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第二十五章

 剛志の携帯に連絡が入ったのは夜中の一時だった。夏を迎え首都圏は夜でも三十度を越える日が続き、剛志はTシャツにカーゴ・パンツそれにサンダルといった恰好で繁華街を歩いていた。

「お客さん、この前情報だけでも買ってくれると言っていたよね」

 いきなりそう切り出され、剛志はしばらく相手が誰だかわからなかった。

「もう二十日も経っているから、あの話は無くなったのかと思っていたよ」

 剛志がそう言うと、男はあわててむきになったように言い返す。

「お客さん、それはないだろう。こっちも危ない橋を渡っているんだ。今さらそんな話は聞けないなぁ」

「それはそっちの都合だろう。あての無い話をいつまでも待つほどこっちもお人好しじゃない」

「ひょっとして、もう他のとこから情報ネタを手に入れたのかい?」

「だとしても、あんたに話す必要があるか?」

 男は少し黙っていたが、やがて口調を変えて話しだした。

「もっともだ。だがこれはやばい情報ネタなんだ。何しろ何十人という人間が消えている」

「何十人?」

「関西系の極西会という組織だ。四十人近くの大所帯が丸ごと行方不明になって一人の死体も出てこない。あんたの買いたいという情報をたどっている内にその件に行き当たった。これ以上探るんなら報酬が欲しい」

「いくらだ?」

「着手金に一千万、あとは出来高払いだ」

 剛志はとりあえずの活動資金として百万渡されているだけだ。それ以上となると彼の裁量ではどうにもならなかった。

「情報は確かなのか? 何の説明もなく上へ話を上げることはできない」

「情報の出所には、大和誠心会と核融合の利権が関わっていると言えばわかるはずだ」

「核融合? それはまた……」

「どうする? 金が用意できないなら、話はここまでだ。だが、あんたのことはどこかの筋に洩れるかもしれないぜ。顧客の秘密は守るが、取引の無い相手はお客とは言えないんでね」

 言葉の最後には脅しが混じっていた。しみったれたことを言うなら、お恐れながらと密告するというのだろう。携帯の番号しか相手は知らないはずだが、尾行をつけられたのかもしれない。剛志は思わず振り返って辺りを見回した。

「わかった。話は上に上げておこう。だが今の話では、まだ情報は手に入れていないということだな。次に連絡する頃には目途くらいはつけておいた方がいいぞ」

「言うにゃ及ぶだ、そっちも金を用意しておいてくれ。いつ返事がもらえる?」

「明日のこの時間にまた連絡をくれ」


 携帯が切れた後、立ち止まっていた剛志は再び歩き始めた。日本での彼に対する窓口へ連絡を取らねばならないが、金額が金額だから直接会って相談する必要がある。情報の価値から言うと一千万は高いとは言えない。だが、今までの感触から考えて上層部が先払いを認めるとは思えない。かと言って話を上に丸投げしてしまえば剛志の存在価値が薄れ、いつ切り捨てられるかわからない。何とか上を説得してこの『商談』を成立させなければ、自分の命さえ危うい。そんなふうに剛志は考えていた。

 剛志が振り返った時に公安の尾行が目に入ったのだが、素人である彼はまったく気づかずに視線を通り過ぎさせてしまった。対馬沖の海戦後K国やC国との関係はますます悪化して、公安は対テロの警戒に人手を割かれていたにも関わらず、剛志への尾行は続けられていたのである。


 対馬沖の海戦の結果、K国C国の連合艦隊五隻が全滅という情報が日本政府の発表として伝えられた後、情報を持たない両国のメディアは一時沈黙した。やがてネットで日本の報道に対する騒ぎが炎上し始め、両国政府は早急な対応を求められることになる。C国からの要請で現場に近いK国空軍に偵察機の派遣が求められたが、制空権を確保していない状況下で捜索機を出すことに空軍は躊躇を示した。数時間後、C国の低軌道衛星が海域の上空を通過した。だが衛星からの走査では海戦の痕跡は何も発見されなかった。K国海軍がこの後、P-三CK対潜哨戒機を現場に派遣する。低空飛行した哨戒機の乗員が現場で見たのは、海面に浮かぶ多数の大型魚類とそれを捕食しようとする鮫や鯱の群れであった。

 どうやら連合艦隊全滅が本当であるらしいとわかって来ると、K国やC国では反日暴動が起こった。日系の店舗や工場が襲撃され、日本人に対する暴力事件が多発した。両国政府は日本人保護のためと称して、滞在するすべての日本人を収容所に隔離することになる。これらの日本人は後日、対馬で捕虜になったK国軍人や少数であったがC国軍人と交換されることになった。

 勿論日本でも、在日K国人や在日C国人に対する騒動は起こった。特に二十万人以上はいると言われれる在日K国人に対するヘイト・スピーチやデモが激しくなった。だがK国はこれら在日K国人を引き取ろうという姿勢を見せなかったし、日本も二十万人以上を収容する収容所を建設し運営する手間や費用を掛けたくなかった。そこでヘイト・スピーチやデモを取り締まるという方針を打ち出し、在日K国人については従来通りの処遇で対処することにしたのである。

 無理もないことだが、日本政府のこの方針は国民に非常に不人気であった。自国民が不当に扱われているにも関わらず、在日K国人にだけ不当に好待遇を与えているように見えるこの政策のため、内閣の支持率は下降の一途をたどったのである。


 英輔はこの問題の手当てのため、首都圏にかなり長い間滞在せざるを得なかった。茂子と同じホテルの別のスイートに一人で寝泊まりしていたのだが、三日目には茂子が荷物を運び込み、ベッドを伴にするようになる。茂子は昼間は秘書兼ボディ・ガードとして付き従い、夜は愛人としての役目を果たしていた。

 何しろ与党の中でも内閣の対K国政策は不人気で、首相の首をすげ替えようという声まで上がっていたのである。英輔としては当面はこのやり方しか現実的な政策が無いと考えていたから、与党内の反対の芽を一つ一つ潰して廻らねばならなかった。開会中の国会では、一部野党からの追求はあったにしろ、絶対多数を両院で占める与党の動きとマスメディアさえ抑えれば事態は落ち着くと考えたのである。

 実際日本ではウェブによる世論形成はC国やK国のように過激な形での動員力を持っていなかったから、軍隊の出動を必要とするような騒動は最後まで起きなかったのであった。


「ねえ、これからどうなるの」

 寝物語ピロー・トークのつもりか、ピンクのネグリジェ姿の茂子が尋ねた。キングサイズのベッドに横になり、英輔は茂子に背中を揉ませている。

「対馬に上陸したK国軍五百名は全員降伏した。C国の軍人も数名混じっていたという話だがな。K国やC国にいた日本人は全員帰国だ。K国やC国の捕虜はそれと交換に引き渡すことになる。大使館もお互いに引き上げだな」

「国交断絶ってこと?」

「一応交戦国だからな、現在停戦交渉中だが」

「戦争は続いているのね」

「東南アジアや中東へのライフラインを断ち切られて困るのはお互いさまだから、現在は互いに相手の船舶には手を出さないようにしている。だがK国やC国は自国民を管理しきれているとは言えない、何をやらかしても『愛国無罪』の国柄だから、今後何が起こるかわからない」

「日本のタンカーや貨物船が狙われるってこと?」

「軍艦や政府の船は出てこないだろうが」

「それって海賊行為にならないの?」

「一種の海上テロだな」

「取り締まれないのかしら?」

「C国もK国も『愛国無罪』の国だ。被害を受けるのが日本の船だけなら、どちらの国も見て見ぬふりをするだろう」

「国連は何もできないの?」

「安全保障理事会の常任理事国には拒否権がある。C国が居すわっている限り国連軍は身動きが取れない」

「A国はどうするのかしら?」

「アジアの海域での揉め事は望んでいない。船舶保険料が高騰すればA国にだって経済的不利益が及ぶ。仲裁に入ろうとするだろうがC国が言うことを聞くかどうか微妙なところだな」

「K国は?」

「あの国は元々船舶保険を日本の保障で肩代わりしてやっていた。今回の紛争でそれがなくなり、今は火の車だ」

「そんな国が何で日本と戦争をしようとしたのかしら?」

「大方C国に代わりに肩代わりしてやるとでも言われたんだろう。それとも元寇の時のように、C国に脅されたのかもしれん」

「今は?」

「C国はそれ所ではないさ。自国のことで手一杯だろう」

「K国内はどうなっているのかしら?」

「政権に対する不満は高まっているが、誰も大統領に取って代わって火中の栗を拾おうとする者はいない。だから政権は続くだろう」

「これからどうなるの?」

「誰にもわからんさ」

「あなたにも?」

「ああ」

 そう言って英輔はベッドサイドのランプを消した。


 その頃剛志はビジネスホテルの一室で携帯を耳に当てていた。

「やあ、返事はどうなったねお客さん?」

「上に聞いたら三百万まで出すと言っている」

「おいおい掛け値なしだぜ」

「手付けと言っても何の保障もないわけだからな」

「今までの情報を途中経過として渡すと言ったら?」

「内容によりけりだ」

 相手は沈黙した。剛志は追い打ちをかけるように言う。

「だいたいこの世界は現物現金の交換が鉄則のはずだ。手付金なんて聞いたことがない」

 男は溜め息をついた。

「わかったお客さん、明日の午後一時、この前のバス乗り場まで来てくれ。途中経過のレポートを渡そう」

「三百万だぞ」

「OK、だが内容を見てさらに知りたくなったら一千万上積みしてもらう。いいかな?」

「そいつは内容次第だ」


 携帯を一度切った剛志は上司に連絡を入れ、情報屋と明日接触する許可を得た。それからコンビニから買って来たカップ麺をすすり、ポテトチップを食べながら缶ビールを飲む。

 テレビを点けてみるとニュース番組が例の紛争と経済の動向を取り上げている。核融合炉のおかげで電力こそ問題なく供給されそうだが、まだ多くの輸送機関は石油を燃料として動いている。ガソリンや軽油の値上げは避けられないだろう。原材料も輸入に頼り、国内には輸出関連の企業が少なくない。C国やK国との間の貿易も大きな比率を占めている。戦争は決して日本によい影響をもたらしていなかった。

 どうして日本は戦争なんか始めたんだ。対馬ぐらいK国にくれてやったらよかったじゃないか。この国で生きてきた二十数年のせいで半分日本人だが、今はK国の立場に立ってものを考えている剛志はそう呟いた。昔と違い一回の海戦で戦争は終わらない。特に隣国とのそれは下手をすると何百年も尾を引くだろう。剛志には軟弱な日本人がC国やK国と戦いを続ける姿が想像できなかった。

 二本目の缶ビールを開け、チーズをかじる剛志はチャンネルを変える。バラエティ番組でも海戦の話題が話の種になる。こちらはえらく景気がいい。C国やK国の軍事力をけなしている。まあ実際、一矢を報いたとは言え一方的に全滅させられたのだから、この取り上げ方も無理ではない。一見して区別がつくわけではないが、街に出れば剛志には在日K国人が肩身を狭そうに町を歩いているのがわかる。

 そろそろ寝ようと剛志は考えた。日本に帰って来てからこの方、剛志はアルコール抜きでは眠れなかった。もともと諜報員としての素質があるわけでも、その訓練を受けたわけでもないのだから仕方ないと自分では思っていた。だが明日の取引のためには、明朝寝過ごすわけにはいかない。二缶目を飲み干すと剛志は部屋の照明を消した。

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