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第九章

 千明の言った通り、ガードの候補者の中にオペレーターに適任と思われる人物は見つからなかった。そもそも挙げられた候補者二十人の内、女性は四人に過ぎなかったのである。内訳は女性警察官が三人と女性自衛官が一人だ。彼女たちは他の候補者たちと同様に護衛という任務には適性があり、他に優れた資質も持っていた。だが蒲生たちの要求する反社会的特性を備えてはいなかったのである。

「女性警察官三人は、あと数センチ身長があればSPの候補に挙がっただろうという能力の持ち主だ。女性自衛官の方は格闘術のエキスパートで拳銃の扱いにも慣れている。いずれも護衛として、自分の身体を楯にしてでも任務を忠実に果たそうとするだろう。ただ任務として要求される場合でも、ためらわずに人を殺せるかというと、これは難しいな」

 面接の結果を蒲生がそう説明した。蒲生の『能力』を用いた面接であるので誤魔化しはきかない。面接と同時に『洗脳』も施している。それぞれの身分を一時的に放棄しての『出向』であった。給与の面では優遇されているが、任務中に命を失っても公的な保障は何もない。そのため独身者であるということが条件の一つに挙がっていた。

「蒲生さんの『洗脳』で何とかならないの?」

「そんなことをしたら人格を根元から書き換えることになる。人格と彼らの能力は密接に繋がっているんだ。どうにも使い物にならない木偶でくの坊を作り出す結果になってしまうだろう」

 今回の蒲生の『洗脳』は、千明たちの身柄をガードすることが日本の国益を守るためだと彼らに信じ込ませるものだった。核融合炉がこの国のエネルギー源として今後国民の生活を支えるものであり、他国がそれを手に入れようと暗躍していることは、すでに彼らも知っていたから、それは難しいことではなかった。

 しかしそれと、彼らを蒲生たちの仲間に変えるというのは、全くの別問題だった。人の価値観はその人間の過去すべての記憶の上に成り立っていて、それを置き換えると過去のすべてをまがい物に塗り替えることになる。いくら蒲生でもそんなまがい物の上にまともな人格を創り出すことなどできるはずがないのだった。


 十名の元警察官と十名の元自衛官からなる護衛部隊がここに発足した。女性四名はいずれも二十代、全体としては二十代前半から四十代後半にまたがる集団である。蒲生は最年長で警視庁の元SPである仁科という男を全体の責任者として指名した。


「自衛官はそもそも護衛任務の訓練を受けていない。この建物の地下に発電所の警護中隊用の訓練スペースが設けられている。そこを利用すれば射撃訓練も可能だ。護衛部隊が使い物になるよう、至急訓練を始めてくれ」

「それは……我々が護衛任務中も武器の携帯を認められるということでしょうか?」

 慎重な口調で仁科が尋ねた。彼としても護衛任務に銃が持てるのはいいが、身分的にそれが許されるのかという問題に疑問を感じずにいられなかったのだ。

「当然非公式にだがな。万が一誰かが発砲するような事態になった場合、その者は一時的に警察官に復職することになっている」

「自衛隊出身者もでしょうか?」

「そうだ。警察官に準ずる警務官の身分になる」

「しかし、警務官は一般市民に対する警察権を持たないはずです」

「警察出身者と常にペアで行動するようにしろ。だがあくまで万が一でのことだ」


 どう考えても胡散臭いこの説明に仁科が異を唱えなかったのは、『洗脳』の結果かそれとも『出向』に当たって言い含められてきたからか、蒲生にも判然とはしなかった。いずれにしても彼らはこれから、超法規的な任務をこなさざるを得ないことになる。こんなのはほんの途端口に過ぎなかった。


 三ヶ月後、レールガンの運用試験が行われた。津軽海峡から四百キロ東方の太平洋上に浮かべられた廃船が試射の標的である。この距離だと発射から着弾まで十分近くの時間がかかった。固定目標ならまだしも、移動する船体に直撃することは非常に難しいので散布射撃が必要になる。


 レールガン発射基地の地下にある制御センターでカウント・ダウンを行っているのはアテナ・システムを構築した技官たちとM重工グループの技術者たちだ。彼らの前の壁いっぱいを液晶ディスプレイが占めて各種のデータを表示している。基本的には三つの準天頂衛星から送られてくるデーターをもとに照準を決め、実際の着弾観測の結果により補正を行うことになるが、そこには他に海上のモニター船からのデータや気象情報なども示されていた。

「投射ゼロマイナス三十秒。二十八、二十七、二十六、……、十、九、八、七、六、五、四、三、二、一、零、投射開始、三、四、五、……」

 山稜の陰に建設された長距離用レールガン施設から、超音速の弾体が連続して飛び出していく。弾体は雲を突き抜けるが衝撃波はそこで反射し、バリバリバリと雷鳴のように響き渡った。


 成層圏、中間圏を抜け地表から二百キロ以上の高度、熱圏にまで達した弾体はそれ以上の上昇をやめ、落下し始める。四百キロ彼方の、危険水域に指定された太平洋上の実験区域周辺には、海上自衛隊の艦艇がピケットを張り、接近する船舶に警告を与えていた。だがこれを無視して当該水域に侵入する各国の艦船を規制しきれてはいなかった。やがて西方上空に光る点が見えたかと思うと、四十三度というほぼ真上と感じられる高さから超音速でそれは降ってきた。

 凄まじい水煙が標的艦を連続して包む。その後からキーン、バリバリ、ズズーンという空中衝撃波が襲って来る。自衛艦や各国のスパイ艦艇に乗り組んでいた人々はまた、水中を伝わってきた衝撃波にも身体を揺すぶられていた。標的艦のあった辺りから崩れたようなきのこ雲が立ち上る。それは超音速で落下してきた弾体が海面に衝突したことで生み出された熱エネルギーによるものだった。


「スパイ船の連中は今頃あわててるだろうな」

 ピケット艦の一つである五千トン級の護衛艦『ふゆづき』の艦橋で、艦長の篠原二佐は副長である大和田三佐にそう声を掛けた。その手にはたった今目から外した双眼鏡が握られている。

「放射能警報を鳴らしているかもしれませんね」

「実際、小型核兵器並みの威力だ、直撃を喰らわなくても撃沈されかねん」

「正直あれの着弾点周辺にはいたくありません」

「まあ、いろいろ制限のある兵器だがな」

「真上に来てからでは逃げようがありませんが、発射した時点で警報を出されたら簡単に進路を変え避けられてしまいます」

「だからあれは、敵の上陸を阻止する防衛兵器としてこそ威力を発揮するんだ」

「他国の連中はそんなこと認めてくれますかね?」

「もういい加減、他国の顔色ばかりうかがっているのはやめる時期だ」

「別に戦争をしたい訳ではありませんが、自分もそう思います」

「戦争をしたい自衛官なんかいないさ」

「戦争をしたがっているのは、戦場に出る可能性がないと思っている奴らばかりです」

「間違えるなよ。国を守るためなら俺は部下にも命を掛けろと命令するぞ」

「わかっております」

 彼らの前では晴天下の海が、やっと落ち着きを取り戻そうとしていた。しかしいくら目を凝らしても、標的艦の姿は見つからなかった。


 レールガンの運用実験は数日間に渡って続けられ、これに対してC国K国は国連で「日本は太平洋北西部での覇権を目指している」という非難演説を行った。ただ日本と同様レールガンの研究を進めているA国がこれに同調せず、R国も傍観の態度を示したので、安全保障理事会の議題として取り上げられることはなかった。だがこの頃から、C国K国が足並みを揃え、日本の軍拡と核融合技術の独占を非難するという姿勢が顕著になっていった。これに対し日本国内でも、K国がC国の先棒を担ぐ態度を指して、『二度目の元寇か?』などのようなタイトルをつけた煽り記事が週刊誌などで見られるようになった。


 LPHTラ・プルス・アウ・トゥールの地下にある訓練場では、発電所の警備中隊の隊員が交代で射撃訓練を行っていた。この他に護衛隊ガードの二十人、権藤の私兵である二十数人、そして千明と鞘華もここを利用している。

 千明たち二人と権藤の私兵が銃を使用することは当然のことながら非合法である。だが自衛官たちも護衛隊の警察官たちもそのことを黙認していた。当然そこには蒲生の『能力』が働いている。蒲生の力はその程度までには彼らを支配していた。

 現在の鞘華のお気に入りはH&KのP二〇〇〇SKだ。九×一九ミリのパラベラム弾を使用し、弾倉には十二発装填することができる。グリップ後部のバックストラップと呼ばれる部品を交換することで、手の小さい女性でもグリップがフィットする設計になっているこの拳銃は、日本の警察でも採用されているP二〇〇〇のコンパクト・モデルである。

 今では鞘華も拳銃の手入れを自分でするようになっていた。百三十発撃つごとに分解して内部を点検しながら清掃する。無煙火薬と言ってもカーボンの付着は生じてくるし、自動拳銃の内部機構はメンテナンス・フリーという訳にはいかない。銃身の消耗も把握しておきたい。いろいろな理由から自分の手で整備することが求められる。そんな作業が、鞘華は嫌いではなかった。そうすることで銃が自分の身体の一部になるような気がするからだ。

 手入れが終わるとまた十三発の弾丸を拳銃に込め、的を狙う。薬室に一発、弾倉に十二発。抜き撃ち、伏せ撃ちなど、変則的な撃ち方の練習もする。一度練習を始めると、四百発近くの弾薬を彼女は毎回消費した。拳銃の射撃というのは実はかなり体力を消耗する作業である。だから通常これだけの数撃つと、よほどの熟練者でも最後のあたりでは集中力が続かず、命中率が落ちるのが自然であった。だが彼女の射撃はいつまでもぶれない。そのことに権藤は驚きの様子を隠さなかった。

「いったい嬢ちゃんの身体はどうなっているんかな? それだけ続けて撃てば、大の男でも悲鳴を上げておかしくない。それがこの華奢な身体で、平気な顔をしているなんてな」

「銃のメンテでインターバルを入れているからよ。続けて撃っている訳じゃないわ」

「ふん、拳銃の申し子という訳か。嬢ちゃんなら、オリンピックに出てもメダルが取れるだろうさ」

 オリンピックはどうか知らないが、五メートル先の直径四センチの的に十秒以内に五発以上命中というSPの技能条件の一つを、鞘華が満たしていることは確かだった。

 射撃の他に最近鞘華がはまっているのは、自衛隊の徒手格闘術だった。元々の格闘術は日本拳法をベースに、柔道や相撲の投げ技、合気道の関節技を取り入れた内容で構成されていたが、近年のテロ・ゲリラコマンドの脅威に対処するため、二十一世紀に入ってからより実戦的な内容にし、名称も『自衛隊格闘徒手技術』と改められていた。

 こちらの方は自衛隊から護衛部隊に出向している太田恵美三等陸曹の指導を受けている。防具を付けているとはいえ、直接打撃や締め技のある闘技は生半可に取り組めるものではない。ネフュスのおかげで人外の身体能力を備えている鞘華も、太田三曹を甘く見て最初は痛い目を見た。

 太田三曹は二十代とは言っても後半、アラサーのお局様といった雰囲気がある。しかし男性自衛官と一緒に三十キロの装備を担ぎ、六十キロの距離を徹夜で歩き通す体力の持ち主だ。そのために毎日の筋力トレーニングを欠かさず、プロテインを飲んで筋肉をつけている。無論それだけの脳筋というわけではなく、英会話をこなし通信機器取扱いの専門家でもあった。その彼女も鞘華の身体能力には舌を巻いている。


「あの華奢な身体のどこからあれだけのパワーが出るのかしら? おまけにスピードも半端じゃないものね。射撃の技量は私以上だし、本当に護衛ガードが必要なのかと疑うわ」

護衛対象マルタイの身体能力が高いのは必ずしも悪いことではない。それだけ生存の可能性が高まる。だがそのせいで護衛対象が危険に身を晒すようなことがあれば、かえって危険度を高めることになる。あんたたち四人は女性ということで護衛対象の一番身近に張りつくことになる。危険な行動を制するのもあんたたちの重要な任務だぞ」

 太田の報告を聞いてしばらく考えた後、護衛部隊の責任者チーフに任命された仁科がそう注意した。太田は肩をすくめそれに答える。

「正直言って自信はない。あの鞘華という子は二十歳前だというけど、得体の知れないところがあるのよね。もう一人の護衛対象はもっとわからない。発電所の技術者たちは『プリンセ』と『奥様マム』って呼んでる。確かにお高くて人に馴染まないところがあるわ」

「まあとにかくあの二人をカバーするのはあんたたち四人の仕事だ。蒲生さんを含めた三人を、我々二十人でカバーするが、あんたたちはあの二人に専念してくれ」

 仁科も自分が引き受けた仕事がSP時代のそれとは大分様相が違うと感じていた。SPの時の護衛対象はすべて公人であったし、従って行動する範囲やスケジュールも限られていた。

 それに対し現在彼らが守らなければならない三人は、公の場所にはほとんど姿を現さず、その仕事も異なっている。核融合炉の技術者らしい女性二人はまだしも、蒲生にいたっては政治的黒幕フィクサーのようにしか見えず、そんな人物を護衛するため自分たちがこれほどの犠牲リスクを払う必要があるのかと疑問を持たない訳ではなかった。いや疑問と言えば女性二人の方だって、高度な技術を習得しているにしてはあまりに若すぎる点も気になる。太田が『得体の知れない』と言うのも無理はないと思えるのだった。

 そのこともあって、仁科には自分を含めた警察畑からの出向者が、どうしてこの任務を引き受けたか首をひねっている部分があった。それは決して上からの意向だからとか、元の三倍以上という破格の報酬や条件に吊られてとかではないと思われるのだった。

「なあ、あんたはどうしてこの任務を引き受けたんだ?」

 仁科が与えられている執務室のドアを開け、出ようとしている太田に向ってそう尋ねる。

「どうって、国防上必要と言われたからよ。実際、レールガンだって核融合炉無しには実現しなかった訳だしね」

 太田は自分の黒いスーツの胸に手を触れながらそう答えた。制服の代わりに与えられたその服装に彼女はまだ慣れていないらしい。仕立てはかなり洗練されたものだが、内側に防刃繊維のパッドが仕込まれたその部分は多少分厚くなっている。

「上の方は彼女たち二人の技術について何か言っていたか?」

「詳しいことは説明されなかった。傍にいればわかることもあるが、それについても口を噤んでいろと。自衛官の方がそういうことには厳しいのよ」

「そうか、……そうだろうな」

 退室する太田の敬礼に無意識に答礼しながら仁科はそう呟いた。

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