えうだ様
赤無市の小学生や中学生の女子の間で「えうだ様」というおまじないが流行している。えうだ様を呼び出して願いごとを言うと叶うというものだ。
やり方は学校や学年によって諸説あるみたいだが、以下のものが最もポピュラーらしい。
①参加する人数は5人でなければならない。
②時刻は午後4時44分からスタートすること。
③A4ほどの紙に大きく五芒星を描き、各頂点に「え う だ さ ま」と書く。
④五芒星のを取り囲むように5人で向かい合い、人差し指と中指を立てて突き合わせることで星のかたちになるようにする。
⑤その姿勢のまま、全員で左回りに5回歩き、呪文を5回唱える。
えうだ様 えうだ様 いらっしゃいましたら おいでください お願いごとがございます よろしくお願いします。
⑥唱え終わったら、それぞれが願いごとを言う。
⑦終わったら、五芒星の紙は丸めて燃やす。
⑧参加メンバーは「えうだ様」を行っているところを誰かに見られてはならない。また他のメンバーが儀式で言った願いごとは、それが叶うまでは他言してはならない。この決まりを守らなかった者には、罰が下る。
「こっくりさん」の発展系のようにも思えるが、儀式がいくらか手が込んでいる。また、「こっくりさん」は「狐狗狸さん」と書くことからも、動物霊を呼び出していることはわかるが、「えうだ様」というものは何を起源としているか不明だ。何人かに聞いてみたが「万能の神様で願いごとを何でも叶えてくれる」という共通認識だけがあるようだ。
今回はこの「えうだ様」にまつわる都市伝説だ。
一連の事件に関わった人物は、赤無市にあるR中学1年生の女子生徒たちだ。言い出しっぺはM子。クラスの仲良しメンバーに「えうだ様」をやろうと持ちかけた。メンバーも「えうだ様」の話は知っていたが、信憑性は怪しいと思っていたという。だが、「3組のだれそれがえうだ様をやって恋が成就したらしい。去年3年のだれそれが難関高校に合格したのはえうだ様のおかげらしい」という話を聞いて、まあやるだけなら無料だし、やって叶うなら儲けものか、ということで参加することになった。
授業が終わり、帰宅や部活で人がまばらになった午後4時まで教室に残りながら、儀式をどこでやるかという相談がされた。少なくなったとはいえ、まだ残っている生徒はいる。グラウンドからは運動部の掛け声やバットがボールを打つ音も聞こえてくるので落ち着かない。
儀式は誰にも見られてはならない。人気のないところを探すことにする。
R中学は本校舎から少し離れた場所に理科棟と呼ばれる場所があった。立て直す前の旧校舎の一部を残したもので、数年前までは理科の実験などはここで行われていたが、築年数がかなり古いことと、冬はかなり冷え込むことからほとんど使われなくなってほぼ倉庫と化していた。そこならば見られることもないだろうと、儀式は理科棟で行うことになった。
理科棟の旧教室は鍵がかかっていたが、天井近くの小窓が空いていたのでそこから侵入出来た。中は積み上げられた机と椅子、文化祭や体育祭で使うであろう大道具や小道具で煩雑としていたので、手分けしてものを動かして何とかスペースを作り出した。
時刻は午後4時44分。
紙とペンを出し、五芒星をさっと描き、頂点に「え う だ さ ま」と書き足していく。そして、五人で向かい合い、二本指を突き合わせてゆっくりと左回りに紙のまわりを歩く。「えうだ様 えうだ様 いらっしゃいましたら おいでください お願いごとがございます よろしくお願いします」3回ほど回ったところで、廊下から物音がした。
びくっと動きが止まる。
誰かがドアを開けようとしている。いや、というよりは鍵がかかっていることを確認しているようだ。
「誰かいるんですか?」
儀式を見られるわけには行かない。早く済ませなければ。
五人は慌てて残り2周分を歩く。
「えうだ様 えうだ様 いらっしゃいましたら おいでください お願いごとがございます よろしくお願いします」
呪文を唱えて召喚を済ませると五人は小声で口々に願いごとを言い、ぱっと離れた。M子は慌てて儀式の紙を丸めてカバンにねじ込む。ドアはまだ開いていない。儀式を見られることは避けられたはずだ。
ガチャガチャと音がして、教室のドアが開き教師が入ってきた。2年生の理科を教えている教師だ。理科棟の準備室に常駐しているのだろう。音がしたので確認に来たのだ。
「こんなところで何をしているんですか」
教師は憮然とした様子で立ちふさがっている。
「文化祭の出し物で演劇をやろうと思ってるんですけど、使えそうな脚本はないかなと思って…」
M子は後ろの大道具を一瞥して取り繕う。
「それなら図書室にあるはずです」
「オリジナルをやりたくて、先輩たちが書いたものなら参考になると思って」
「これは無断侵入ですよ。これからは私に言いなさい」
「すみませんでした」
何とかやり通せたと思った。
「少し散らかってるので、片付けてから出なさい。あと、その悪趣味で薄気味の悪い大道具もちゃんと片付けておくこと。準備室にいるので終わったら声をかけてください」
「え?」と思いM子は振り返ったが、そんな大道具はない。
「大道具…?そんなのないよね?」と他のメンバーに聞いたが、彼女たちは別のものを見ている。
「ねえ、M子」
指が指された方を見ると、M子のカバンが真っ赤に染まっていた。
「ちょ…な、なにこれ…ペンキか何か倒した?」
まわりを見るもペンキ缶などはない。カバンの色は内部から染まっている。M子はファスナを下ろし、中を見た。
紙が。
五芒星を書いた紙が真っ赤に染まっていた。
どうなっているのか、絶えず赤い液体ーー血ーーが五芒星の中心から滲み出ている。
突然けたたましい音がして、身体が硬直する。
5人のスマホが一斉に鳴り出したのだ。
恐る恐る取り出してみる。
待ち受け画面の写真が液晶が割れたわけでもないのに歪んでいる。家族の顔が、禍々しく捻れていた。
着信主の名前はない。
意を決して出た。
「もしもし…」
「てぃら そなかた ふぅるな てぃれ あめ」
背筋が寒くなる。
「てぃら そなかた ふぅるな てぃれ あめ」
「誰ですか。いたずらはやめてください」
「契約は不成立だってさ」
振り向くと、理科の教師が立っていた。
深い闇のような生気のない瞳で、じぃっと五人を見つめ、そしてーーにいぃと嗤った。
都市伝説はここで幕切れしている。