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第十三章

 C国の工作員イリーガルによる襲撃から二ヶ月半が過ぎ、北国の高原にも春が近づいてきた。しかしまだまだ雪は深い。鞘華の割った薪も半分ほどが消費された。残りの半量が次年度へのストックとなる訳である。権藤たちはスキーとスノーモービルでの巡視を欠かさないが、未だ再襲撃の気配はない。さすがのC国も潜入組織の再編に苦労しているもののようであった。


「例の着弾観測の件はどうなったの?」

 千明が英輔にそう尋ねたのは、七草が過ぎ松が明けた頃の話である。

「陸自だけでなく空自や海自も繋ぐシステムを組むことになった」

「例のアテナ・システム?」

「その拡張版だ。もともと次世代戦闘機の概念コンセプトの中にあるクラウド・シューティング構想にレールガンを組み込む。いや日本の全戦力を組み込むんだ」

「クラウド・シューティング?」

「小型の無人機や無人戦闘機、スタンド・オフ・センサーとしてのAWACS(警戒哨戒機)、有人戦闘機などをネットワークで繋ぐ。これらの中からセンサーやウェポンのリソースを最適に活用し、有人・無人の戦闘機などの攻撃力を組み合わせて敵を撃破するシステムとでも言うかな」

「その『など』のところにレールガンも組み込むわけね」

「他のSAM(対空ミサイル)やASM(対艦ミサイル)なども含まれるが、何と言ってもレールガンの利点は……」

「一発の単価が安い、でしょ」

「ああ、一発何千万もするSAMやASMと違って『数撃ちゃ当たる』ができる点だ。そして着弾観測の問題も、無人機などを利用することでかなり解消される」

「陸自の出番は無いの?」

「陸自も偵察用の無人航空機ドローンを運用している。クラウド・シューティングの基礎概念は一〇式戦車にも導入済みだ。問題はそれをどこまで拡張できるかだが……」

「予算が絡むんでしょ、それって」

「ああ、幸い核融合発電の実用化のお蔭で景気は上向きだが、頭の固い政治家たちが、ソフト・ウェアの分野にどれだけ予算を認めるものやら」

「また『説得』に廻らなければならないというわけね」

「その通りだ」

 翌日英輔は新幹線に乗り込み、首都圏へと旅立って行った。そして三月の声を聞くまで帰って来なかった。


 英輔がいないと鞘華は何だか落ち着かない。ネフュスに自分が乗っ取られてしまう不安が付きまとう。もしそうなったとして、英輔以外に鞘華を止められそうなのは千明だけだが、その場合双方が何らかのダメージを負うことになるだろう。英輔がいるとそんな心配をせずに済む。例の氷水ショックは非常用だが、それ以外でも英輔の能力による働きかけで鞘華は落ち着いて生活することができていた。

 まるで調教師と獣の関係みたいじゃないの、そう鞘華は考える。ネフュスという獣を英輔が調教している、というより鞘華自身が調教される獣になった気分だ。自分で自分を律することができれば、こんなに英輔に依存しなくて済むのに……。

 そんな時鞘華はスノーボードやスキーで雪原を疾走する。鞘華の中のネフュスはスピードとスリルを好み、疾走の最中は彼女とネフュスがぴったり寄り添っているように感じ、不安が和らぐのだった。


 英輔に呼び出されて鞘華が首都圏へ向ったのは桃の節句を過ぎた頃だ。なんでもK国系の組織に寒月が誘拐されたという。寒月はあれから大和誠心会の鬼嶋の元で暮らしていたのだが、先日近くの居酒屋に出掛けたきり帰って来なかった。英輔に頼まれて寒月を預かっていた鬼嶋が、八方手を尽くして探させると、どうやら寒月の身柄はK国系の暴力団『極西会』に押さえられているらしいことがわかったというのである。


「極西会は関西のY組傘下の組織だ。鬼嶋が下手に動くと東西の組織を巻き込んだ大規模抗争になりかねない。それで奴も身動きが取れないようだ」

「あいつを助ける必要があるの、ダッド?」

 鞘華は口を尖らせて英輔に尋ねる。

「寒月はネフュスに関する情報をまだ持っている可能性がある」

「例のロスト・テクノロジーって奴?」

 鞘華の片方の眉がつり上がる。

「ああ。ネフュスを我々に売り渡したという情報自体K国には知られたくないことだがな。だから救出が難しければ口を塞いでしまってくれ。無論、極西会は潰せ。一人も生かしておくな」

 英輔にそう言われたが簡単なことではない。鞘華はまず大和誠心会の筋から私立探偵崩れの情報屋を手配してもらい、極西会の構成員リストと個人情報をまとめさせた。それから三十数名のそのリストをもとに、何人かずつ片づけていくことにする。めんどうな寒月の救出は後回しでいいと彼女は考えた。いざとなればK国の手に渡しさえしなければいいのだ。


 場末のスナックから男が出てくる。まだ寒いのに夏用の麻の上着を着て、裸足にサンダルを履いている。極西会の島田という男だ。

 時刻はまだ八時を廻ったところだが、この季節はもう陽はとっくに落ちている。小便臭い路地に出されている飲み屋の行灯も薄暗く、辺りの人影もまばらであった。ジーンズに革ジャン姿の鞘華はそっと男の後ろに忍び寄り、グラインダーで細く研ぎあげたアイスピックを、男の背中から一気に刺し通す。

 心臓を刺された男は、小さくうめき声を上げ倒れ伏した。アイスピックを使ったのは出血を極力抑えるためだ。横の路地から三人の男が走り出て来て、倒れた男の身体を防水布の袋に押し込む。その袋は路地に停車していた軽のバンに積まれ、バンは直ぐに走り出す。

 男たちは鞘華が権藤から借りてきた手下だった。島田はもとより根無し草のヤクザである。死体さえ出なければ、警察が捜査に直ぐ動き出すことなどない、というのが鞘華の読みだ。派手にドンパチやって騒ぎを大きくすれば予期せぬ面倒が起こる可能性もある。できるだけ静かに始末をつけなくちゃ……そう鞘華は考えていた。


 一日目は特に問題なかった。だが二日目の晩に鞘華が六人目を始末した頃になると、極西会の方でも何かおかしなことが起こっていることに気づき始めた。組員に招集がかかり、組の事務所前は殺気だった男たちがたむろして、通報で駆けつけたパトカーに罵声が浴びせられるなど、異様な光景になった。

 仕方なく鞘華は冷却期間を置くことにした。寒月については、組の事務所のどこかに閉じ込められているらしいとしかわからなかった。鞘華は三日待つことにした。

 三日たつとさすがに緊張し続けることは難しくなってきたらしく、事務所前の立ちん坊にも弛緩した様子が見られた。どの顔も寝不足でむくんでいる。

「監視カメラがあるんだから、俺たちが外で張り番している必要もないや」

 そんな三下の不平も聞かれた。実際駐車場には三台の監視カメラが設置され、ぶっ込みという外部からの侵入を警戒していた。

 立ちん坊の三人が姿を消したのは四日目の夜である。監視カメラの録画には、彼らが一斉に誰かに呼び出されたようにふらふらと歩きだし、カメラの視界の外に姿を消すのが映っていた。

 種を明かせば、英輔の『能力』の干渉によるものだった。事態がなかなか進展しないことに気づいた英輔が様子を見に来たのである。それなら最初からここへ来て寒月を助け出せばいいのに、そう鞘華は考えた。だがそう言う訳にもいかないらしい。

「俺は忙しいんだ。何から何まで全部押しつけるな」

 と言うのが英輔の言い分である。言ったと思ったらもういなくなってしまった。大方鞘華の尻を叩くのが目的だったのだろう。


 極西会の組員たちは怯え、事務所から出てこなくなった。たまに出掛ける時は車二台に六・七人が分乗して出る。勿論そんなことが続くわけがない。だいたいヤクザがびびっているなどと言われたらお仕舞いである。素人からも甘く見られ、稼業が成り立たない。

 頃合いと見た鞘華は罠を仕掛けることにした。


 昼時、革ジャンの胸に愛用のH&Kを押し込み、カワサキのZEPHYE四〇〇、黒い自動二輪に跨る。バイクを選んだのは四輪より圧倒的にとり回しが良いからだ。フル・フェイスのメットを被り、ちょうど極西会の事務所を出るベンツとクラウンの後を追う。人気の無い交差点の信号で二台が停まった時、鞘華は追い抜きざま、ベンツのフロント・グラスにH&Kから一弾をぶち込んだ。

 振り返るとベンツの中で誰かが喚いているのが見える。鞘華はゆっくりと狙いを定め、今度はフロントグリルにもう一発を撃ち込む。車の中ではヤクザ達が頭を抱えて身をすくめた。後ろのクラウンが気づいて前へ出ようとする。

 鞘華はH&Kを懐に戻すと、馬鹿にしたように手を振り、バイクのギヤを入れる。カワサキZEPHYE四〇〇は弾かれたように跳びだした。クラウンとベンツがあわててその後を追う。鞘華は湾岸通りへ向った。

 湾岸通りには人気のない倉庫が並んでいる。鞘華のバイクは二台の車に追い詰められるようにして、その一角の袋小路に入り込む。バイクを乗り捨て、鞘華は倉庫の中に入り込んだ。

 倉庫の外では誰かが応援を呼べと叫んでいる。一対八ではまだ心もとないらしい。多人数で囲んで、追い詰めるつもりのようだ。


 やがて五・六台の車がやって来て、バラバラと男たちが降り立つ。

道具チャカは持ってきたか?」

 一人の男がそう言った。その男は若頭と呼ばれていたから、極西会のナンバー2といった役どころだろう。どうやら人数だけでなく、武器が揃うのを待っていたようだ。人数は二十名ほど、事務所にはあと数名しか残っていまい。


 男たちは手に手に拳銃や長ドスを持って倉庫に入り込んで来た。陽はまだ高く、倉庫の屋根近くの位置にある明かり取りから光りが落ちてきていた。鞘華は倉庫の中に置かれたコンテナの上に伏せ、男たちを待ち構えた。

 若頭の指示で極西会の男たちは数人ずつに別れ、倉庫のあちらこちらに散る。そのうちの一組がコンテナの側まで近づいて来たのを見定めた鞘華は、コンテナの上に片膝をつき身体を起こす。男たちの頭に一発ずつ的確に撃ち込まれた弾丸は、一瞬で三人の息の根を止めた。

 コンテナから飛び下りた鞘華に向って、あわてた男たちが拳銃をぶっ放す。だが動転している上に、距離が十メートル以上あっては、まぐれでもない限り当たる筈がない。それに対して、走りながら鞘華の放った五発の弾丸は、ことごとく命中する。胸を撃たれて倒れかける男に体当たりをくらわし、二発を後方に放った鞘華は物陰に走り込む。弾倉をリリースして落し、ポケットから出した新たな弾倉と交換する。

 ほとんど一瞬で三分の一の人数を削られた極西会の組員たちに動揺が広がる。

「囲め! 囲んで弾を撃ち込め!」

 若頭がそう叫ぶとあわてて武器を取り直した男たちだが、鞘華は立ち直る隙を与えるつもりはなかった。前転して転がり出ると、手近な目標に向かい弾丸を放つ。とっさに銃口を下げようとする男の顔を撃ち抜く。起き上がると目の前に男がショット・ガンを構えて唖然としていた。ヘルメットの頭を振りその銃を弾く。H&Kを男の腹に押しつけるようにして引き金を引く。左に振れて暴発したショットガンの弾が誰かに当たる。その銃声で鞘華の耳がガンガンした。邪魔なヘルメットを脱ぎ、若頭に向って投げつける。ショートカットの髪形が露になる。

「女か!」誰かが唖然としたようにそう言う。

「何でもいい、ぶっ殺しちまえ!」

 男たちの怒号が飛び交った。

 鞘華は走りながら弾丸を放つ。再び弾倉をリリース、弾倉の交換。男たちの残りは七人。残弾は十三発、十分すぎるほど十分だ。

 極西会の組員たちは人数で勝っていながら、もう逃げ腰になっていた。無理もない、二十人以上いた男たちが、もう三分の一以下に減らされている。おまけに、本当に相手は一人なのかと思えるほど神出鬼没、現れたと思った次の瞬間にはもう物陰に姿を消す。化け物を相手にしているとしか思えなかった。

「ク、クソッ! 何て奴だ。おい、お前たち……」

 若頭が何と言おうとしたかわからなかった。弾丸を大きく開いた口に受けてひっくり返ったからだ。指揮官を倒された組員たちは戦意を失い、バラバラと逃げ出そうとする。だがその背中にも容赦なく弾丸が放たれる。

 銃声が静まった後、倉庫の中に立っているのは鞘華だけであった。


「終わった。後始末、お願い」

 鞘華のその言葉に姿を現したのは権藤の部下たちだ。彼らはこれから極西会の組員たちの死体を始末しなければならないのだ。多分重しを付けて海の底にでも沈めることになるだろう。鞘華にはまだ寒月を救出しなければならないという任務があった。

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