叔父上の側近
第329話 領地対抗戦の話し合いとユストクスの女装の頃をヴィルフリート視点で。
ローゼマインが戻ってきたその日、トラウゴットの新しい側仕えとしてユストクスもやってきた。ユストクスの采配により、停滞していた頭を抱えたくなるような社交の仕事が全てローゼマインへと向かい、私は楽しい領地対抗戦の準備ができるようになった。それだけでも私はユストクスを高く評価したいと思う。
領地対抗戦での準備についてもユストクスは色々と助言をくれた。
騎士見習い達には叔父上が素材採集をする上でまとめた魔獣や魔木などの魔物の弱点や攻め方の資料とディッターで使った奇策の数々をユストクスが書き留めた物を渡す。
「団体戦で大事なのは、俯瞰して戦いを見つめ、指示を出せる人間を置くこと。そして、その指示を皆がきちんと聞き入れること。功を焦って独走する者がいれば、そこで作戦など意味をなさなくなる」
そう言いながら、ユストクスはトラウゴットをじろりと睨んだ。トラウゴットはローゼマインの護衛騎士を辞任した騎士見習いだ。
私の側近の護衛騎士によると、ダンケルフェルガーとのディッター勝負の折に、ローゼマインからの命令違反というか、主の言うことを全く聞いていない場面があったらしい。リヒャルダが寮で激怒する声を聞いた者も多く、解任に近い辞任だろうという見方が強い。
トラウゴットはボニファティウス様の孫で、その年の割になかなか強く、私も護衛騎士にならないか打診したが、断られたことがある。ローゼマインの護衛騎士になりたいと言っていたのに、辞任することになるとは正直なところ予想外だった。
ローゼマインがエーレンフェストに帰還した後、ダンケルフェルガーから再戦の申し込みがあり、断り切れず勝負を受けることになった。
あの時、トラウゴットは一番に敵に向かって飛び出していったはずだ。その様子を見て、私は勇敢でやる気があると考えたのだが、今のユストクスの言葉と視線から察するにトラウゴットは独走していたのだろう。
ローゼマインは奇策を使って勝ったらしいが、策もなく、攻撃力の要であるコルネリウスとアンゲリカがいないエーレンフェストはダンケルフェルガーに秒殺され、完敗した。
ガッカリした顔のルーフェン先生がダンケルフェルガーの騎士見習い達に慰められていた。「ローゼマイン様が戻られたら、また申し込めばよいではないですか」と。
……余計なことを言うな!
そんなディッター勝負の後、トラウゴットはエーレンフェストに呼び戻されていた。
そして今日、ローゼマインと一緒に寮へと戻ってきたのだが、側仕えはユストクスになっているし、本人は悄然としているので、ローゼマインの護衛騎士を辞任したことについて親族に叱られたに違いない。トラウゴットの親族といえば、一番に思い浮かぶのはボニファティウス様だ。叱る時には怒りの鉄拳が炸裂すると聞いたことがある。
……トラウゴットが死なずに済んだようで何よりだ。
そういえば、ユストクスは父上や叔父上から文官としての仕事もたくさん任されているとローゼマインが言っていた。トラウゴットの世話をしながら、文官仕事をさせられるとは非常に大変だと思う。だが、寮監であるヒルシュール先生が全く当てにならないので、頼りにしたいと思う。
「ユストクス、ヒルシュール先生は領地対抗戦で図書館の大きなシュミル達について研究発表をするようだが、問題ないのか?」
図書館の大きなシュミルは昔の王族の遺物だ。あれを巡って起こった騒動を考えるとどうしても慎重になってしまう。
あのシュミルの主となってしまった時に、言えるものならばローゼマインに「今まで動いていなくても何とかなってきたのだから、主の地位など放棄しろ」と言いたかった。
けれど、ローゼマインの図書館への思い入れとソランジュ先生の喜びようを見れば、そのようなことも言えず、私は騒動を起こさないための一番簡単な方法を放棄することになった。
……その結果があれだ。私の全ての苦労はあのシュミルから始まったのだと思う。
新しい主の仕事として採寸を行うことになり、ヒルシュール先生が暴走し、ダンケルフェルガーと事を構えることになって、ディッター勝負にもつれこみ、王子と交流を持つことに繋がった。今度は慎重に行きたい。
私の質問にユストクスはゆっくりと顎を撫でながら考え込む。
「……大きな問題はないと思われますが、明日、姫様が王子と面会するようなので、その時に質問してくださるようにお願いしておきます。王子の許可があれば、ヴィルフリート様の不安は解消されるでしょう」
「うむ、頼む」
不安要素は一つでも消しておくに限る。ローゼマインと関わるようになって、私はそれを学習した。先回りは大事だ。大体はローゼマインのやることが突飛すぎて、先に回りきれなくて失敗するのだが。
「今年の領地対抗戦で一番大変なのは、側仕え見習いでしょう」
「そうなのか? 毎年、一番仕事がなくて手持無沙汰だと聞いているが……」
「フッ。懐かしいですね。フェルディナンド様が入学された年も同じようなことを言っていた側仕え見習いが痛い目を見ていましたよ」
ユストクスが昔を懐かしむように目を細め、小さく笑った。
「……痛い目、だと? 一体叔父上は何をしたのだ?」
「フェルディナンド様はいつも通りです。涼しい顔で最優秀の成績を収めただけです」
叔父上が貴族院に入った時は、父上が最終学年で、二人の領主候補生が在籍する状態だったようだ。皆の雰囲気を盛り上げ、やる気を引き出しながら仕事を割り振るのは父上が上手く、実際の準備の進行や不備がないかの点検は叔父上が上手かったようで、よく噛み合っていたらしい。
「フェルディナンド様が優秀だったこと、ジルヴェスター様がフロレンツィア様をお招きするために張り切っていたこと……いろいろ理由が絡み合い、あの年の領地対抗戦でエーレンフェストは例年以上の賑わいを見せました」
そう言った後、ユストクスは表情を曇らせた。
「来客数が想定以上に激増し、エーレンフェストの側仕え見習いだけでは捌ききれないような状態になってしまったのです」
「ぬ?」
大混乱に陥り、学生達についてきていた側仕えも動員されたが、それでもお茶やお菓子が足りない状態になってしまい、側仕え見習い達の領地対抗戦での評価は最低となってしまったと言う。
「今年はヴィルフリート様とローゼマイン様がいらっしゃいますし、流行の発信、上位領地からの注目、王子との関与など、あの時以上の混乱が予想されます」
ユストクスの言葉に側仕え見習い達がザッと顔色を変えた。
「今の想定の三倍はお茶とお菓子を準備し、学生の側仕え達をいつでも出動させられるように待機させるくらいしておかなければなりません」
「……三倍だと?」
それほど必要だろうか、と疑わしそうな顔の側仕え見習いと「聞き入れるかどうか判断するのはヴィルフリート様です」と肩を竦めるユストクスを見比べて、私は目を細めた。
「ユストクスの言う通りにしておけ。ローゼマインがいない間の混乱状態を見ても、今年は今までの経験が役に立たぬことは明白だ。経験者の忠告は聞きいれた方が良かろう」
「はい」
側仕え見習いが真剣な顔になって、打ち合わせのやり直しを始めた。先達であるユストクスに話を聞いている。
この頼りになる叔父上の側近が嬉々として女装し、リヒャルダの代わりにローゼマインの側仕えとして貴族院の中を歩き回るようになると知るのは次の日の事。
そして、そんな変わり者を側仕えに付けられたトラウゴットに同情の視線が集まるのに、それほどの時間はかからなかった。
ユストクスといい、ローゼマインといい、叔父上は有能な変わり者を周囲に置くのがお好きなのかもしれない。変わった趣味だ。
……そうか。叔父上も変わっているのか。
ポンと手を打った瞬間、何故か首元がひやりとしたよう気がした。