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第三十三章

 核融合炉とレールガン基地が建設される前もこの町には陸上自衛隊の駐屯地があり、連隊規模の兵力が配置されていた。今やこの二ヶ所の重要施設の警備のため、この駐屯地の兵員は師団規模に膨れ上がっている。いくら無謀で荒事を好むC国マフィアとは言え、わずか百人程度でこの兵力に正面切って挑むとは思えなかった。

 考えられるのは同時多発テロのような破壊工作である。街中で民間人が殺傷されるようなことにでもなれば、自衛隊も手をこまねいてばかりはいられない。重要施設の警備だけではなく、治安維持のため積極的に出動せざるを得ないことになるだろう。その間隙をぬって、K国の諜報員が何かを仕掛けてくるという可能性は高かった。

 北部方面総監部を通して統合幕僚監部から連絡を受けた駐屯地司令官の藤原和弘陸将補は、副旅団長の近江雅志一等陸佐と幕僚長の佐多志朗一等陸佐を司令官室に呼び、当面の対策を話し合っていた。

「レールガン基地は高射特科中隊の他に二個中隊が張りついているから現状でいいとして、核融合発電所の警備が一個中隊では心もとない。もう一個中隊増強する必要がある」

「しかし司令、市街地の警備も必要ですから、それでは予備兵力が不足するのではないでしょうか?」

「私もそう思います、司令」

 近江一佐がそう言うと佐多一佐も頷きながら同意した。しかし藤原陸将補は首を振る。

「君らの意見も理解できるが、ここは基地内に兵力を温存するより市内に展開しておき、警察とも協力して機動的に対処する方がいいと思う」

「警察と連携を取るとなると、通信隊の責任は重大ですな」

 幕僚趙の佐多一佐は編制表を思い浮かべながら考え込む。通常の訓練では警察組織との連携など想定されてはいなかった。

「重武装のC国マフィアを、はたして警察官の警備で抑え込むことができるでしょうか?」

 近江一佐が別の心配を口にする。

「一度騒ぎが起こってしまえば警察の手には負えまい。市街地警備は本来彼らの仕事だが、市内にいくつか拠点を設け、いざとなったら我々が駆けつける形になるだろう」

「道警の特別チームの応援はないのですか?」

「彼らの装備はかなりなものだが、いかんせん人数が少ない。あまりあてにしない方がよかろう」

 藤原陸将補は特別チームがやって来ることには、あまり歓迎の気持ちを持てなかった。指揮系統の混乱の元だし、下手に装備がいいだけに先陣争いのようなことが起こりかねなかったからだ。

「統幕からの情報ではK国の潜入工作員が連動して何かを企てているということだ」

「元からC国マフィア独自の動きとは思っておりませんが、K国は何を企んでいるのでしょうか?」

「C国マフィアは上を見て百名くらいなものですが、K国の場合は予測がつきません。何しろ予備軍とも言える在日K国人の数は……」

「はき違えてはいかん。彼らはあくまで民間人だ。工作員が在日のコミュニティに紛れているからと言って彼ら全体を敵視すると、樹を見て森を見ないことになりかねないぞ」

「しかし、K国の諜報機関が在日の中からリクルートしているのも事実です」

「だとしてもK国が動員できる数はやはり百を越えることはないだろう。だいたい、そんな数を動かしても肝心の武器が調達できるとは思えん」

「だとすると我々が相手にするのはせいぜい二百人、中隊規模の相手ということになります」

「単純に兵力から言えば、こちらが十倍以上の優勢です」

近江一佐も佐多一佐もそれなら何とかなるだろうと感じたのか、少し落ち着いた表情になった。藤原陸将補はそんな二人を諫めるように言葉を厳しくする。

「気を抜いてはいかん。だいたい相手も兵力の劣勢は折り込み済みなのだ。普通ではないことをやってくると思わねばならん」

「普通ではないと言うと、まさかNBC兵器を?」

ギョッとした表情で佐多一佐と近江一佐が顔を見合わせる。

「まあ、私もまさかとは思うが、予断は禁物だ。いざというときの対処も準備させておいてくれ」

NBC兵器とは核(Nuclear)・生物(biological)・化学(Chemical)兵器のことである。正直こんなものを使われた場合は、ほとんど対処のしようがない。持ち込ませないように水際で押さえるしかないのだが、それは一地方師団の力ではとうてい及ぶものではなかった。


北の町に潜入したK国の諜報員たちも剛志と慶子(金泰希)を発見していた。本来であれば直ぐさま拘束し処刑しようとするところであったが、今は彼らも当局の注意をひきたくはなかった。潜入チームのリーダーである崔洪万(チョハンマン少佐は、部下の一人に彼らを尾行させ、指示があり次第射殺するよう命じた。だがこの男は注意が足りなかった。同じく剛志たちを監視していた権藤の部下たちに捕捉され、始末されてしまったのである。

 崔洪万(チョハンマン少佐は部下からの連絡が途絶えた時点で、部下が剛志たちに発見され返り討ちにあったと判断した。彼は当面の作戦の重要性を考え、とりあえず剛志たち二人の処刑を延期することにした。


 茂子はグレイのバンの中から剛志と慶子の様子を監視していた。権藤の部下が早まってK国の諜報員の一人を始末してしまったことは報告済みだったが、茂子はその失敗が自分のせいだと責められているような気がして、イライラしていた。権藤の部下がいくら訓練されているとはいえ、相手もプロである。生きたまま捕らえることができるとは限らなかった。

 せっかく囮に引っかかってくれたのだから、手出しをせずにそのまま放置しておくように茂子は制止すべきであった。権藤の部下が動こうとしたとき止めなかったのは、私情が入っていたのではないかと、茂子は自らを責めていたのである。


 剛志と慶子は崔洪万(チョハンマン少佐の部下が始末されたことに気づきもせず、逃避行を続けていた。と言ってもホテル・シャモニーを出た後はレンタカーを借りて町のあちらこちらを見て廻っただけで、一般の観光客の動きと大差なかった。

 街中には警察と自衛隊の検問所が設けられ、二人も身分証明の提示を求められたが、剛志の偽造免許証は疑われることもなく通用した。

「新婚旅行ですか?」

 慶子を自分の妻だと説明した剛志に警官は何気なく尋ねる。

「ええ、まあ」

 口を濁す剛志の表情を見て、これは不倫旅行というやつだなと警官は考えた。まあ民事不介入だ、不倫は犯罪じゃないし……そう呟きながら、警官は次の車に目をやった。


 ログハウスでは千明と鞘華が英輔と頭を寄せて話し合っていた。別ルートで入った情報から、崔洪万(チョハンマン少佐が『核汚染爆弾ダーティボム』を日本に持ち込んだと知らされたからだ。これはいわゆる核爆発を伴う爆弾ではないが、ある意味もっっと始末が悪い兵器だと言える。

 この爆弾は、放射性物質を格納したケースと高性能爆薬を合体させただけの簡単な構造であるが、爆発が起きると爆弾内部に納められた放射性物質が飛散し、爆発と放射性物質の放射能汚染により周囲に被害を与える。つまり放射性物質を一種の毒物として利用し、化学兵器と同じようにこれらを撒き散らして故意に汚染を引き起こすよう設計された兵器なのだ。


「情報の出所はK国軍内部だ。かなり信憑性は高いと言える」

「K国軍の中にも良心を持った人間はいるってことかな?」

「良心というより恐怖心じゃないかとあたしは思う。まともな軍人なら、あんな兵器をお互いに使う戦争なんて、想像したくもないのじゃないかしら」

「まあとにかく、放射性物質検知器を検問所に配布して対応するしかない。ただし、見つけたからといって直ぐ拘束できるとは限らん。運搬している人間が自爆テロに走る可能性があるからな」

「できるだけ瞬時に無力化するしかないよ」

「注意して対処しろ。デッドマン・スイッチを使っているかもしれん」

「敵の狙いは何だろう?」

「核融合発電所のある地域を居住不可能にすることだ。今の日本は核融合炉が使えなくなったら破綻する。レールガンが使えなくなるばかりでなく、エネルギー不足で経済的に立ち行かなくなるからな」

「でも、ここを潰しても七ヶ所残るよ」

「他のところも同じように攻撃することができるという脅しだ。それで自分たちに有利な講和を勝ち取ろうというのだろう」

「日本が報復として、K国に同じような攻撃を仕掛ける可能性を考えないのかしら?」

「日本にはできないと思っているのだろう」

「日本を相手に、チキン・レースをしかけようとしているのね」


 内通者からの情報では、爆弾は旅行用スーツケースくらいの大きさだが、放射線を遮断するためのプレートが入っているため七〇キロ近くの重量がある。また冷却せずに長時間持ち歩くと、放射性物質の熱がこもって暴発する可能性もあった。

 検問所から放射性物質検知器に反応があったと連絡があった時点でログハウスから千明と鞘華がそこへ向うのでは、手遅れになる可能性がある。機動性を考えて、二人は自動二輪で市街地をパトロールすることにした。乗っているのはいずれも黒に塗られたカワサキのNinja三〇〇だ。警察無線を傍受している茂子たち監視組からの連絡を待ちながら、遵法速度で市街地を流すことにした。


 季節は晩秋であり、北の町では枯れ葉が舞っている。低い太陽が投げかける日差しの中では、常緑樹の樹間も心持ち暗い。郊外から町に入る林間の国道を大型のミルク・タンクローリーが走っていた。

 ミルク・タンクローリーは牧場で搾乳した生乳を集荷し、製品化するために乳業メーカーの工場まで運ぶ車両である。タンクはステンレス製で、牛乳の温度を低温維持するための二重構造となっている。かっては小型や中型のものも多かったが、最近では運搬に要するコスト削減のため、長さ十メートル以上のタンクを積んだ大型のものに規格化されていた。

 このタンクローリーもそんな大型集乳車の一台であり、多分郊外にある牧場から集めた生乳を運んでいる途中であるように見えた。運転席に座っているのは、乳業メーカーの社章の入った鍔付きの帽子を目深にかぶり、作業着を着てもたれかかるようにハンドルの上に手をかけた黒髪の男である。低い日差しに目を眩まされないためか、レイバンのサングラスをかけている。

 男は町並みに入る前の駐車場に設けられた検問所の手前で徐行した。道路は検問を受ける車の列で渋滞している。警官たちが乗用車のトランクを開けさせ、放射能検知器を持って調べていた。

「ご苦労さまです」

 男は帽子の鍔に軽く指先をかけ、警官に挨拶する。

「あんた一人かね?」

 警官の質問に男は見てくれというように車内に向って首を傾げた。その間に他の巡査が検知器を向け、車の下に沿って調べていくが反応はない。車両の最後尾まで行って確認の合図を送る巡査を見て、運転席側のドアに掴まっていた警官が男に告げる。

「行っていいです。ご協力ありがとうございました」

 運転席の側から飛び降りた警官に男は白い歯を見せ、ハンドルを大きく切る。

 道路に戻ったローリーは、重々しくゆっくりと加速していった。反対車線を走る黒い二台の自動二輪がすれ違う。検問は町を出る車には行われていなかった。


 その二台の二輪は、しばらく進んだ所でUターンする。無論乗っているのは千明と鞘華だ。

「今のミルク・ローリー、タンクの上から湯気が上がっていた」

 見間違いではないかなどとは、鞘華は言い返さなかった。千明がそんな間違いをする訳がない。

「どういうこと?」

「ローリーが集乳したミルクを湯気が上がる温度で運ぶなんてことありえない。あのタンクの中は多分水。大量の水は放射線を遮断する。分厚いステンレスタンクもね」

「でも湯気は?」

「放射性物質の熱がタンクの水を温めたんだ」

「追わなきゃ!」

「検問で止められたらやっかいだ。突破するよ、鞘華!」


 二台の二輪バイクは走り出す。検問で渋滞する車の列をぬうようにして。手を広げて制止しようとする警官たちをよけ、パトカーを乗り越えて。検問所は大変な騒ぎになった。


 グレイのバンの中で警察無線を傍受していた茂子が舌打ちをする。検問を突破した黒い二台のバイクの正体が何者か、直ぐ想像がついたからだ。鞘華から携帯で連絡を受けた権藤の部下が、苦々しい表情の茂子に頷く。

「まったく、あの二人ときたら!」

「タンクローリーを探せと言っています」

「何ですって?」

「生乳を運ぶタンクローリーです。そのタンクの中に爆弾が隠されているそうです」

「そんな車、この町の中を何台走っていると思うの!」

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