ワープ(瞬間移動)
「今日はワープ、瞬間移動について、みなさんと議論してみたいと思います」
司会進行のMCは番組開始の宣言をした。
「まず、パネラーを紹介します」
女性アシスタントがT大物理学教授、科学ジャーナリスト、女性タレント、
探偵、巫女の経歴を紹介していった。
「いつからこの番組は推理ドラマになったんだ。
科学番組だろう。探偵なんか呼びやがって」
大学教授をしかめ面をして吐き捨てた。
今回からパネラーが増えていた。
番組は深夜枠ながら固定視聴者の熱い支持を受け、
プロデューサーはゴールデンタイム進出を狙い、
テコ入れしたのだった。
大学教授は伏し目がちにプロデューサーを確認した。
プロデューサーは、ツカミはOKというように頷いた。
大学教授はこの番組を通じて知名度が上がり、他の番組にもよばれるようになっていた。
彼は学問的知識もさながら、周りの要求を読み取るのも巧みだった。
もちろん役割もあった。
大学教授は科学的な現実路線に立ち、科学ジャーナリストが科学的ロマンを語り、
おバカな女性タレントがピントがずれたことを言うというように。
今回呼ばれた探偵と巫女の役割は周知されていなかった。
プロデューサーがある政治家から紹介されたという噂がスタッフに広まっていた。。
「私は物理学的に可能だと思います」
ジャーナリストが先陣を取った。
これも大学教授とのアウンの呼吸だ。
始めから不可能だ、と言ったら、番組は成立しない。
「私もできると思います」
女性タレントがタイミングよく割り込む。
「だって『どこでもドア』があるじゃん」
「あれは、漫画だろう」
大学教授は声を張り上げた。
「でも、人間が考えたことは全部できるんでしょ」
女性タレントは曇りのない笑顔を見せた。
「鋭い考えだと思います」
探偵は、MCの視線を受けて感想を述べた。
MCが発言を割り振っているようだ。
「ロマンがあっていいですね。
しかし、アインシュタインが物理学的に証明しています。
空間を曲げることができると。
教授それは否定しませんね」
ジャーナリストは物理学教授を見据えた。
「確かに巨大なエネルギーが存在する場合、空間が歪みます。
これは観測されて実証されています。
宇宙上で巨大エネルギーとは星のことです。
質量が大きい星はエネルギーも大きいというこです。
ブラックホールが光を吸い込むというのも、
空間を歪めて落とし穴を作っているためです」
教授は難しい言葉を使わず、丁寧に説明した。
もちろんテレビを意識しているためだ。
ジャーナリストは大きく頷いた。
そして、長方形のフリップを胸に掲げた。
しっかりしたボードではなく、ペラペラの紙だった。
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| ● ● |
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| A B |
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2つの●にそれぞれA、Bと記述されている。
「このようにします」
ジャーナリストはA、Bの点が重なるように紙を折り曲げたのだった。
オーっと観覧客の歓声が上がった。
「これは2次元の紙で説明しましたが、
同様に3次元空間でも空間を曲げることが証明されています」
ジャーナリストは立ち上がり、折り曲げた紙を頭上高く掲げた。
「つまり、理論的にワープは可能ということです」
「それは2次元の話でしょう。
仮に2次元に住む人がいるとします。
しかし、彼らには自分たちが住む紙を折り曲げることはできません。
3次元の世界でも、自分たちがいる空間を曲げることなんてできません。
神様でもいない限り」
大学教授はジャーナリストの話をバカにせず、真剣に答えた。
「私は神と意思疎通ができます」
突然、巫女が話し出した。
初めての発言だったが、その一言だけだった。
「神様にお願いできると早いですね。
でも、神様の代わりに巨大なエネルギーで空間を曲げることができます」
ジャーナリストは余裕を見せるように巫女に微笑んだ。
「そんなエネルギーがどこにあるんですか?」
教授とジャーナリストのバトルが始まった。
「核融合があります」
「そんなエネルギーじゃ足りない」
「どうしてそんなことが言えるんですか?」
「太陽は核融合反応で熱エネルギーを発しています。
実際、空間を歪めていますが、足しにもならない程度です」
「ブラックホールはどうですか?」
「それこそワープができなければ、行って実験もできません」
「対消滅はどうですか?」
「物質と反物資とが接触する時に生じるエネルギーですね。
漫画でも出てくる反物資は、すでに生成できる技術は確立しています。
光に近い速度で原子と原子を衝突させるのです。
ごく少数の反物質が発生しますが、すぐに消滅します。
現実的には無理でしょう」
「でも、いつか反物質を自由に生成することができるはずです」
「まあ、使い方を間違えばワープどころじゃないです。
宇宙が消滅してしまいますねどね」
「ん~ッ」
「結局、神様にやってもらうしかないでしょう。
2次元の世界を曲げる事ができるのは3次元の人間。
3次元の世界の曲げる事ができるのは4次元以上の存在」
確かにそうだ。
神様がジャーナリストの紙のように勝手に空間を曲げるはずがない、と探偵は思った。
神が・・・
探偵は頭をフル回転させて推理した。
神が空間を折り曲げてくれないだろうか。
「名探偵にお任せあれ」
探偵は胸に手を当てて深く頭を下げた。
「2次元の住人はこうすればいいはずです」
探偵はジャーナリストから『A』、『B』が記された紙を拝借し、
女性アシスタントから受け取ってペンで何やら書き加えた。
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| ● ● |
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| A B |
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|AとBを合わせる|
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探偵は紙を広げてカメラに向けた。
「2次元の住人がこう書いておけば、3次元の住人がAとBを合わせてくれます。
そうすれば彼らは瞬間移動できます。
だから・・・」
カメラは巫女を捕える。
画面は巫女のアップになった。
「私は神と意思疎通ができます」