紅葉いろの刻
苦手な恋愛ものに挑戦。玉砕かしら(苦笑)
青く広い空。陽が傾くにつれ、遠くの山々の彩との境界は、少しずつ薄くなる。
最近の公園には、本当に幼い年齢の子供と、付き添いの母親、健康志向の中高年の人が来るくらいで、昔のような喧騒の広がることなど、ほとんどない。これも携帯ゲームなんかの影響なのだろうか。
紅蜻蛉が、ゆったりと人の気配の少ない空を悠々と飛ぶ。
――時間は一刻一刻、確かに過ぎて行き、街も、人も、自然でさえ目まぐるしく変わっていく。そしてもう、二度と再会することはないのだ、同じ刻とは。
そんなことを思えば、こんなふうにベンチで座って流れる時間を過ごすことさえ、気を急かしてしまう。もちろん、何一つ、無駄なことなどないのだろう。そう、一見そう見えるこんな時でさえも。
お気に入りのメロディがバッグから流れ、中の電話を取り出す。ボタンをいじって画面を指でスライドさせれば、誰とでもつながる。
(━━━━待ち人、来たらず、か・・・)
画面表示は、連絡を待っていた相手とは別の、業務連絡。一ヶ月も先のスケジュール。
いつだって先を見て行動してきた。未来を考えて、希望を叶えてきた。でも、結局のところ、見てなかったのかもしれない。「現在」を置き去りにしてきていたのかもしれない。
いつの間にか、色々なものがちぐはぐだ。
目元がじわり、と熱くなる。急いで空を仰ぎ、睨むようにしてこぼれそうな涙をこらえた。
仰いだ先の、紅葉いろの空は、あまりに美しい。ほんのわずかの、泡沫の風景。
もうあと1、2週間もすれば、落葉が始まるだろう。そして次の春の準備期間へと入っていく。自然は人間と比べると、なんて大きい。
遠くから、聴き慣れた足音が聞こえてくる。そちらを見なくても分かる。
(━━━━彼だ。)
ゆっくりと近づいてくる足音を聞いて、心が決まった。
「悪い悪い、仕事が遅くなっちゃったんだ。」
こちらに拝むように手を合わせて謝る、その困ったような笑顔に、胸がポカポカしたことも、以前はあった。その笑顔を向けられることが本当に幸せだと、感じていたんだ。
「うん、待ったよ。」
無意識のうちに、笑顔を作っていたけれど、声は上ずってしまった。
「だけどもう、終わりにしよっか」
彼にとっては、思いがけない言葉だったろうと思う。それでも、驚きのあとには、静かに諦めたように頷いた。いつものように、いつもの場所へここから一緒に歩いていく。そんな《いつも》だって、本当はいつか終わるのだ。
「今まで、ありがとう」
伝えたいことは多くない。彼も何も言わない。でも、彼もきっと分かっているだろう。
手を振り、彼とは反対方向へ歩いていく。
紅葉いろの刻。でも、きっともうとっくに、私たちの落葉は始まっていたのだろう。