レオノーレ視点 ブリュンヒルデの事情
時間軸はローゼマインが貴族院二年生のエーレンフェスト期間中。
ふぁんぶっく4 「魔力感知と結婚相手の条件」のこぼれ話です。
結婚相手について曖昧な笑みを浮かべて言葉を濁したブリュンヒルデの事情。
「レオノーレ、改めてお話ししたいこととは何ですの?」
わたくしはブリュンヒルデの部屋へ入り、盗聴防止の魔術具を出しました。上級貴族であるわたくし達は自室に側仕えがいることが常なので、個人的な話をする時は必ず使います。
「結婚相手についてギーベ・グレッシェルから何かお話があって? 先程ずいぶんと言葉を濁していたでしょう? 顔色も良くなかったので気になって……」
ユーディットに魔力感知が発現したことで、ローゼマイン様の女性側近が話し合いをしていました。結婚相手の条件について問われたユーディットがコルネリウスからのオルドナンツに飛びついたことで解散となりましたが、わたくしはブリュンヒルデの様子がどうにも気になって仕方がなかったのです。今まで次期ギーベに相応しい婿を取ると言っていたブリュンヒルデの曖昧な態度を見せたのですから。
「そういう時は見てみない振りをしてくださいませ」
ブリュンヒルデが少し嫌そうに顔を顰めましたが、それは年の近い同性の親族として幼い頃から親交があるから見せる表情です。普段は上級貴族らしさを崩さない彼女の気安い態度にわたくしはそっと息を吐きました。
「……男の子だったのですね」
「えぇ」
ギーベ・グレッシェルの第二夫人が身籠もっていることは、第一夫人であるブリュンヒルデの母親から聞いていました。息子を産めなかった彼女は、男児が生まれれば次代のギーベは彼になる可能性が高いことを非常に不安がっていたものです。
「お父様は大喜びです。お母様が不安に思うのも無理ありません。わたくしの婚約者候補は選び直しになりますからね」
婿入りではなく、嫁入りを前提とした相手を選ぶことになるとブリュンヒルデは呟きました。
「ブリュンヒルデを次期ギーベから下ろすと決めたのですか?」
「……まだお父様からのお話はありませんわ。けれど、ローゼマイン様の印刷業を取り入れることで、グレッシェルはこれまでの在り方から大きく変化しようとしています。今の揺れ動く状況で、わたくしの婿を急いで決めて次期ギーベと決定するより、もう少し状況の変化が落ち着くのを見てから次代を決めたいようです。わたくしにはギリギリまでローゼマイン様の側近でいてほしいようですし……」
ギーベ・グレッシェルの家系は一旦決まった立場をひっくり返されたことから始まっているため、決定を覆すことに対する忌避感が強いのでしょう。すぐに次期ギーベを決定したくないギーベ・グレッシェルは、ベルティルデの成人前後、生まれた男児の成人前後、ブリュンヒルデの子供世代を見ながら舵取りをしたいと考えているようです。
「跡取りでなくなっても、わたくしはグレッシェルの発展を優先したいと思っています。これからのグレッシェルのためにはエーレンフェストと交易の始まった上位領地の上級貴族か中央の貴族との婚姻が望ましいのではないかと思うのですけれど、お母様はエーレンフェスト内でお相手を探してほしいのですって」
ブリュンヒルデが困ったように微笑みます。彼女の言いたいことはすぐにわかりました。母親の望みに添いたくても、できることとできないことがあります。
「それは難しいでしょうね」
「ローゼマイン様から魔力圧縮を教えていただいた世代で、身分と派閥を考えるといませんもの」
「わたくしもこの一年近くで、エーレンフェスト内に魔力の感じ取れない方が増えました。エーレンフェスト内で探すのは難しいでしょうね。ヴィルフリート様の側近もダメなのでしょう?」
わたくし達はローゼマイン様の魔力圧縮方法を教えられたため、エーレンフェスト内ではかなり魔力が多めの上級貴族です。年嵩の方々とは少しずつ魔力量が釣り合わなくなっています。それなのに、旧ヴェローニカ派との婚姻は許されないのです。わたくしは運良くコルネリウスと結婚できますが、コルネリウスが結婚を許されない立場だったら大変だったでしょう。
「お母様はハルトムートを推してきますけれど、個人的には絶対に嫌ですし……クラリッサ様がいらっしゃるでしょう? 」
「わたくしもハルトムートは嫌ですね。私生活でもローゼマイン様の賛美を聞かされるかと思うと、気の休まる時間がなさそうですもの。クラリッサ様はローゼマイン様の側近になりたくてハルトムートに求婚したのでしょう? 良い組み合わせですよね」
先日、ハルトムートから紹介されたダンケルフェルガーの文官見習いを思い出し、わたくしは小さく笑いました。いかにローゼマイン様にお仕えしたいのか切々と語るクラリッサ様と、彼女が語るローゼマイン様の素晴らしさに深く頷いていたハルトムート。二人で語り合っていただくのが、周囲にとっても一番平和です。
「クラリッサ様はフィリーネやローデリヒの代わりに他領の情報収集をしたり、二人の教育もしたりしてくださるのですって。わたくし達では文官見習いへの指導はできませんもの。来年は上級文官見習いがいないので助かりますね。エーレンフェストにとっても良い組み合わせだと思います」
ブリュンヒルデは側仕え見習いとして上位領地とのやり取りを一手に引き受けています。ローゼマイン様がぐんぐんと引っ張っている今のエーレンフェストに不足しているものを正確に捉えているように思えました。彼女はこれからの領地の発展に必要でしょう。結婚で領主一族の側近を辞め、親族のギーベ一族などの田舎へ嫁ぐには惜しい人材です。
「ねぇ、ブリュンヒルデ。ご両親からエーレンフェスト内で探せと言われたら、もうアウブ・エーレンフェストの第二夫人くらいしかございませんと言えばいかが? お二人も諦めて領地外でお相手を探すことを許してくださるのではなくて?」
わたくしが茶化すようにそう言うと、ブリュンヒルデも少し気が抜けたように微笑みました。
「フフッ、それならば諦めてくださるかしら。……今ならば中央貴族、クラッセンブルク、ダンケルフェルガーと選び放題なのですけれど」
ローゼマイン様のお茶会の窓口であるブリュンヒルデは、わたくしが想像していたよりずっと引く手あまたのようです。エーレンフェスト内の田舎へ引っ込まれるのも困りますが、他領へ出て行かれるのも困ります。
「ブリュンヒルデ、必ず婿を取ってくださいませ。貴女が嫁いではなりませんよ。エーレンフェストとローゼマイン様にとっての損失です」
「あら、評価に厳しいレオノーレにそこまで望まれるなんて嬉しいこと」
クスクスと笑うブリュンヒルデの飴色の瞳には、いつも通りの力強さが戻っていました。結婚相手は一生を左右する存在です。彼女にとって良い相手が見つかりますように。次期ギーベの立場を失った彼女のために、そう願わずにはいられませんでした。
本編完結から三年ということで、記念に何か……と思って急いで書きました。
ローゼマインには見せない裏事情、お楽しみいただけると嬉しいです。




