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1.歯ヤスリって怖いですよね



知ってましたか?

ドラゴンって意外と繊細でか弱いところがある生き物なんですよ?


昔々、まだ私が絵本に夢中だった小さな頃は、ドラゴンは病気も怪我もしないと思ってた。

だって空想上の生き物だしね。私の住んできた所はすんごい田舎だったけど、村の人もラジオでもそんな生き物の話は全く聞いたことがなかったし、都会の学校で下宿してた時も話題に上がらなかったからね。


で、じゃあ冒頭のセリフと矛盾してるんじゃねーかと思うでしょうけど。

ちゃんと噛み合ってますよ?何故なら今私がいる世界は……




「グギュウゥゥ~…」

「あーらー。見事に片減りしてますねぇ」


飼い主さんの従者さんに可愛らしい鼻の頭を鎖の輪っかでグリッと捩られ、私に長い舌をギーッと横に引っ張られた挙げ句、飼い主さんには片足を持ち上げられて尻尾でバランスをとるしかなく暴れることも出来ないクラブ君推定8才は、哀れな声で鳴きながらも大人しく口の中を診察させてくれている。


走竜のリッジテールという種類である彼の見た目は、簡単に言うとダチョウのトカゲ版である。恐竜のオルニトミムスも近いかもしれない。まぁ前足あんなに長くないし、羽毛でなくて鱗なんだけどね。

リッジテールは温和な性格で草食、人によく馴れ頭も良いため乗用に向いている。普段の鳴き声は「クルルルゥ~」という、鳥のような可愛らしい声だ。色のバリエーションもかなり豊かで、人気色の子は盗まれることもしばしばあるらしい。


クラブ君は口腔内の不具合の為にこのところ食欲不振だったらしい。仕事中に貧血状態になったため慌てて私に連絡をくれたんだって。愛されてるね、クラブ君。


「削って噛み合わせを変えますから、それでちょっと様子を見てくださいね」


そう言って、私はベルトに挟んでいたでっかいヤスリでゴリゴリ歯を削りだしました。




あー。自己紹介もせずに話はじめてすいません。

こんにちは。私はアスランと言います。


……………嘘です。

生粋……でもないか?8分の7日本人で本名は金田 暁と書いてアキラと読ませます19の乙女です。女の子です、はい。

ええ、昔からよくよくいじめられましたよ?男女ってね。そんなもんだから、この世界で拾われた時に自分の好きなように名乗ってみちゃいました。一応、真偽は不明ですけど、元の名の雰囲気を残したつもりなんですよ。



「はい、終わりましたよ。頑張りましたね」


歯ヤスリに加えてこっそり魔力を流して、流れが滞った不調な部分へ癒術を施す。治療を終えて解放してあげたら、クラブ君は頭も体もブルブルブルッと震わせました。それから厩舎の干し草を足でガッサガッサかき回してゴロゴロしています。これはリッジテールの習性で、不安を解消する行動と言われています。

そうですよね、初めての歯ヤスリに知らない人、恐怖でしたよね。

きっと、私が目の前に居る限りはビビりのクラブ君は水すら口にすまい。


「これで暫く様子見しましょう。食欲が戻らない時はもう一度診せてください」


「ありがとうございました。アスラン様はまだ暫くこの街に滞在なさるんですか?でしたら後でもう一頭お願いしたいんですが、あいにくまだ旅先から戻っていないのです」


おっと、ありがたい。追加依頼だ。

私は従者さんからお代を受け取ってほくほくしながら笑顔で名刺を取り出しました。

そこには半円に削って引っ付けた緑の魔石、私の名前と住んでいる街の住所、往診範囲等が書いてあります。

緊急の時には魔石に魔力を流して情報を流してもらえれば、救急対応しますというものだ。名を売るにはもってこいのこの名刺だが、魔石はもとよりこの世界では紙も貴重品なんで、誰彼構わず渡す訳にはいかないのが辛い。

まぁ飼い主さんはやり手の商人だし色んな騎獣を飼っているし、クラブ君程度の疾患で私と連絡を取るあたり情も深い。なので、これから先も縁を結んで貰いたいから良しと判断しました。


「今回はゲイビアルの競りの準備を手伝うんで、何もなければ一週間くらいは居ますよ。宿は山猫亭さんです」

「そうですか。では戻ったらすぐにでも言付けますね。ありがとうございました」

「では帰りますね。お大事に~」


今回も無事にちゃんと依頼をこなせたなと、内心ホッとしながら私は笑顔で往診鞄を持って歩き出しました。

明日からは魔力も使うが目力勝負だから、今日はワインで鋭気を養おうかな。

山猫亭さんは肉とワインが美味しいんです、ハイ。


ん?色々説明が足りないって?

そうですよね、足りない感じしますよねぇ。ええと、もう大体お分かりかとは思いますが、私、竜医をやっております。竜種専門の医師です。殻付きの駆け出しだけど。


どこから話せば良いのやら……今から大体6年前、学校から帰って「ただいま」と玄関を開けたら、知らないおうちのリビングフロアでした。当時何も考えていなかった私は、とりあえずそのドアを越えて入って、閉めちゃったんですよ。

で、やっぱりちょっと悩んでもっかいドア開けたんですが、今度は知らない光景が広がってたのでまた閉じて……開けました。

そこからは頭真っ白で、ホントばったんばったん何回やったか覚えてません。人生の中で2番目くらいにはパニックしてたんだと思いますよ。ソファでくつろいでいた家主に声かけられるまで延々とバムバムやってましたからね。


そんな感じで知らない世界に来てしまったんですが、幸運なことに家主がそのまま生活の面倒を見てくれたんです。

お陰で今の私がいます。ありがとうお師匠さま。


そう、貴方の推測通りです。つまり、その師匠が竜医だった訳ですよ。そうやって、荷物持ちから助手になって、診察にも参加させてもらえるまで大体4年半。

死ぬほど色んな体験させてもらいましたよ、ほんっと濃ゆかったー、うん。

ちなみに。現在舞い込んでくる仕事をどうにかこうにかこなしつつも、行方不明の師匠を探しております。目撃情報とかあったら買いますんで売ってください。



商家の門を抜けたところでヴォンッと野太い吠え声がして、私の目の前にどでかい犬の鼻ズラが現れたと思ったら、スリスリ頬ずりしてきました。


「ポチ、お待たせ~」


彼はとっても大きいので、遠慮なくモッフモフ撫でることが出来ます。癒されますね。

ポチの体高は私の胸よりちょっと上、大きめなポニー位の大きさがあります。あ、ポニーって肩までの高さが147cm以下の馬の総称です。アバウトですがそうらしいです。

そうじゃなくて、ポチでした。彼の体毛は灰から白のグラデーションで光にあたると銀色、その見た目は狼というには鋭さが足りないのでオオカミ犬が近いかも。標準色では無いので色からは分かりにくいですが、種族は妖精のクー・シーといいます。

妖精って気まぐれな連中が多いと聞いていましたが、彼の種族は見たまんまに忠犬です、スバラシイ。

ついでに、妖精なんで普段は隠遁しています、ウラヤマシイ。


彼との出会いは、聞くも涙語るも涙で………いや、今はさっさと山猫亭に帰ろう。明日は魔力と眼力勝負なんだった。


私はポチに荷物をくくりつけてその背によじ登り、一路山猫亭へ駆けさせたのでした。




この世界は実に不思議だ。

竜がいて妖精がいるけど、私が前居た世界で知っている生き物もいる。おとぎ話の剣と魔法の世界みたいなんだけどね。魔法は全然一般的ではないけど確かにあるし、魔石は多岐に渡って利用されている。

それと、偏見かもしんないけど医療はなかなか進んでると思う。

だってさ、師匠は薬剤や術具、魔力を使って開腹手術的な処置もしたりしたから。

…あ。竜医だけなのかな?人の怪我とか病気は師匠が治すの以外は、医局に魔法陣転送してたのしか見たことないし、私も……記憶に残ってないだけかもだけど、死にそうなほどの大きな病気や怪我をしてないから分かんないや。

とりあえず、私はヘンテコな世界だと思ってる。


天国のお父さんお母さん、たぶんどっかで生きてる師匠……今日も私はどうにか生きてますよ。

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