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第二十六章

 従来の潜水艦建造計画とはまったく異なり、無人潜水艦『海神型』の建造はM重工とK造船でそれぞれ四隻ずつ平行して行われていた。さらに起工から進水を経て竣工まで二年という短期間で終えるためユニット式の艤装が押し進められ、同型艦同性能の八隻がほぼ同一時期に引き渡される。艤装員長は本来であればそのまま初代艦長になるはずであるが、無人艦であるがゆえに艦長は存在しない。いや、そもそも『海神型』には人間が乗り組んで作戦行動をとるための設備が一切組み込まれていなかった。その分リチウム・イオン蓄電池やジーゼル・エレクトリック機関用の燃料、各種兵装や装備などの積載スペースには余裕があった。艦内外の操作は完全自動化され、全て光回線によって制御されている。操船や作戦行動を司るのは光記憶装置フォノ・メモリにサポートされたネフュス機関であり、『そうりゅう改型』の司令艦が超音波通信によって七隻からなる『海神型』の艦隊を指揮することになっていた。

 『そうりゅう改型』有人潜水艦SS-五一一Cおうりゅうに乗り組む司令官佐々木秀夫一等海佐は、指揮下にある海神一〇号から海神一六号までの七隻を率いて呉基地を出港した後、琉球海溝沿いに南下し、約一二〇〇海里の行程を一〇日間かけてたどり東シナ海に入った。『そうりゅう改型』有人潜水艦は『そうりゅう型』が備えていたスターリング機関非大気依存推進(AIP)システムを廃し、リチウム・イオン蓄電池とジーゼル・エレクトリック機関に置き換えることで四週間以上の作戦行動が可能となっていたが、『海神型』の三ヶ月というそれには遠く及ばない。従っておうりゅうは先行した潜水艦母艦ちよだAS-四〇五による補給と人員交代を受けながら、東シナ海での作戦任務にあたることになる。

 今回の佐々木一佐の任務は、海神型無人潜水艦七隻により、日本と東シナ海の間に作戦行動の鎖を形成することであった。すなわち四隻の海神型を東シナ海に常駐させ、残り三隻を日本との往路及び復路と補給・修理のルーティンに入れるシステムを作り、東シナ海での作戦行動を恒常的に可能とすることであった。

 指令潜水艦おうりゅうからは一部の武装、具体的にはハプーン三発を下ろし、代わりに艦長室とは別に艦隊指揮用のスペースが確保されていた。司令官とは言うものの佐々木一佐には、おうりゅう艦長明石匡司二等海佐以下のおうりゅう乗組員しか人間の部下はいない。他の七隻を動かしているのは光記憶装置フォノ・メモリとネフュス機関により形成された一種の人工知能である。


 四枚の液晶ディスプレイと七枚のタッチパネルに囲まれた狭い指揮所は操船指令所に隣接して隔壁は無く、佐々木一佐は艦長の明石二佐の顔を直接見ることができた。もっとも静寂を要とする作戦時の艦内コミュニケーションはヘッドホン付きインカムが多用されていて、大きな声で話し合うことはまず無い。

「海神一〇号から一三号配置についた。探知できるか?」

 明石二佐が探知センサー担当の山野健治二等海曹を見る。山野二曹は微かに首を振り答えた。

「パッシブ・ソナーに感ありません」

 それに頷いた佐々木一佐はタッチパネルに触れ、指示を出す。山野二曹の表情がぴくりと動いた。

「感あり、方位つかめません」

 佐々木一佐は再び頷きタッチパネルに触れる。

「感あり、六時方向、直下です!」

 山野二曹が驚いた表情で言う。

「四隻とも直下で懸吊状態ホヴァリングにある」

「そうは言っても本艦は微速前進中です。速度まで同調しているのですか?」

 佐々木一佐の言葉に明石艦長が尋ねる。

「ああ、だがもう違う」

「感あり! 方位……つかめません……しかし遠ざかっていきます」

「何だと?」

「艦長、これは……」

「四隻は本艦を中心に等距離になるように離れて行っているのだ」

 佐々木一佐が山野二曹の説明を完結させる。四隻はその後も指令艦おうりゅうを中心に、優雅なスクエァ・ダンスを踊るような機動を取ってみせた。もっとも三〇〇メートル以上の深度で繰り広げられたこのショウを直接見物できたのは、深い海に棲むクジラぐらいであったろう。

 「四隻が海中でも協調して動けることはこれでわかりましたが、それをどう役立てるのですか、司令?」

 明石艦長が呈した疑問に答える佐々木一佐に、十分な自信があるわけではなかった。というのは、これからの演習で試されるのが潜水艦戦のまったく新しい概念だからだ。しかし新しい考え方というのは最初から完成して提示されるとは限らない。むしろ試行錯誤の中で作り上げられていく場合の方が多いと言えた。

「今まで潜水艦同士の戦闘というのは、基本的に一対一で行われると考えられてきた。だが海神型の潜水艦は互いに連携をとって戦うことができる。敵の一隻に対して複数の海神型で対応することができるということだ。これは海上の艦艇に対しても変わらない」

「前大戦で取られた群狼作戦というやつですね」

「だが前大戦では潜水艦同士の連絡は浮上した状態で無線通信で行われた。現在ではそんなことは不可能だ。浮上した状態の潜水艦はあらゆる相手に対し脆弱だし、ましてや電波を発するなど……」

「自分の首を絞めるようなものです」

「だが、海神型は電波を使用せずに通信することができる」

「例の超音波通信ですか?」

「ああ、クジラの交信の話を聞いたことがあるかね?」

「何でも南太平洋と北極海の間でコミュニケーションを取っているとか」

「詳細は機密だがその研究から派生した技術らしい」


 実際はネフュス同士の感応による通信であり、超音波通信は司令潜水艦と海神型との間だけで利用されていた。だから一度海神型の方から連絡を断ってしまえば、指令潜水艦が海神型を見つけることは非常に困難だと言えた。また、海神型の作戦期間は三ヶ月とされていたが無人であることから、低活動状態で待機するのであればそれをかなり延ばすことも可能だった。いずれにしても海神型には、東シナ海までの往復二〇日間の移動期間を除いても、七〇日間の作戦活動が確保されることになる。

 ネックになりそうなのは司令潜水艦の作戦期間が四週間という点だが、事前の研究では司令船は海上艦艇でもよいとされている。今回は海中機動訓練のため潜水艦おうりゅうが司令船としての任務にあたっていた。海神型の指揮システムは現在建造中の『そうりゅう改型』潜水艦ぎょくりゅうにも設置されることになっていたが、長期間の作戦を考えると次世代の潜水艦救難母艦ASRを高速化し、艦隊伴髄タイプの司令艦とすることが必要だとされていた。


 趙寅成(チョ・インソ)は七十代後半の白髪の男で、日本での任務で剛志の上司に当たる人物だった。例の情報屋からの要求を剛志が電話で知らせると極西会壊滅の件に興味を示し、情報の受け渡しには自分も立ち会うと言ってきた。JR新橋駅の構内で趙と落ち合うと、そこにはもう一人の男が付き従っていた。

「大山さん、こちらは私の護衛だ。情報屋とは連絡は取れたかね?」

 趙は白くなった眉をひそめ、小声でそう剛志に尋ねる。大山は現在剛志が使っている偽名である。護衛だと紹介された男は体格のよい若者で、いかにも暴力を生業としているといった剣呑な雰囲気を漂わせていた。

「趙さん、こんな人が一緒じゃ相手が警戒しますよ」

 剛志は思わず苦言を呈したが、趙は気に留めた様子もなく言い返した。

「金を支払うのはこちらなんだ。文句を言わせる必要はないね」

 情報の取引はそんなものではないと、喉まで出かかった言葉を剛志は呑み込んだ。下手をすると剛志まで消されてしまうかもしれない、そう思わせるものが二人にはあった。どうやら例の海戦以来、K国の日本での諜報組織も追い詰められているらしい。かってのスパイ天国と言われた国とは思えないほど、最近の日本の情勢は厳しかった。そんな中で成果を挙げようとすれば、尋常でない手段をとるのもやむを得ない、そんな気持ちが趙たちを動かしているらしかった。

「相手はプロです。この人が一緒では用心して近寄って来ないでしょう」

「秋葉原の駅に着いたらこの男は離れた場所から我々を見張る。私のことは金主だと説明すればいい」

 趙はあくまで取引に立ち会うつもりらしかった。剛志はしかたなく了承して取引の段取りを説明した。

「今回金と交換するのはあくまで中間報告です。中身から見込みがありそうな内容なら、追加の情報を入手させます」

「なぜ全部情報をよこさない?」

「相手の一千万という要求を蹴ったのはあなたですよ、趙さん」

「三百万で十分だろ」

「それを言ったら取引はお仕舞いです」

 趙はしぶしぶ頷いたが、その目はいかにも剛志を無能だと責めているようだった。この男は『安物買いの銭失い』という日本の諺を知らないのだろうか、そう剛志は考えた。車内放送が入り列車は秋葉原の駅に滑り込む。


 ホームから階段を降りて改札口を出た。趙を連れてバス停に移動する。剛志の携帯の呼び出し音が鳴った。

「お客さん、連れの男は何だね?」

「今回の金主だ。一々中継ぎをするより話が早いと思ったんでね」

「なるほど」

 情報屋はしばらく沈黙した後再度口を開いた。

「迎えの車をやるからそれに乗ってくれ」

 剛志の携帯に耳を寄せて聞いていた趙が首を振った。

「ここで取引すると言え」

 趙の言葉を取り次ごうとすると情報屋がそれを遮った。

「聞こえたよ、お客さん。その男何を怖がっている?」

「怖がっているわけじゃない。段取りを変えるのがおかしいと言うんだ」

 再び沈黙。

「なるほど、わかった。では約束通りレポートと金を交換しよう。そのまま待て」

 そこで携帯は切れた。


「趙さん、金を」

 剛志がそう言って顔を見つめると趙は一瞬動きを止めたが、その後しぶしぶといった仕種で金の封筒を懐から出した。どうやら金だけは用意してきたらしいと知って、剛志はホッとする思いだった。

 その時、白の外車がスーッと寄ってきた。後部座席の窓が開くと情報屋の顔が中に見える。

「お客さん、金は?」

 剛志が封筒を差し出す。情報屋が書類封筒を窓から渡そうとする。その時趙がポケットから拳銃を取り出し、情報屋の顔に突きつけた。

「おい、こんな所で何の……」

 情報屋がそういい掛けた。あの護衛だと紹介された若者が、これも拳銃を構えて助手席のドアを開ける。パァンと銃声が小さかったのは護衛の拳銃に消音器が装着されていたからだ。運転席の男の頭が弾けるのが開いた窓から見えた。護衛の男が運転手を車から引きずり出す。血塗れの頭を見た周囲の人々から悲鳴が上がる。趙がドアを開き、拳銃を振って情報屋を奥に押し込む。

 白い外車が走り去ると、後には頭を撃たれて倒れている運転手と金の封筒を手にした剛志が残された。剛志は無意識に封筒をポケットに突っ込み、運転手の側に駆け寄る。弾丸は左の目から入って頭の後ろに抜けたらしく、運転手はもう虫の息だった。

「救急車を、誰か救急車を呼んでくれ!」

 剛志が叫ぶと近くでまた悲鳴が上がった。誰も動き出さないのを見て剛志が立ち上がると人垣がザッと分かれる。遠くから警察官の帽子が近づいて来るのが見えた。剛志は人垣を押し分け、その帽子とは反対側に歩き始めた。


 茂子は剛志が秋葉原でJRを降りたという連絡を受け、ホテルからタクシーでやって来た。車を降りるとバス乗り場はほんの三十メートルほどしか離れてはいない。剛志が携帯を掛けながら連れの男と何かやり取りしているのが見えた。

 白い外車が近寄ってきて直ぐに、惨劇が始まった。外車が走り出し、剛志がポカンと口を開けて取り残されているのを見て笑い出したくなった。白髪の男と若い男のやり口は乱暴ではあったが、それなりに水際立っていた。それに比べると剛志はまるで素人だった。

 あまりに可笑しかったので、剛志を追いかけようとした男の足を躓かせ、思わず邪魔をしてしまった。転んだ男に辺りが気を取られている間に剛志は姿を消した。そんなアシストがあったなどとは露も知らずに。

 茂子は携帯を取り出し、公安の窓口になっている番号を呼び出した。

「ああ。白い車は? そう、尾行が付いているのね。こちらはもう少し泳がせて。まだ利用できそうだから。また何かあったら知らせて」

 携帯を切ると茂子は剛志が歩き去った方角に目をやった。どうやら彼を始末するのはもうしばらく後になるようだ。英輔は殺しの話をするのはあまり喜ばないのだが、今夜は剛志の件を持ち出してみようか。あまりしつこくすると嫌われるが、時には英輔が嫌な顔をするのも見てみたい。そんなふうに茂子は考えた。

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