第二十四章
K国の世宗大王級駆逐艦である栗谷李珥は僚艦の李舜臣級駆逐艦崔瑩と共に済州島西方の海上で、C国のソヴレメンヌイ級駆逐艦寧波及び玉庭型揚陸艦老鉄山、雲霧山の三隻と合流した。玉庭型揚陸艦二隻はそれぞれC国軍兵士二百五十名、水陸両用戦車十両を輸送している。
三日前、対馬の厳原港に上陸したC国K国連合軍一個大隊であるが、その実ほとんどはK国軍兵士であって、C国軍は数名の連絡将校のみという編成であった。これを名実共に連合軍の編成とするために、C国政府は対馬に海軍陸戦隊一個大隊を急遽上陸させると決定したのである。
日本がこの動きを見逃すことはなかった。日本政府は許可無く対馬に接近する船舶を敵性と判断し、無警告で撃沈するという声明を官房長官談話の形で発し、当該海域に自衛隊の艦船が向いつつある事を認めた。K国とC国の駆逐艦が揚陸艦に伴随しているのは当然これら日本の自衛艦に対抗するためであった。済州島沖で合流した五隻のC国K国連合艦隊はその後、揚陸艦の巡行速度十五ノットに合わせ東進を始める。
これに対して日本側は広島県の呉基地から、こんごう型イージス艦ちょうかい、はたかぜ型護衛艦しまかぜ、ひゅうが型護衛艦いせ、たかなみ型護衛艦さざなみの四隻を派遣していた。
両者は北緯三十三度東経百二十八度付近の海域で遭遇することになった。最初に艦対艦ミサイルを発射したのはC国のソヴレメンヌイ級駆逐艦寧波である。鷹撃-八三はターボジェット・エンジンを搭載したシースキマー・タイプの対艦ミサイルであり、中間航程では高度三〇メートル程度を巡航し、終末航程では攻撃高度一〇メートルを亜音速で飛ぶ。射程は一二〇キロと言われているが今回は三〇キロを切る近距離から四発が発射された。このためイージス艦のECMやスタンダード対空ミサイルも十分な効果を上げることができず、CIWS(近接防空システム)に頼らざるをえなかった。
スタンダード対空ミサイルを逃れた鷹撃-八三は三発、このうちCIWSの弾幕を逃れた一発がさざなみの右舷で至近弾となって爆発、さざなみは中破して戦列を離れた。
すぐさまイージス艦ちょうかいがハプーン艦対艦ミサイル四発を応射するが、K国のイージス艦である栗谷李珥がレイセン社製の二十一連装近SAM発射機Mk四九とシグナール社製CIWSでこれをことごとく撃ち落とした。
初戦はC国K国連合艦隊が有利に戦いを進め、大破したさざなみでは死傷者も出ている。
これに対してアテナ・システムは滞空して待機していた心神改二機をを連合艦隊に接近させた。防空能力の弱い揚陸艦二隻を守るように、連合艦隊側は相互距離を接近させ対空戦闘に備える。K国の駆逐艦栗谷李珥と崔瑩からは上空の心神改に向け、スタンダード・ミサイルが次々と発射された。
この時南南東の空から輝くものが降って来るのが見えたかと思うと、C国K国連合艦隊を凄まじい衝撃波が連続して襲う。巨大な水煙と白いきのこ雲が林のように立ち昇り、連合艦隊の船影を押し包んでいった。
それは南九州のレールガン基地から連続して発射された弾体の着弾であった。アテナ・システムが連合艦隊の進路を予測して砲撃したのである。かって津軽海峡の東方沖で実施された着弾実験があったが、それが何百発も連続して降ってきたのだからたまらない。しばらくして水煙が納まると、そこにはただ白濁した海面が広がっているばかりであり、五隻の軍艦の姿は陰も形も見えなかった。
日本の自衛艦四隻は数時間掛けて同海域を捜索したが、一人の生存者も発見することができなかった。この後四隻は対馬の厳原港に向かい、そこを封鎖する。
厳原港にはK国東亜海運所属の高速フェリー、オーシャン・スター号が接岸していた。定員四百五十名のこの船に五百名近くのK国軍兵士が乗り込み、三日前厳原港から対馬に上陸したのである。当然装備は軽火器が中心であり、増援を待たなければ強固な陣地を築きそこを拠点として反攻に備える態勢は確立できなかった。厳原地区には対馬市の市役所があり、彼らはとりあえずこの場所をを占拠し、内部にいた職員や市民を追い出してC国とK国の国旗を揚げたのであった。
ひゅうが型護衛艦いせは別名ヘリコプター搭載護衛艦と呼ばれていることでもわかる通り、多数のヘリコプターを同時運用する能力を備えている。いせの発着甲板から二機の輸送ヘリコプターMCH-一〇一がホヴァリングして飛び立ち、海上自衛隊下対馬警備所のある安神地区の竜ノ崎に向った。
ヘリには重装備の兵士三十人ずつが搭乗している。彼らは皆、佐世保の西部方面普通科連隊からやって来たレンジャーだった。竜ノ崎が上陸地点に選ばれたのは下対馬警備所からの連絡でK国軍兵士の進出がないことが確認され、岬の根元にある海水浴場が船艇での上陸に適地であると判断されたからである。彼らはヘリボーン作戦によって海水浴場の上にある対馬クリーン・センターを確保するよう命じられていた。
K国第二海兵師団第一海兵連隊所属の朴相慶中尉は徴発したランド・クルーザーのハンドルを握りながら、助手席に座るC国東海艦隊陸戦師団の周作人中尉をどう扱ってよいのか考え込んでいた。同じ尉官であることは確かなのだが、K国軍の尉官には大尉、中尉、少尉の三階級しかないのに、C国軍には大尉、上尉、中尉、少尉、准尉の五階級もある。K国軍にも准士官としての准尉は存在するのだが、C国軍では准尉はあくまで尉官であるらしい。上の方から数えるか下の方から数えるかによってどちらが上官になるのか微妙に違ってくる。
軍隊での階級の問題は命令系統の問題でもあるので誤魔化しが効かない。仮に同じ中尉ということで同階級とすると、今度はどちらが先任なのかが問題になる。朴中尉は覚悟を決めて質問することにした。ちなみに二人の共通語は何と日本語である。両名とも今回の任務に選抜された理由は日本語を解する能力だ。朴中尉は北京漢語より日本語の方が得意だし、周中尉の韓国語より日本語の方がずっとましだった。
「周中尉、あなたが昇進したのはいつです?」
「えっ? あっ! 先任の問題ですか。ボクが中尉になったのは半年前デス」
周中尉の日本語は多少おかしい。それは彼の学習方法が主に日本のアニメによるものだからだ。陸戦隊の猛者がアニメというと驚くが、厳しい訓練や規律で外に遊びに出にくい関係上、意外と『オタク』が多いというのが周中尉の話だった。
「それでは自分の方が先任です。自分が中尉になったのは二年前ですから。とりあえずそれでいいですか?」
「ワカリマシタ、朴中尉。貴官の先任権を認めます」
「では今回の任務では自分の指示に従ってもらいます」
彼らの任務は二十四号線を南下し下対馬方面を偵察することだった。何か見つけたらすぐUターンして戻って来いというのが上官の指示である。
市役所を中心に警戒線を敷いたのはよいが、来るはずの援軍がまだ来ない。そればかりか通信が途絶えたというのが大隊司令部の話だった。このまま市役所に立て籠もっているには五百人という人員は多すぎる。かといって対馬全体を占領するには、絶対的に兵数が足りない。
援軍が来ないのであれば山岳部に入ってゲリラ戦術に切り換える方が良策だという案に司令部も傾いていた。だからこその偵察である。今頃司令部のある市役所周辺では、移動の手段を確保するためトラックやバス、マイカーの徴発が進められているはずだった。
その時バタバタという音が路の前方から聞こえて来て、朴中尉はとっさにハンドルを切って車を路肩に寄せた。周中尉を見ると後ろの座席から五六-C式自動歩槍を取り上げ、道脇の茂みに飛び込んでいる。五六-C式自動歩槍はAKSをベースに改良され、折畳銃床を備えたカービン銃である。朴中尉は自分のM四カービンを持つと周中尉に続いた。ヘリの音はますます大きくなり、やがてMCH-一〇一が姿を見せる。
「クソッ! バカでかいヘリだ!」
周中尉が叫ぶ。
「少なくとも車は見つかったな。我々の姿を見たろうか?」
「見られたと考えた方がいいネ。いずれにしても車の所へは戻れない。歩いて帰るしかないスッよ」
悲観的な周中尉の言葉はぶっきらぼうな声に遮られた。
「残念だがお前たちを返すわけにはいかん。武器を捨てて両手を頭の上に上げろ。お前たちは包囲されている。ちょっとでも指示に逆らったら撃つぞ」
銃を構え顔に迷彩を施した男が茂みの奥から姿を現した。周中尉が朴中尉の方を見る。
「銃を下ろせ周中尉、こいつらは自衛隊のレンジャーだ。逆らうと本気で撃つぞ」
周中尉の顔に理解の色が浮かび、彼の方が先に銃を捨てた。朴中尉はゆっくりと銃を銃を置くと両手を高く上げる。
「K国海兵隊朴相慶中尉とC国陸戦隊周作人中尉だ、我々はジュネーブ条約に従った戦争捕虜としての扱いを要求する」
「OK、OK、K国とC国の中尉殿が二人して何をしていたか知らんが、制服を着ているんじゃテロリストとして処分するわけにもいかない。捕虜として扱ってやるから大人しくしろ」
「班長、ランクルに乗っていたのはこの二人だけです。車に残っていた者はいません」
右手の茂みからもう一人の迷彩服が現れ、銃を構えている男に報告した。どうやら包囲されているというのは本当らしかった。
ヘリは三往復して西普連一個中隊百八十人を下ろしていた。中隊長の神岡裕司三等陸佐は司令部をクリーン・センターに置き、上陸地点の確保のため一個小隊を海水浴場の北側にある下原山に、他の一個小隊を周辺の偵察のために分派した。朴中尉たちを捕らえたのは偵察小隊の一班であった。海自の下対馬警備所との連絡も取れ、船艇による上陸開始を上申しようとしているところに二名の捕虜が連れて来られたわけである。
「中隊長、この二人は日本語で話していました」
班長と呼ばれていた男が報告する。神岡三佐は興味深げに朴中尉たちを眺める。
「威力偵察にしては人数が少な過ぎる。男同士で銃を持ってドライブというのも酔狂だ。まさか脱走ではあるまい。貴官たちは一体何をしていたのかな?」
「捕虜として、氏名、生年月日、認識番号の他は話す義務がありません」
朴中尉が緊張した面持ちで答えた。周中尉は黙って顎を引き腕を後ろに組んで立っている。喋るのは朴中尉に任せたという表情だ。矢面にたたされた朴中尉は先刻どちらが先任か確認したことを後悔した。
「よかろう。貴官たち二人を拘束し、捕虜として扱う」
神岡三佐は急に興味を失ったようにそう言い、二人を連れ去るよう指示した。
実は上陸したK国軍の司令部は混乱していた。同伴したC国軍人は周中尉を含む数名でしかない。いわゆる連絡将校というやつで実戦部隊は一人もいない。C国の実戦部隊は後から揚陸艦で輸送され、上陸する予定だったのである。その輸送部隊からの連絡が途絶えた。どちらの本国でもまだ状況を掴んでいないらしく、確たる情報は得られない。
今後の方針を立てるための一環として偵察が出されたのであるが、朴中尉は正規の偵察部隊ではない。司令部の混乱に乗じて勝手にランクルを徴発し、二十四号線を南下し始めたのも独断であった。だがそれを目ざとく見つけ同行を申し出たのが周中尉だったのであり、騒ぎを大きくしたくない朴中尉としては拒否する術がなかったのである。
C国の低軌道偵察衛星が対馬西方海域の上空を通過し走査したが、C国の三隻、K国の二隻、どちらの姿もその海域には発見できなかった。五隻とも撃沈されたと思われるが、危険を冒して新たな船舶や航空機を当該海域に派遣する決断が、C国にもK国にもまだつかなかった。
そうこうしている内に日本政府は、この五隻をレールガンの砲撃により撃沈したことを発表する。先にミサイルで攻撃してきたのは連合艦隊側であり、日本側は反撃しただけであることを付け加えた。だが連合艦隊側に一人の生存者もいないことが明らかになると、K国とC国は『非人道的な破壊兵器』を日本が使用したと非難したのである。日本側は中破した護衛艦さざなみの写真を公表してこれに抗弁したのであるが、世界の多くの国は日本の攻撃をやりすぎであると感じたようであった。
北国のログハウスは初夏を迎え、テラスの前庭では芝刈機を動かす鞘華の姿がまた見られるようになっていた。日本を縦断するネフュス専属の光回線が間もなく完成し、しばらくすれば千明も帰ってくる。茂子は安衛門文書の解読を終え、ネフュスの仕事に専念するようになっていた。
「ようやくK国と捕虜交換の交渉が終わった。K国に滞在していた我が国の民間人を人質に取られて、その身柄と交換だから、一方的な交換と言わなければならんがな」
苦々しい表情で言う英輔に、茂子が珈琲を差し出す。
「あの国では負けを認められないのですね」
「そんなことをしたら政権が持たないばかりではなく、大統領がリンチにされるだろう。あの国は法治国家ではないからな」
「K国の大統領の命を救うために譲歩したのですか?」
「隣国にこれ以上政情不安を続けさせないためだよ。あの大統領が吊るされたら、もっと過激な後継者がその跡を継ぐことになるだろう。痛い思いをしたあの大統領なら、直ぐには手を出して来ないはずだ」
「C国の情勢も流動的ですしね」
「軍人のトップの首はだいぶ据え代わったが、政治家の方は相変わらずだ。軍の力が弱まっても、党の権力闘争には影響がない」
対馬での紛争は、K国の兵士たちが山岳部に入りゲリラ化する前に主要道路を抑え、市役所を包囲した自衛隊が、C国の援軍が全滅したことを伝え、降伏を勧告することで終息した。対馬は山岳部が広い面積を占め、地形も複雑であったから、K国の部隊がゲリラ化したらやっかいなことになっていたろう。
朴中尉と周中尉は、互いを日本の工作員ではないかと疑っていたが、公に告発しないままそれぞれの祖国に帰った。




