第二十二章
無人戦闘機や無人潜水艦が遠隔操作できるのであるから、当然核融合炉のマイナス・ミューオン・ジェネレーターにもそれが可能であった。予定通りLPHTの地下に全国の核融合炉と光回線で結ばれた統合操作所が設けられれば、需要に応じた核融合炉の運転がリアルタイムで実施可能となる。もっとも各地の核融合炉にはバッファとして揚水発電所か水の電気分解による水素生成プラントが付随して建設され、日常的な需給の調整はそちらが担うことになっている。統合操作所の設置は、主に全国の核融合発電所と結ぶ独自の光回線の工期によって決まるので、千明が南九州から帰ってくるのはまだ半年ほど先のことである。
国会では防衛計画の大綱の改正案が討議され、今後五年以内に心神改無人戦闘機十個飛行隊(百二十機)と海神型無人潜水艦一個戦隊(七隻)の追加配備が決まっていた。心神改の機体は現在のところ一機九十億円、海神型潜水艦は一隻三百五十億円であるから、システムを含めると実に一兆五千億円以上の予算増となる。五年間で均等割りすると毎年三千億円の増である。だがこれには本来であれば絶対必要であるはずの『人工知能』の開発費が含まれていない。世界各国は一体どうすればそんなに少ない予算でシステムを開発できるのか、首を傾げていた。中には日本の防衛システムは『張り子の虎』であると公言する軍事評論家も現れた。
日本の武器輸出三原則には一九八三年の内閣官房長官談話により同盟国であるA国に対しては武器技術供与の緩和規定があり、また近年は根本的な見直しも検討されている。A国は無人偵察機・攻撃機で自国でも実績があることから、日本に心神改のライセンス生産を求めてきた。だが無論のことながらたとえブラックボックスの形であっても、A国にネフュスを供与することはできない。そこでやむを得ず日本は、ネフュス抜きの設計でのライセンス生産をA国に認める事になった。
これは心神改の地上パイロットを養成するための練習機と同じものである。正規に配備される心神改は試作版と違って大幅にアビオニクスの改善が図られ、地上に置かれる操縦装置も基本的に一人の『搭乗者』によってコントロールされるようになっていた。電子光学開口分散システム(DAS)に対応した球形スクリーンの中に設置された『搭乗席』は四重のジンバルによって支えられ、ベルトで座席に固定されたパイロットが実際の機体と同じ傾きや回転を体験しながら機体の操縦をすることになる。必要に応じて兵装やセンサーの担当者を別のディスプレイ・操作盤から随時割り込ませたり、長時間に渡る作戦の場合は途中でパイロットを操縦装置ごと切り換えることも無論できた。
だが本物の心神改ではセンサー・操縦系の中枢にネフュスが組み込まれており、アテナ・システムと連携してパイロット無しでも行動できるようになっていた。この部分は外部に向っては『クラウド・シューティング・システム』の一環としか説明されず、国防の根幹であるので、A国にも供与できないとされている。
A国は無論、機体と操縦装置だけではなくシステムを含めたライセンス生産を求めた。日本が事実上この点を拒否したことから、A国と日本の間に軋轢といってよいものが生じるようになる。
そもそも軍事的な覇権大国であるA国は,自国の世界戦略の一環としてしか日本の防衛というものを認めてこなかった。日本もまたその路線に乗ることで、国防に要する負担を軽減し、経済や戦略の面での利益を得てきた。軍事的な属国であることで日本が享受してきた利益を考えると、日本のこの態度にA国が腹立たしい思いを感じたとしても無理のないことと言えた。
他方日本の立場から見れば、特に最近のC国やK国の日本への介入に関して、A国は同盟国であるにも関わらず第三者的な冷たい態度を取り続けているように見えた。理由はA国にとっての国益である。世界第二位のGDPを誇り最近は軍事力も高めているC国と、A国は敵対的関係になることを極力避けようとするようになっていた。それは武力的衝突を避けるという意味ばかりではない。C国との間では、A国は政治的問題の優先順位においても、同盟国である日本よりC国の方を先にするようになっていたのである。これは近年両国の経済的相互依存度が高まり、C国との間に生じた政治的問題がA国の国内経済を左右しかねない要因となっていたからであった。
日本国内に軍事基地を置いているにも関わらず、その仮想敵国におもねるようなこのA国の態度は、日本国民に苛立ちを感じさせずにはいなかった。このため国防上の理由を上げ心神改の『クラウド・シューティング・システム』をA国に供与しないとした政権の決定に対する反対の声も、国内では大きくならなかったのである。
「C国やK国との問題は別として、同盟国のA国との間がぎくしゃくするのは上手くないな」
英輔が考え込むようにそう言うのを聞いて、鞘華は首を傾げた。てっきりA国との同盟を解消する方向に、英輔がものごとを進めようとしているのだと思っていたからだ。
「A国との同盟には反対じゃあなかったの、ダッド?」
鞘華がそう尋ねると英輔は首を横に振ってみせた。ログハウスのリビングに置かれた百インチのテレビでは衛星放送の国際ニュースが流れていた。心神改のクラウド・シューティング・システムの提供に日本政府が難色を示している件に対し、A国政府の高官が不快感を表明したというニュースだ。
「A国にはまだしばらくシーレーンを守ってもらわなくてはな。日本から中東への航路をC国が支配するようになったらマズいだろう」
「レールガンは日本とその近海しか守れないから?」
「それだって、K国の北にあるN国やC国からミサイルが発射された場合、まず探知するのはA国の防衛システムだ。A国は日本海にイージス・ピケット艦を配置しているし、K国のレーダー網のデータも共有しているからな。弾道弾や巡航ミサイルの初期段階での迎撃を確実にするためには、A国からのデータが必要だ」
「初期段階の迎撃じゃなきゃ不安なの?」
「最終段階で迎撃に成功したとしても、弾体の一部が日本国内に落下する確率は高い。それに早期にミサイルのコースがわかっていれば撃墜の可能性が高くなる」
「でもアテナ・システムとネフュスの秘密は渡せないよ」
「なんとかA国には、心神改の機体と操縦システムだけで満足してもらわなくてはな」
だが覇権主義国家であるA国が、自国より優れた兵器の独占を属国とみなす日本に許すはずがなかった。この問題は今後やっかいな軋轢を両国の間にもたらすだろう。その場合、事態をコントロールすることができる確信が、英輔にはなかったのである。
剛志は秋葉原の街路をゆっくりと歩いていた。この季節首都圏ではもう日中なら上着が必要ないことも珍しくなかった。最近では『萌え』の聖地としてのみ名高くなった秋葉原だが、裏では特殊な業界の人間にまた別の顔をみせる場所でもあった。
剛志はゲームソフトを売るビルの狭い階段を上り、四階と五階の間の踊り場で立ち止まった。そのビルは四階までが店舗になっており、五階は倉庫として使われているらしく商品の段ボールが積み重ねてある。だが剛志が必要としたのは五階に昇ることではなかった。彼は踊り場の壁に掛けられている小さなホワイト・ボードにマーカーで書き込まれている文字を覗き込む。
そこには丸まった文字で「一五:〇〇~一九:〇〇 XXX-XXXX-XXXX」と書かれていた。前半は時間帯、後半は電話番号であることは明らかだった。剛志は左腕に付けた腕時計を見る。まだ二時半だった。彼は今度はスマフォを取り出し、電話番号を打ち込んで登録する。それからゆっくりと階段を降りてビルから出た。
秋葉原の町をしばらく歩いて周辺部に向っていくと人影が途絶えた。剛志はもう一度腕時計を見る。三時三分過ぎだ。先程の番号に電話する。電話は直ぐ繫がった。男の声だ。
「はい」
「部品を買いたい」
「お客さん、うちで扱ってるのはドラッグだ。アッパーかいそれとも……?」
「スパイスじゃない、パーツを買いたいんだ。物が無いなら情報でもいい」
「お客さん、何か間違えているようだ。もう切るよ」
「二宮さんから紹介されたんだが」
「……」
男の声はしばらく黙った。剛志は念を押すようにもう一度繰り返す。
「二宮と言ったんだ」
「あんた一人かい?」
「ああ」
「目印は?」
「上着を左肩にかけて緑色のネクタイ」
「いいだろう。秋葉原駅の中央改札口から出て左側のバス乗り場で待っててくれ。三時四十分だ。できるか?」
「わかった」
秋葉原の駅には三時半に着いた。ぐるっと廻って中央改札口の前に立つ。まだまだ辺りは明るいが近くの店舗には照明が点いていた。駅を出てバス乗り場の方に歩きだす。そこにたどり着いて、まだ時間があると思った時に肩をたたかれた。
「二宮さんの?」
「ああ」
振り向くと白いポロシャツにチノパンをはいた男が立っていた。ジロッと鋭い視線を向けられる。男が顎をしゃくる。
「車に乗ってもらおう」
バス停には白い外車が停まっていた。剛志は左側のドアから後部座席に乗り込んだ。男は右側から乗り込む。左ハンドルの運転席には別の男が座っていた。ドアが閉まると直ぐ車は動き出した。
「二宮さんから何を聞いた?」
「あんたに頼めばどんな部品でも手に入ると」
「何がほしい?」
「心神改の制御部」
「これは大きく出たもんだ。億じゃ足りないぜ」
「いくら必要だ?」
「最低でも十億」
「確実に手に入るなら用意しよう」
「確実って言われてもなぁ……」
「無理なら情報だけでもいい。ただし」
「ただし何だい?」
「こちらも部分的には情報を持っている。ガセネタはきかない」
「ほぉ、たいしたもんだな。お前さん何者だい?」
「情報を買うのはこちらの方だと思うが」
「いいだろう。連絡先は?」
剛志はスマフォの番号を告げた。
男は裏社会の人間でドラッグの売買ばかりではなく、かなり違法な方法で行われる産業スパイの仲介のような仕事もしていた。剛志が男との連絡方法を知ったのは、前に勤めていた会社の時代だった。企業同士の激しい競争の場面では、合法的な手段だけでは生き残っていけないというのが当時の上司の考えで、剛志もその秘密に関わったのである。




