偉い。地方から種族をイメージ出来るのもちゃんと勉強してる証拠だな。でもざんねーん、時事情報が足りてねぇ。
正解は大量発生したらしいバシリスクでした〜。報告では最低50は居たって言ってたぞ」
ケラケラ笑うベルナーク様に、今度こそ皆完全に固まる。
「ぬ、主の破天荒ぶりは色々漏れ聞いておったが……あの遠方地にこの数で、いくらなんでも無茶であろう?」
思わずキア様が言葉を発してしまったのも無理はない。流石に私も固まった。
バシリスクは野生種の中でも比較的数多くおり、魔法はほぼ使わないため単体ならドラゴンライダー数騎で狩るのが普通だが……数が集まると危険度は他の野生種とそう変わらなくなる。
魔法とは違う多用される石化のブレスの解除には、竜族の通常の癒術も再生も効きにくいのだ。
対応するには、やはり事前の備えが重要になる。無効化や軽減の魔具は必須なのだ。
「だからお前が必要なんだよ。お前の状態異常遅行化のあの変な魔法を皆に宜しくな」
「魔法じゃないですよ。……呪いなんですけど、アレ」
「呪術まで…。さすがオルフェーシュ様の弟子ですね」
ウーヴェ様に変な感心をされてしまいました。だいぶ嬉しくない。
ランド様はため息をついて諦め顔だ。
「イレヴゥイシュト様に討伐依頼があったという事は、援軍はほぼ期待できないということですね」
「オフラス卿が知ってるクルージュの方は、俺が今判っている情報だけでもコレが可愛く感じる難易度だと思うぞ」
野生種の人族等への侵略行為は、ズメウとその意思を受けた上位竜族によってある程度管理されている、らしい。
各国の国王クラスからズメウの皇室へ支援要請をかけ、必要と思われる場合に動くのだ。
……国がある訳じゃない根なし草な上希少なズメウとどうやって連絡を取っているのかは、私もちょっと興味があるけど心底関わりたくはない。竜医やってるだけで十二分に巻き込まれてるからね、こんな感じで。
私はベルナーク様以外に組んだことは無いが、師匠は大概のズメウと行動したことがあるらしいですよ。
そう考えると凄い人に師事してたんだなぁとは思うんですけど、教えてくれたのが酒の席で絡まれた時だから、やっぱ話半分だと思っちゃうよね、うん。
それはともかく。私はまた手を上げる。
「はーい、質問でーす。この人数に対して足が少ないでーす」
これにはランド様が答えてくれました。
「あぁすいません。我々も相棒を呼びますね」
彼はピュイっと指笛を鳴らし、空を仰ぐ。
釣られて上を見上げると………フェル君が邪魔で何も見えませんでした。いつの間に私の上で丸まってるんですか!
殺気を込めて見つめたら、ヨダレを垂らされたので全力で避けました。毒まみれの癖に危ないじゃないか!!
「ベルナーク様!この馬鹿蛇が行くなら私は行きませんよ!討伐前に殺されますっ!」
「あっはっはっ。相変わらず仲が良いなぁ。往復はお前が乗ってやれよ」
「とりあえずここで封じてやるから動くんじゃないぞこの蛇野郎っ!」
サイド鞄から掴めるだけお札をひっつかみ呪文を紡ぎだす。
「おーそんだけ持ってんなら十分じゃねーか。いくぞー」
面倒くさそうなベルナーク様の声が後ろからしたと思ったらガヅッと首裏に衝撃を感じて、私の視界は真っ暗になったのでした。