七人峠
大学生の城崎先輩(仮名)から聞いた話。
赤無市の環状線から車で国道に出て走っていくと、隣の県境までの間を途中に折れ、人気のない山道を行った先に、有名な心霊スポットのトンネルがある。
怪談自体はよく聞く類の話で、トンネルを通っているとフロントガラスに手形が付いたとか、誰かの声が聞こえたとか、そういう内容だった。
それが、最近になって話のバリエーションが変わった。
「七人峠」が出るという。
「七人みさき」という幽霊は聞いたことはあるが、それとは違うものらしい。
「七人みさき」は高知の伝承にある、海難事故や災害で死亡した船乗りによる七人一組の幽霊だ。出会ったものを高熱で取り殺し、一人殺せば一体が成仏し、殺された者が新しく「七人みさき」となる。成仏するために誰かを殺し続ける半永久機関のような幽霊だ。
「七人峠」は山道のトンネルに出るので、そもそも船乗りではないらしい。かといって登山家か何かと問うと、そうではないとか、わからないとかいう曖昧な話だ。というのも、見た者は正気を失うか、恐怖のあまり失踪してしまうという噂らしく、そのために何だかわからないけど「ヤバいモノ」という噂が一人歩きしていた。城崎先輩とその友達はその正体不明の「ヤバいモノ」に惹かれてしまい、みんなで肝試しに行こうという話になった。
「七人峠」と呼ばれるのには諸説あり、そのモノが「七人みさき」のように七人いるというものや、車に七人乗車しないと出ないというものもある。城崎先輩とその友達は、出会わなければ肝試しにならないので後者の説に則り、七人乗れるSUVをわざわざレンタカーで借りて、件のトンネルに向かったという。
男女合わせて七人のドライブは最初は和気藹々としたものだった。「七人峠」がどんなものかの大喜利が始まり、みんなで大笑いしたり、これから始まる肝試しに対しての意気込みが語られたり、笑いが絶えなかったという。しかし、それもトンネルに続く山道に入ったところで、徐々に静かになっていった。
ヘッドライトの灯りを頼りに進む山道はそれだけでも緊張感を増すし、運転にも集中が必要となってくるので会話は少なくなる。手入れのされていないがたがたの道を進み、しばらく行くと問題のトンネルに到着した。
交通量の少なくなった山道のものとはいえ、未だ利用者はあるので、灯りは点いている。ただ、山の斜面が大きな闇となり、車を飲み込もうと待ち構えているようだ。薄ら暗いトンネルの中に入るのは異界への入り口のような異様さがあったそうだ。
パシャりという音に車内が緊張する。
城崎先輩がスマホでトンネルを撮ったのだ。「七人峠がいるなら写るかもだから、ずーっと撮っておくよ」と嘯くも、誰も笑わなかった。
誰かが「本当に行くの?」と怖気づいたが、ここまで来て引き返すのわけにも行かないだろうという車内の空気から、トンネル内部に入ることとなった。
ゆっくりとSUVをトンネルに進める。トンネルは思いの外長いようだ。しばらく進んだ先で、女子の一人が急に青ざめた。
「何、あれ…」目線はトンネルの天井を見つめている。
「ヤバいよ、ヤバい、逃げて、早く逃げて!」
その女子は半狂乱になり運転手に叫ぶ。
皆、事態がわからない。城崎先輩はその方向にスマホを向けてシャッターを切った。
「何してんの! こっち来てる! はやく! 逃げて! バック!」
あまりの状況に運転手も引き返すことにした、が、ギアが上手く切り替わらない」車はトンネル内で立ち往生した。
「落ち着いて! 何? 何が視えてるの!?」別の女子が半狂乱になっている娘に聞く。
「視えてないの…!? トンネルの上に、人が沢山絡まり合った、蜘蛛? みたいなものが張り付いていて…こっちに来てる…! 逃げて…!はやく!」
全員再度その方向を見るも、何も視えない。ただ、その娘だけが狂ったように泣き叫んいる。
「あああああ…真上に、真上にいる! 助けて! 助けてえええ!」
ドン
車体が揺れた。
視えはしないが、気配は確かに感じる。
大きな何かが、SUVの上に乗っている。
ひた
ひたひた
ひたひたひた
ひたひたひたひた
ひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひた
窓ガラスに無数の手形が付いていく。そして、車内暖房を付けていたはずなのにひどく寒い。
ぎゃああああああああああああ!と激しい叫びがあがる。半狂乱だった娘が白眼をむいて気を失ったのだ。意識は失ったのに身体はがくがくと痙攣を続けていたという。
車内はパニックになった。
残りの女子たちは泣き出し、城崎先輩含め男子は早く戻れヤバいヤバいと叫び続ける。
運転手が再度ギアをバックに入れると今度は入ったので、猛スピードで車をトンネルから出し、元来た道を戻る。
国道まで戻ると、車内の温度は戻り窓に付いた手形も消えたと言う。
半狂乱になった女子は、その後大学に来なくなってしまった。城崎先輩たちは、家までお見舞いに行ったが、すでに引っ越してしまい、誰もいなかった。玄関の脇には不思議なお札が貼られていたという。
「結局、彼女が何を視たかなんてわからないままなんだ」
城崎先輩は、その時撮ったスマホの写真を見せてくれた。
写っていたのは、薄暗いトンネルの天井。フロントガラスに反射して写り込んだ、女性の顔。その顔は、恐怖のあまりひどく歪んでいて、視えているもののおぞましさを物語っていた。