第十六章
人型ロボットの開発でこそ世界の最先端をいく日本であるが、高高度・長距離を飛行し攻撃・偵察任務を遂行する戦略・戦術無人機などの分野では、世界一の軍事大国であるA国には一歩も二歩も遅れを取っていた。このため防衛省はA国NSG社からRQ4-GHという偵察用無人航空機を導入し、ここ数年で運用試験から実用化への路をつけようとしていた。
RQ4-GHの機体本体価格は一機二十六億円程度であるが、日本全域の哨戒には八機体制でのローテーションが必要になり、搭載すべきセンサー機器や司令部機能を持つ地上施設の整備などを合わせると総予算は六百億円を越える。
RQ4-GHはE国のRR社製ターボファン・エンジンを搭載し、巡航速度六百三十キロ毎時、フェリー航続距離二万二千キロ、実用上昇限度一万九千八百メートルであり、A国空軍では二千年代当初から実戦配備されている。機体の大きさは全幅約三十六メートル、全長約十四メートルとかなり大型であるが、ペイロードが一トン未満という関係で攻撃力を持たない純粋な偵察機であった。
日本に導入された機体は日本北空エリアの三沢基地と西空エリアの新田原基地に四機ずつ置かれ、離発着は当該基地により遠隔操縦されるが、巡行高度に上がった後は何と首都圏の府中市にある防衛省の航空開発実験集団司令部から衛星通信によってコントロールされていた。搭載されている合成開口レーダーや電子光学・赤外線センサーからのデータも当然開発集団司令部で受信・解析されている。
この開発集団司令部内に置かれた遠隔操作・解析室が今騒然となっていた。折しもK国と日本の中間点にある対馬上空を飛行中のRQ4-GHからの通信が突然途絶えたのである。日本の領空内の出来事で、雲量こそ国際基準で八分の八の『全天曇り』ではあったが荒天ではなく、また機器の運用も直前まで順調で故障の可能性は低かった。
薄暗い部屋のコントロール・パネルの前に座る二人の操作員の後ろからディスプレイを覗き込んでいた倉山三等空佐は、センサー担当の安田二曹に声をかける。
「どう思う?」
「事前にそれらしい兆候はまったくありませんでした」
操縦担当の海野三尉がそれに被せるように付け加える。
「まさかとは思いますが、撃墜されたということもありえます」
一瞬だけためらった倉山は顔を上げて振り向き、そこにいた課員に指示した。
「横田へ連絡をとれ」
「航空総隊司令部へですか、それは……?」
「何をぐずぐずしている! 早くしろ!」
「は、はい」
秘匿電話に向う課員の後ろ姿を見ながら倉山は心の中で罵る。いったい何で試験運用中にこんなことが起こるんだ。正規運用なら権限は横田に移行していてタイムラグも起こらないのに……。
横田基地の航空総隊司令部では上申された情報に対応し、デフコン2を発令し態勢移行を指示した。具体的には人員掌握、戦闘機の空中哨戒配備と増強待機、早期警戒機の増加運用などである。敵対的な対領空侵犯の可能性が極めて高いという想定のもとでの措置だったが、この時点で総隊司令部は事態を十分把握していなかった。
この時期を選んで日本のRQ4-GHを撃墜したのはK国空軍のF-15Kスラムイーグルであった。そもそもRQ4-GHは戦闘能力を持たない無人機に過ぎない。後方から接近しAAM(空対空ミサイル)で攻撃すれば、反撃どころか逃げることもできない木偶の坊のような機体なのである。日本の領空外から発射されたAAMは簡単にRQ4-GHの背後に廻りエンジン部分を直撃した。一瞬にして空中分解したRQ4-GHはバラバラになり対馬海峡の海面に落下していった。
F-15Kを操縦していたのはK国空軍の某少佐である。彼はK国に駐在するC国大使館付き武官の接触を受け、訓練途中に日本の無人偵察機を撃墜するようそそのかされたのだ。無人偵察機であるから戦死者も出ない。目障りな小日本の蚊蜻蛉が海の藻屑となり、日本はRQ4-GH一機分の機体+各種センサー類を失う。小日本には反撃する度胸などない。泣き寝入りして、機体が失われたことさえ公表しないかもしれない。万が一公になったとしても、少佐はK国民にとって小日本に一泡ふかせた英雄だ。K国政府は少佐を処罰することなど出来る訳がない、と言うのであった。だが不幸なことに、この少佐もC国の駐在武官も日本のアテナ・システムの存在についてはまったく知っていなかった。
アテナ・システムは日本の戦闘部隊全てを掌握し指揮することで、効率的に国土を防衛しようとする試みであった。本来自衛隊法第七条により自衛隊の最高指揮監督権は内閣総理大臣が持つと規定されている。だが、実際の運用で一々総理大臣にお伺いを立てていては到底間に合わない事態が生じた場合を想定し、自動的に応戦可能な状態にまで全軍事力を移行させるための機構であった。これには無論レールガンの存在が大きく関与している。
レールガン基地は謂わばかっての要塞砲の拡大版であるという考え方から、最初陸上自衛隊の管轄下に置こうという考えが強かった。しかしレールガンが防空や対艦兵器としても使用可能であり、航空自衛隊の防空管制システムや海上自衛隊の海洋管制システムとの連携も不可欠であっため、これら日本の全戦闘能力を統合指揮するアテナ・システムと呼ばれる機構を構築し、このシステムのもとでレールガンを運用することにしたのである。
だがこのアテナ・システムは未だ試験運用の段階でしかなかった。レールガン基地も青森県と北海道の津軽海峡を挟んだ二ヶ所しか完成していない。その射程円は日本列島の北部三分の一余りをカバーしているだけであり、残りの三分の二を守るのは従来型の戦闘部隊であった。この戦闘部隊の中に、試験運用中の無人戦闘機『心神改ATF-XX』二機が組み込まれていたのである。
無人戦闘機『心神改ATF-XX』は防衛省技術研究本部が先進技術実証機として開発していた『心神ATD-X』から派生した機体である。HHIが開発したアフター・バーナー付きのターボ・ファン・エンジン(推力八トン)二基を積み、推力重量比九程度、推力合計十六トンを発揮する。全長十六メートル、全幅十二メートル、離床重量十三トンの機体は先進的なアビオニクスとセンサー群を持ち、低RCS(レーダー反射断面積)で高機動を実現していた。
折しもこの心神改ATF-XXのウェポン・システムの実証実験が、RQ4-GHを仮想標的として実施されている最中であった。これは『ウェポン・リリース・スティルス化の研究』と呼ばれるものであり、スティルス機のウェポン・ベイから機体のスティルス性や空力性を失わずにミサイルを発射する技術の実験であった。
このため二機の心神改はAAM(空対空ミサイル)を搭載しており、撃墜されたRQ4-GHの最も近傍を飛行していたのだが、スティルス性の高さからF-15Kからはその存在を認識されてはいなかったである。だが技研本部はこれら実験中の心神改の操作を、構築中のアテナ・システムを利用して行っていた。
アテナ・システムはRQ4-GHを撃墜したF-15Kを敵性飛行体と判定し、直ぐさま対処法を模索し始めた。無論対馬近海は稼働中のレールガンからは射程外である。だが飛行中の心神改とF-15Kは三十キロほどしか離れておらず、AAMの射程内に接近することは容易だった。
すでにRQ4-GHが撃墜されていることから、アテナ・システムにとってF-15Kは単なる領空侵犯機ではなく『敵機』である。従って有人機による領空侵犯警告の必要は認められなかった。二機の心神改はF-15Kに認知されることなくその背後から接近していく。本来であればここでアテナ・システムは『敵機』撃墜の可否をコントロールに対して問うべきであったろう。だがそもそもが想定外の状況であり、現時点でアテナ・システムに選択可能な兵器である心神改のAAMについて、この『使用確認機能』がアテナ・システムには組み込まれていなかった。
時間にしてRQ4-GHが撃墜されてから数分後、F-15Kが大きく弧を描き日本の領空から脱出しようとしている時、心神改の発射したAAMがそのエンジンを直撃した。F-15Kのパイロットは自分がRQ4-GHしたと同じことを心神改によってされたわけであるが、こちらのAAMは実験体で炸薬が搭載されていなかった。このためエンジンは破壊されたが機体はほとんど損なわれておらず、十分に緊急脱出する余裕があった。結局この某少佐は海上保安庁の艦船により日本の領海内で救助されたのであった。
北の国のログハウスにこの知らせが届いたのは事件の数時間後であった。季節は初夏を迎え、高原の雪も消えて緑が芽吹き始めていた。鳥たちは営巣の季節を前に恋のさえずりを交わしている。
英輔はログハウスのテラスに置かれた椅子に座り、千明と鞘華がバーベキューの準備をしている姿を眺めていた。英輔の前には清瀬茂子が立ち、テーブルの上に積まれた文献の説明をしている。
「安衛門という男は元々村の名主を勤めたほどの人物で、それなりの学識や財産もあったようです。それにしても、旅の修験者からこの管狐というものを買い取るのに五十貫目もの銭を費やしたところを見ると、かなり酔狂なところがあったのでしょう。ただこの後、安衛門は人柄が変わったようになり、名主という立場以上に権力をふるった形跡があります。それは何と言うか……まるで新興宗教の教祖とでも言うか……」
「教祖というと?」
「……つまり、安衛門の言葉に従わぬ者には、仏罰が下るというような記述があるのです」
「仏罰ね?」
「仏罰というか神罰というか、要するに不幸が見舞うということです。迷信深い時代のことですから、そういうものを信じても不思議はありません。管狐のことを安衛門は飯綱大権現と呼んでいますが、いわゆる密教系の神仏とは微妙に違っています。どちらかというと外法の呪術に近いのではないかと思われます」
「清瀬さんは管狐の存在を信じないのかね?」
「人間が宇宙に行けるこの時代にですか?」
茂子は何故英輔が彼女に安衛門の覚書を調査させているか、本当のところをまだ知らなかった。英輔の単なる道楽だと思っている。だから千明に最初脅されたことが何なのかと首を傾げていた。いったいどんな秘密がこの文献の中に隠されているのか、理解しかねていたのだった。
その時メールのプリント・アウトを持った仁科がログハウスから出てきた。仁科は英輔たちのボディガード・チームのチーフを勤めている男だ。英輔はプリント・アウトに眼を通すと千明たちを呼び寄せた。
「対馬沖でK国軍の戦闘機が撃墜された。撃墜したのはアテナ・システムにコントロールされた我が国の無人戦闘機だ。相手の戦闘機はその前にこちらの無人偵察機を撃墜している。防衛庁は警戒レベルをデフコン3に上げたそうだ」
鞘華が眉を上げ、バーベキュー用の革手袋を外しながら質問した。
「戦争になるの?」
「いや、すぐにはそうならないだろう。だがK国との間の緊張関係が高まるのは避けられないな」
「C国はどう動くかしら?」
千明がそう聞いたのは内情(内閣合同情報会議)からのレポートで、K国の動きの後ろには常にC国がいると知っていたからである。
「どうだろうな? 今回はK国に火中の栗を拾わせるつもりかもしれん。だとするとC国は、事態の趨勢が明らかになるまで表へは出てこないだろう」
「本当に大丈夫なんでしょうか? K国とC国が一緒に攻めてくることはないんでしょうか?」
茂子が心配そうに口を挟んだ。
「元寇の役の時は、K国はC国のお先棒を担がされ、先兵となって日本にやって来た歴史がある。C国に服属して仕方なくだろうが、日本としてはK国に同情する義理もないな」
「歴史は繰り返すって言うけど、また同じようなことが起こるのかしらね?」
「同じって『神風』が吹くってことですか?」
「清瀬さん、あんた『管狐』や『飯綱大権現』は信じないけど『神風』は信じるのか?」
「だって『元寇の役』は歴史的事実でしょう。日本側だけでなくC国の側にも一次資料である文献が残っていますよ」
「『大風』は吹いたかもしれんが、それが『神風』だというのとはまた別の話だろう」
「私は別に神仏が吹かせたという意味で言った訳じゃありません」
「それはそうだろうが無意識に『日本は守られている』と考えていないか? だとしたらそれは危険な徴候だぞ。自分の身は自分で守る努力をしなければ、誰も助けてはくれない。あんたもそれを忘れないことだな」
茂子はよく考えずに男に自分の運命を任せたばかりに、危うく自由に生きる権利を奪われるところだったのである。いや、千五百万という借金を返し終わっていないのであるから、英輔の気分次第でまた自由を奪われる可能性だってあった。こう言うことで英輔は茂子に釘をさしたのである。茂子がそのことに気づいて、自らネフュスを求めてくるように仕向けるための布石と言うべきであろう。だがまだネフュスについて知らされていない茂子は、困惑の表情を顔に浮かべるばかりであった。




