吸血鬼の受難
「ここが夜月君の家?おおきいね~」
同じ高校の、六月は子供の
様にはしゃぎながら、目の前に聳え立つ多きく古めかしい
屋敷を見上げている。
そして、それを気だるそうな顔で眺めているのは
転校してきたばかりの夜月 翼であり、
彼は、なぜ彼女をここに、しかも、転校初日に
連れてきてしまったのかと考えていた。
ーーーーーー
「夜月 翼です。よろしくお願いします。」
秋晴れはどこにいったのか、どんよりと曇った
雲が3階の窓を覆い尽くすように見え、転校生の
顔は青白く、しかし、女子どころか男子も惚れ惚れするほどに
綺麗で、休み時間になるやいなやクラス全員が翼を取り囲み
質問攻めにしていた。
「夜月君はどこから来たの?」
「アメリカのクリムゾン・キングって街です。」
「だよな!見た目が外国ってかんじだもんな!!でもさ、
なんで名前が日本の名前なんだ?」
「こっちに住むなら完全に日本名にした方がいいと
家族に言われたんで、、」
「どこに住んでるの?」
「えっと、真紅区の5番地にある角の家です」
「、、あそこに家なんてあったっけ?」
「ええ、古い屋敷なんですが、親戚の家なんです。」
赤の混じった瞳で数人の生徒を夜月が見つめると、
「あぁ!!あの屋敷ね!」
「だいぶ古いけど大きいよね!!翼君ってお金持ちなの??」
「いえ、親戚がたまたま」
「ん~やっぱり、あの角に家なんてなかったと
おもんだけど??」
「ありますよ。古い屋敷だから見落としているだけかも」
首をかしげている女子生徒を同じように夜月はまっすぐに
見つめ、ゆっくりと語りかけるようにそう言った。
「、、やっぱり記憶にないんだよね~私の家、その近くなんだ」
女子生徒の名前は風間 六月といった。
ーーーーーー
よりにもよって、たまにいる珍しい人種にあたるなんて、
翼は内心ヒヤヒヤし、セバスチャンの言葉が頭の中を
グルグルと回っている。
「いいですかぼっちゃま!あなた様になにかあれば、亡くなられた
お父上様と奥様にこのセバスチャン顔向けができません!!
こんな小さな島国にきたいと言い出したときもそうですが、
外に!しかも、人間の学校に行くなどなりません!!」
銀髪の髪を綺麗な七三にした、小柄の太った老人は
ビシッとしたスーツを身にまとい、クルリと回転している
口ひげを揺らしながら、学校に行く準備をしている
翼をどうにかとめようと大声でしゃべり続けていた。
「セバスチャン。僕は、吸血鬼だよ。なんだって出来る。
自分でいうのもなんだけどチートキャラなんだ」
「チートキャラ?」
「えっと、とにかく、父上は強かっただろ?」
「ええ!!強く優しく、まさしくご立派な魔族でした!!」
父の事を思い出すようにセバスチャンは語り、そして
急に目に涙をためながら
「ですが、心無い人間にハロルド様とキャス様は、、」
最後まで言い切らずに、口元に手をあて肩を震わせながら
セバスチャンは泣き崩れてしまった。
「セバスチャン!!いつも泣くのは止めろといっただろ??
それに、あれはあの土地がそうさせたんだよ。そうだろ?」
「えぇ、あの土地は邪悪です。しかし、以前はあんな邪悪な
土地ではなかったはずなのです、、」
「大丈夫さ、ここは日本なんだし。そして、もう10年になるんだよ。
そろそろ外にでたいんだ。」
「お外には夜にこっそりと出かけられているではありませんか?」
セバスチャンはムクリと立ち上がると、乱れたひげをぴんと伸ばし、
驚いた顔をしている翼を見つめた。
「ドルトが何度も出かけられているおぼっちゃまをお見かけしております。
しかも、帰ってくるたびに何かしらのモノを屋敷に
持ち込んでいるようで、、まったく」
翼はしまったという顔で、カビだらけの天井をみつめ
「僕だってずっと屋敷に缶詰はいやなんだよ」
「でしたら、お外に行くのは夜だけにしてください。」
「夜だろうか、朝だろうが、大丈夫さ。」
「でしたら、学校なんぞに行く必要は」
「必要なんだよ。おんなじ年頃の人間としゃべりたいというか、、
友達がほしいんだよ」
「友達!?おぼっちゃまとおなじ年齢の人間などとうに土にかえっている
と思いますが??」
「もう!!見た目だよ!!見た目!!ちょうど、人間で言うと
僕は高校生なんだってさ。」
「それで、高校なんぞに行きたいと?」
「あぁ、目を見てパパッと入学してくるから」
「しかし、万が一正体がばれれでもしましたら、、」
声を落とし、落ち込むセバスチャンの肩を翼は
優しく叩きながら
「大丈夫だよ。見破られる事なんてないよ。」
「、、わかりました。ですが、鏡にだけは注意を、、」
「あぁ、わかってるよ。大丈夫さ。よし!!行って来るよ!!」
「いってらっしゃいませ、、」
最後のお別れでもするかの様に、セバスチャンはまたまた
泣きながら頭を深々と下げ、呆れながら屋敷を出て行く
翼の背中を見送っていた。
ーーーーーー
屋敷の扉の前には大きな黒い犬が一匹、二人が近づいてくるのを
ジッと見つめていたが、犬に気がついた女性がコチラに近づいてくると
警戒することなく尻尾を振りながら、女性に飛びついた。
「きゃぁ!!大きな犬ね!!」
「あぁ、ドルトっていうんだ。」
すると、六月が徐にさげていたカバンからラップに包まれた
おにぎりを取り出した。
「夜月君、お昼のあまりなんだけどあげてもいいかな??」
翼が答える前にドルトは六月の手からおにぎりを奪うと
そのまま一口でゴクリと飲み込んでしまった。
「まったく、、大丈夫だよ。食い意地だけはあるやつだから」
「そうなんだ、、きゃぁ!!大丈夫!!」
みると、ドルトは小刻みに震えだし、その場に崩れ落ちるように
倒れこんでしまった。
「ドルト!!どうしたんだ!!」
(体が焼ける!!あのおにぎり何が入ってたんだ!!)
「六月さん。あのおにぎりって何が入ってたの!?」
「えっ!!何も入れてないよ!!ただの塩おにぎり」
(うそだ!!聖気を含んでたぞ!!)
翼は、ドルトの苦しむ体に右手を当てると、気が疲れないように
呪文を唱えた。すると、ドルトはその場でむせだし、ついには
どろどろの胃液と一緒におにぎりの残骸を吐き出したのだった。
「ごめんなさい!!病院に連れて行かないと!!」
「大丈夫だよ。そもそも、こいつが悪いんだし」
(そんな~、、うぅ、、まだ体が痛い、、)
「我慢しろ。暫くすれば治る」
「えっ?」
「いや、大丈夫だよ。一気に食べて喉に詰まらせたんだ。
すぐに治るから、さぁ、中にどうぞ」
「う、うん、、ごめんねわんちゃん」
六月はまだ苦しんでいるドルトにそういうと、翼に
導かれるまま屋敷の中に入っていった。
「おかえりなさいませおぼっちゃま、、おや」
セバスチャンはさも驚いた振りをしながら、オールと共に
入ってきた六月を見上げた。
「ただいま。執事のセバスチャンだよ。こちらは、同級生の
風間六月さん。どうしても、家が観たいっていうから
連れてきたんだよ。」
「それはそれは、、」
(おぼっちゃま!!いきなり人間を連れてくるなど
どういうおつもりですかぁ!)
(仕方ないだろ!!僕の幻術が効かなかったんだよ!!)
(なんと、それではなおさら危険ではありませんかぁ!!
ドルトもどうやらやられたようですが??)
(やられたんじゃないだろ?ただの食あたりだよ)
(いいえ、我らに害を及ぼす聖気に当てられたのです)
(そんなはずないだろ!)
「風間君?」
「えっ?な、なに?」
黙って睨みあっていたセバスチャンと翼を不思議そうに交互に
眺めながら、六月は翼に
「お邪魔だったかな?家が観たかっただけだから
私帰るね」
「そ、そんな事ないよ。」
「失礼ですが、風間様のお家はなにか、、そう、、特別な
お家柄ですかな?」
翼の前に割って入るように、セバスチャンが六月にたずねた
「特別?いいえ、家は神社です。ん~でも、特別なのかもしれませんね」
((神社!!))
「神社でしたか、、それはそれは、、あのおにぎりですが、、
何か特別なものは含まれていませんか?」
(セバスチャン!!失礼だぞ!!)
「そんな、変なものは一切いれてません。母が握ってくれたものなだけで、、」
「ごめんね。風間さん。気にしないで、、」
翼の言葉を無視してセバスチャンは
「ほぅほぅ、風間様の母上様は、、巫女様でしょうか?」
(そんなわけないだろ!いい加減にしろよセバスちゃ)
「えっ!?なんでわかったんですか??」
(!?うそだろ、、、だから、おにぎりに聖気が、、、)
(おぼっちゃま。これは危険な人物ですよ)
「危険なんかじゃないって!!」
「夜月君!?」
「あっ、、、いや、すぐに帰る事ないよ。それに、オカルト研究部だっけ?
家にはそういうのが案外あるよ」
「あれ?なんで私がオカルト研究部だって知ってるの?言ってないはずだけど?」
(おぼっちゃま、、、)
「えっと、、えっと、、」
「あっ!絵里ちゃんとかからきいたんでしょ?」
「そ、そう!!確か、、部員はいないんだよね?」
「うん、、部っていっても、5人以上いないから正式には
認められていないんだ、、、。」
急に、六月は声を落とし悲しそうに顔を下に向けた
それをみた翼は心を読んだことを後悔し、それになによりも、
女の子が悲しむ顔を見たくは無かった。
「実は、僕もオカルトに興味があってさ」
(なんと!?おぼっちゃま!!)
「えぇ!!ほんとに!!まさか、、、入部希望なの!!」
「えっ、、あっ、、」
「違うんだね、、」
(いけませんよ!!おぼっちゃま!!)
セバスチャンは必死にな形相でオールにそう語りかけたが
オールは、またまた、悲しそうな顔に戻った六月しかみておらず
「違うよ!!入部希望なんだ!!」
(あぁ、、しりませんぞ、、、まったく、、)
(大丈夫だ、、たぶん)
「ほんとに!!高校卒業までずっと一人だとおもってたから
嬉しい!!じゃぁ、、副部長ってことでいいかな?」
「う、うん。そうだ、何か飲みながらオカルト研究部の
活動について教えてよ。セバスチャン。」
下からコチラを睨んでいる執事に翼は目で合図した。
(セバスチャン!!)
「、、、こちらへどうぞ、、お飲み物は何がよろしいですかな?」
「いいんですか、、」
「いいのいいの」
(私はご遠慮して欲しいですが、、)
「じゃ、コーヒーをください。」
「かしこまりました。」
セバスチャンはそういうと、頭を下げて先におくの方へと消えていった。
「執事さんがいるなんて、やっぱり翼君のお家ってお金持ち
なんだね~」
「そんな事ないよ。さぁ、こっちにどうぞ」
「失礼します。」
ーーーーーーー
「美味いしい!!!こんな美味しいコーヒーのんだことないわ」
セバスチャンが用意したコーヒーを一口すすると、六月は
驚いた顔でそう言い、テーブルを挟んでソファーに座っている
翼は、何時もより多めに砂糖を入れ、スプーンでコーヒーが
冷めるまで念入りにかき混ぜていた。
「良かったなセバスチャン。」
「ありがとうございます。風間様」
「いいえ、本当に美味しいです。」
翼の右隣に添えつけの置物の様にピタリと
立っているセバスチャンの不機嫌だった顔は
少し和らいだようにも見える。
「それで、オカルト研究部ってなにするところなの?」
ようやく冷めたコーヒーをゆっくりとすすりながら
翼は美味しそうに、付け合せのクッキーを食べている
六月にきいた。
「えっと、たいしたことはしてなくて、、部室もないし、、
だから、私の家を部室代わりにしてるの。まぁ、来るのは
絵里ちゃんと美香ちゃんぐらいで、恋花やホラー映画みたり、、
ごめん。ただのお泊り会でした、、。で、でもね!!
オカルト関係の本もいっぱいあるし、それにね、、」
一人で、そういった場所にいったりしてるの!」
(なんとまぁ~子供ですな)
(だまれ!)
「一人でって、危なくないかな?」
「大丈夫!!それに、今まで危険な事も変なモノも見たこと無いし
まぁ、みたいんだけどね。」
「幽霊とか?」
「うん!でっ!やっつけるのが夢なの!!」
「ブッ!?」
「夜月君!?大丈夫!?」
翼の口から吹き出たコーヒーは、幸いにも自身の
履いているジーパンを濡らしただけですんだ。
「大丈夫ですかなおぼっちゃま?」
「あぁ、、」
「でね!それがオカルト研究部の目標よ!!」
(おぼっちゃまは自ら死地に赴くと、、すばらしいですな。学校とは)
(うるさい、、)
少し浮いていたお尻をソファーに再び沈めた六月は
最後のクッキーを口に放り込み、美味しそうに頬張るとゴクリと飲み込んだ。
「このクッキーってどこで売っているのかな?ものすごく美味しくて」
「へっ、、、あぁ、それはセバスチャンの手作りだよ」
「ええ!!すごい!!!」
六月はセバスチャンを崇める様にキラキラした目でみつめ
残ったコーヒーも一気に飲み干した。
「コーヒーも美味しいし、クッキーまで、、本当に凄いです!」
「ご満足いただけて幸いです。」
セバスチャンは軽く会釈すると、チラリと翼を見つめた。
(良かったなセバスチャン)
(、、、、、、)
「あの~今日は、用事があって、もうかえらないといけないんで
部の活動については明日、学校でいいかな?」
「えっ、あっ、大丈夫だよ」
「今日は、本当に押しかけたみたいでごめんなさい。」
「全然、大丈夫だよ。楽しくなりそうだし、、うん、、」
玄関まで六月を送りながらそういった翼の顔はどこか引きつり、
笑顔が顔に張り付いているように感じる。
「それじゃ、気をつけてかえってね。」
「うん、今日はご馳走様でした。あと、これ」
「ん?」
六月はおもむろに鞄から小さなお守りを取り出した。
お守りは、綺麗な青い色をしており、金色で桜と椿の刺繍が
施されている。
「私の神社のお守り。ママの手作りなの。入部してくれた
記念に夜月君にあげるわ。どうぞ。」
「えっ、、いや、、いいのかな?」
「もちろん、遠慮なくどうぞ。」
差し出されたお守りに翼はゆっくりと右手を伸ばし、危ないものでも
つかむように指先から触れ、チョンチョンと二回つめ先で確認した後
恐る恐る青く、どこか鈍く光っているお守りを受け取った。
「あ、ありがとう。」
「うん、それじゃ、明日学校でね!さようなら。」
「さ、さようなら」
開いたドアの先は冬に近づいているせいか、肌寒く、既に
暗くなりかけていた。
「セバスチャンさんも。美味しいコーヒーとクッキー
ありがとうございました。また、出来たら食べさせて
くださいね。」
「いつでも、お待ちしています。」
六月はニッコリと微笑むと、どんどん暗くなっていく
外に飛び込み、視界から姿を消した。
「オール様」
「ん?わかっているよ。僕が悪いよ」
「違います。お守りを落とされていますよ」
「へっ?お守りならにぎって、、、」
右手を見てみると、そこには右手がなく、シューシューと白い煙が上がっている
そして、足元に青いお守りが鈍く輝きながら床に落ちていた。
「、、みられた?」
青い顔で翼は、背後にいるセバスチャンにたずねた
「大丈夫です。少々、煙は上がっておりましたが、、、どうなさいますいか?」
「僕の鞄につけておいて、、触らなければ大丈夫だろうから、、」
「オール様」
「なんだよ」
「踏んでおいでですが?」
「えっ、、」
お守りを踏んでいた左足からは白い煙が上がり始めており
翼は慌てて飛びのくと、恐ろしいものでも見るかのように
お守りを見つめ
「何か、、箱に入れてから鞄に入れといてくれ、、」
「かしこまりました。ですが、学校には行かないほうがよいかと、、」
「行くよ。こんなのどうってことないしね。」
「、、わかりました。また、体の一部が煙を上げ始めたときに
お尋ねさせていただきます。」
そういってセバスチャンは、どこからか取り出した鉄の火バサミでお守りを
挟みとり、翼は何か言うとしたがグッとこらえ、既に元に戻った
右手を摩りながら、2階の寝室へと歩き出した。
ーーーーーー
今夜の満月はいつもよりも大きく、明るかった。
大きく、古い屋敷の扉の石畳の上で、ドルトは
大きな口をあけてあくびをすると、まだ、チクリと
お腹が痛む気がした。
そして、いつもと違うお月様と同じく、いつもなら
コッソリと屋敷を抜け出す陰も無く、ドルトはもう一度
あくびをすると、自分もまた、2階で眠る吸血鬼と同じように
まどろみの中へと落ちていったのだった、、、。