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図書館の聖女

第389話 図書委員活動をしたい のヒルデブラント王子視点です。

 私はヒルデブラント。秋に洗礼式を終えたばかりの第三王子です。王族の務めとして、冬の間、貴族院に滞在するように命じられました。

 けれど、私はまだ入学しているわけではありません。学生達とあまり顔を合わせないように、と言われているので、部屋に籠っている毎日なのです。ですが、どうにも退屈です。十日とたたないうちに、鬱々とした気分になってきました。


「今はまだ全ての学生が講義を受けている時期で、講義時間中は誰も出歩いていませんから、少し散策されますか?」


 私の気分が沈んでいるのを察した側仕えのアルトゥールの提案で、学生達の講義時間を見計らって、貴族院の中をあちらこちらと散策することができるようになりました。学生達に見つからないように移動するのは、とても楽しい気分でした。


 講義が行われる棟から少し離れた場所にある東屋の周りを走り回ったり、先生方が薬草を育てている薬草室を覗いたり、アルトゥールの騎獣に同乗して上空から貴族院を眺めたりしました。


「今は雪で埋もれて真っ白ですが、雪がない季節は緑の森の中に各地の寮が点在する様子がとても美しいですし、あの辺りは花が群生しているので色とりどりの風景になるのです」

「雪がない季節も見たいですね」

「ヒルデブラント王子のお披露目の時期には雪がなくなっていると思いますよ」


 春の領主会議で各地の領主達にお披露目することが決まっています。そのためにフェシュピールも練習しているのです。


「今日はどちらへ向かうのですか、アルトゥール?」

「図書館です」


 ガッカリしました。図書館は本がたくさんあるところで、自室に籠っているよりは気が晴れるかもしれませんが、決して楽しいところではありません。肩を落とす私にアルトゥールが苦笑しました。


「図書館には大きなシュミルの魔術具がございます。動く姿は可愛らしいですよ」

「見てみたいです」


 そして、アルトゥールに案内されるまま、私は図書館へ行きました。


「おや、司書が不在のようですね」


 アルトゥールは閲覧室を見回してそう呟きました。司書はいませんが、アルトゥールが言った通り、黒と白の大きなシュミルはいました。頭を軽く左右に振りながらひょこひょこと動いているのが見えます。その可愛らしさに感動していると、突然背後の扉が開きました。


 入ってきたのは自分と同じくらいの身長の美しい女の子で、明るい黄土のマントを身に付けていました。親睦会のあった広間で最も小さい、私と同じくらいの年頃に見える新入生はとても目立っていたので、覚えています。


 ……あの色は確か、エーレンフェスト。


 学生には見つからぬようにと言われていたのに、見つかってしまったことに驚き、私は思わず自分の行動を棚に上げ、講義に何故出席していないのか、と問いかけてしまいました。

 ところが、彼女は気分を害した様子もなく、おっとりと頬に手を当てて「わたくしは講義を終えましたから」とさらりと言うと、シュミル達に指示を出し、その場に長居するわけでもなく「ごきげんよう」と踵を返します。


 黒いシュミルと一緒に二階へ上がっていく彼女の背中を何となく見送っていると、「おうじ、あんないする」と白いシュミルが言いました。


「ヒルデブラント王子、登録されていらっしゃらないのに何故図書館に……?」

「王族としての登録は洗礼式で終えているので、何の不思議も……あぁ。ソランジュ先生は中級貴族なので、ご存知ないのですね」


 アルトゥールと司書のソランジュ先生が話をしている間、私は白いシュミルに図書館の中を案内してもらいました。


「ここキャレル。ほんよむ。おうじ、ほんすき」

「嫌いではありません」


 図書館の管理をしている白いシュミルに、本が好きではありません、とは言えませんでした。王族として少し恥ずかしい気がしたのです。


「いっかいはこれだけ」


 ぐるりと見て回ったところ、一階にある本はほとんどが貴族院の講義で使われる参考書でした。一年生の分ならば、少しはわかるものがありますよ、とソランジュ先生はおっしゃいましたが、わざわざ勉強の本を借りたいとは思いません。部屋にある本で十分です。


 一階を見終わったので、私はエーレンフェストの領主候補生が上がっていった階段を何気なく見上げました。


「二階には何があるのですか?」

「にかいはしりょう」


 白いシュミルについて階段を上がっていくと、ひょこひょこと戻ってきた黒いシュミルが「ひめさま、どくしょちゅう」と言いました。


「ひめさま、ですか?」

「そう、ひめさま」


 何故エーレンフェストの領主候補生が図書館のシュミルに「ひめさま」と呼ばれているのかわかりません。図書館を管理する魔術具に「ひめさま」と呼ばれているなんて、まるであのエーレンフェストの領主候補生が図書館の主のようではありませんか。


 不思議に思いながら私は二階に上がりました。一階とは本棚の並ぶ様子が違い、古い資料もあるのか、匂いや空気が違う気がしました。きょろきょろと辺りを見回しながら進むと、エーレンフェストの領主候補生の側近の姿が見え始めました。


 更に足を進めると、エーレンフェストの領主候補生が静かに本を読んでいるのを見つけました。本棚に繋がれた厚みのある本を読んでいます。それは切り取って絵にして、飾っておきたくなるほど、とても綺麗な光景でした。


 窓から柔らかく光が差し込んでいるせいでしょうか。彼女のいる一角だけが一際明るく見えました。さらりと小さな肩から髪が滑り落ちたり、小さな白い手が背中へと払ったりする度に艶のある夜の色の髪が、光を受けて鮮やかさを増して輝きます。


 そうして手が動いているのに、金の瞳は本だけを映していて動きません。ずっと字だけを追っていて、顔を上げることもなく、私の姿など全く目に入っていないのがわかりました。


 ……こちらに気付かないのでしょうか?


 そう思った瞬間、ふっと柔らかく彼女の表情が緩みました。

 月のような金の瞳が優しく細められ、唇が優美な弧を描き、頬が薔薇色に色付きます。

 白い小さな手がゆっくりと本のページを撫でた後、丁寧な仕草でページを捲りました。

 新しいページに目を輝かせる姿は、本を読むのが楽しくて嬉しくて仕方がないと体現しています。

 講義が終わったと言っていたのに、分厚く難しそうな資料を幸せそうに読む姿はとても綺麗で、私は目を奪われました。


「ヒルデブラント王子?」


 アルトゥールに声をかけられ、私はハッと我に返りました。彼女の様子をずっと見ていたいような、見てはいけないような、不思議な気持ちになります。どうしてそのように思うのかわからず、私は思わず踵を返しました。彼女の読書の邪魔をしないように、心持ち足音を忍ばせて。


「あのひめさまはどんな方ですか?」


 シュミル達に尋ねると、二匹はひょこひょこと歩きながら答えてくれます。


「まりょくたっぷり。いいひめさま」

「ほんがだいすき。いいひめさま」


 よくわかりませんが、彼女がシュミル達にとても好かれていることはよくわかりました。




 部屋に戻ると、私は側仕えのアルトゥールに質問しました。彼女のことをもっとよく知りたくなったのです。

 

「アルトゥール、エーレンフェストの領主候補生の、一番下の妹姫の名は何というのでしょう?」

「一番下ですか? 少々お待ちくださいませ」


 アルトゥールが領主候補生に関する資料を捲り、教えてくれた名前は「シャルロッテ」でした。彼女の名前はシャルロッテ。私は何度か名前を繰り返して呟いた後、彼女の真似をして部屋にある本を開いてみました。


「おや、ヒルデブラント王子が自主的にお勉強ですか?」

「王族ですから恥ずかしくないように、です。今日、シュミル達に本が好きかと聞かれて、嫌いではないと答えてしまったのです」


 アルトゥールが小さく笑いながら、文官を呼びました。文官が隣に座り、難しいところの解説や読めない言葉を教えてくれます。いつも通りの勉強風景でした。シャルロッテの真似をしてみましたが、とても幸せな気分になれそうにはありません。


 ……あの姿を見れば、また本を読む気が湧いてくる気がします。


 解説を聞くのに飽きてきた私は、背後に控えているアルトゥールに問いかけました。


「アルトゥール、今日の彼女にはまた図書館に行けば会えるでしょうか」

「これから毎日のように図書館にいるとおっしゃいましたから、会うのは容易でしょうが……お気に召したのですか?」


 驚いたような声の響きに、私は慌てて首を振りました。


「気に入ったというか……本を読んでいる姿がとても綺麗だったので、もう一度見たいと思っただけです」


 読書をするところを見たいだけです。彼女の邪魔をするつもりはありません。

 私がそう言うと、アルトゥールはしばらく考え込むように顎に手を当て、小さく笑いました。


「知的な女性に惹かれるのは、ダンケルフェルガーの血でしょうか」


5/18の活動報告に上げていたSSです。

要望がいくつもあったので移動しました。

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― 新着の感想 ―
やっぱりローゼマインって美少女なんだなぁ。 王子幼いのにとても誌的で優しい。 初恋って美しいなぁ。
レスティラウトはローゼマインの知的さよりも美しさに心惹かれていたような気が、、。宝盗りディッターの後に知略勝利を賛否することなく偽物聖女だの卑怯者だの言ってたのって実はレスティラウトはダンケルフェルガ…
まるで初めての奉納舞の授業で、ローゼマインがエグランティーヌの舞に語った賛美のようだ
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