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第十章

 A県側のレールガン基地が完成する頃、鞘華は成人を迎えた。

 送電効率の関係からレールガン基地は発電所から十数キロ程度の距離内に建設されている。津軽海峡を挟んだ二つのレールガン基地は、それぞれが持つ三基の中短距離用レールガンが互いを守るように設置され、巡航ミサイルだけでなく超音速の弾道ミサイルでの攻撃も阻止することができるようになっていた。

 国際海峡である津軽海峡の通過はどの国の艦船に対しても自由とされていたが、航行中はレーダーを含む各種センサーやカメラで常に監視され、問題になりそうな船艇は海上保安庁の艦艇や自衛隊の護衛艦によって物々しくエスコートされるようになった。

 蒲生は第三のレールガン基地を南九州のK県に建設する画策を始めていた。ここから六百キロ圏内には対馬海峡と島嶼であるO県がすっぽり入る。ただK国やC国に近く、R国の南太平洋へのシー・レーンを阻ぐ形にもなることから、国際的な反発は避けられないところだった。


「何でそんなに急ぐの、蒲生さん。あせりすぎだよ」

 LPHTラ・プルス・アウ・トゥールから五キロほど離れた高原部に建てられた大きなログ・ハウスの前で、斧を振りかぶりながら鞘華がそう言った。彼女が斧を振り下ろすと直径三十センチ程の丸太が割り台の丸太の上で小気味よくパカンと割れる。彼女の後ろには玉切りした長さ四十五センチほどの丸太が、前の方には割り終えた薪が、それぞれ山になって積み重なっていた。

「その蒲生さんというのはやめろ。お前はもう俺の娘なんだぞ」

 二十歳になって誰の許可も必要なくなると直ぐ、鞘華は蒲生の養女となった。これで戸籍上は蒲生鞘華となり、実の両親とは縁が切れたわけだ。晴れて銀行口座を作り、ネフュス・オペレーターの報酬を受け取ることもできるようになった。今後、節税対策が必要になりそうなことが悩みの種である。

「じゃあ、パパとかダディとでも呼んでほしい?」

「何とでも呼べ」

 そもそもこの薪割りは、英輔の鬱病対策で始めたものであった。薪割りはテストステロンという男性ホルモンの分泌を促し、生活意欲を高めるという論文を見つけた千明が、わざわざログ・ハウスを建てさせ、中に外国製の大型ストーブを設置させたのである。英輔はチェーン・ソウで玉切りするところまでは何とかこなし、薪割りを始めた。だが、体力のない彼は二十本を過ぎるあたりから呻き始め、三十本目でついに音をあげたのだった。

 その後斧を取り上げた鞘華が、気持ち良さそうに薪割りを進めるのを、英輔は腰を下ろし、少しすねたように眺めていた。

「薪はそんなに急いで割らんでもいいんだ」

「冬になって雪が積っちまうよ。ダディ」

「薪割りは俺の健康のためで、お前がやっちまっては意味がないんだ」

「わかったよ、パパ」

「割った薪は薪小屋に積んでおけ。湿らせてしまっては役にたたん」

「口うるさい親爺だね、ダッド」

「その辺にしておきなさい、鞘華ちゃん」

「OK、マム」


 鞘華が養女になる少し前に千明は英輔と正式に結婚したから、この三人は今や家族というわけだ。護衛部隊や権藤の私設部隊では、三人のことを『キング』『クィーン』『プリンセ』のコードネームで呼んでいた。英輔が『キング』で千明が『クィーン』、そして鞘華が『プリンセ』であることは言うまでもないだろう。


「それで英輔さん、何故急ぐの?」

 鞘華が割り終えた薪を薪小屋に積み重ね、まだ割っていない丸太にシートを掛けに行くと、今度は千明がそう尋ねた。

「俺も歳だからな、どうしても先へ先へと考えてしまうのさ」

 六十代も半ばに達した英輔は、この頃滅法弱気になっているように見えた。できれば抗鬱剤を使いたくないという英輔の希望を考慮して、千明は薪割り仕事をあてがうことにしたのだった。

「長生きしてもらわなくちゃ困るのよ。英輔さんと私たちは一蓮托生なんだから」

「俺がいないとネフュスがコントロールできないか……何とかならんかな?」

「それは何度も話し合ったでしょう」

 千明たちばかりでなく、今や日本全体が英輔を必要としていた。英輔の特殊能力が無ければ千明たちはやがて理性を失い、ネフュスを暴走させてしまうだろう。それはまた、ミューオン核融合炉の稼働を止める結果になるのだった。

「のんびり生きましょうよ。のんびりと、細く長くね。だからそんなに焦らないでほしいのよ」


 ログ・ハウスの中に入ると、一歳ぐらいの猫が「ニャア」と鳴いて寄ってきた。千明がログ・ハウスの中で飼い始めた雌の黒猫だ。生後三ヶ月で貰われてきて、まだ八ヶ月余りしか経っていない。ログ・ハウスが完成してからここで飼われ、すっかりここに居ついている。甘やかされて今ではこの猫が、このログ・ハウスの主人のような顔をしていた。

「パスタ、おいでパスタ」

 鞘華が入ってきて猫の名前を呼んだ。命名者は鞘華だ。だが構い過ぎるせいか、猫は一向に鞘華の言うことを聞かない。まあ猫というものはそもそも、人の命令などには従わないものだ。だがことさら鞘華の声を無視するように見える。それで余計鞘華はむきになって、猫を呼ぶのだった。


「パスタもそろそろ不妊手術をしないとな」

 ログ・ハウスの床の日向ひなたに鞘華と一緒に寝ころぶ黒猫を見ながら、英輔が顔をしかめてそう言った。それを聞いた鞘華が口を尖らせて反発する。

「なんでそんな事しなけりゃいけないの?」

「発情が始まってからじゃ、かえってかわいそうだろう。連れ合いがいるわけでもなし」

「えー。雄の猫どこからか貰ってこようよ」

「発情した猫たちと同居なんて、俺は嫌だぞ。それに子猫が生まれたらどうするんだ? 普通生まれるだろう?」

「飼えばいいじゃない」

「このログ・ハウスを猫屋敷にするつもりか? 際限がない。誰が面倒を見るんだ? この世界は、猫の楽園でも何でもないんだ」

 経済的に言えば鞘華は何百匹の猫でも養う余裕がある。だが責任を持ってその世話ができるほど暇ではない。人間が支配するこの惑星の上では、人間の庇護無く猫が生きていくのは難しい。

「でも、何となく嫌なんだ……その、不妊処置ってのが」

 普通雌猫の不妊手術は、卵巣とともに子宮を摘出する。一歳くらいの時期であれば手術の負担もそれほど大きくないらしく、術後すぐに動き回ることができる。縫合部を猫が自分で舐めると化膿しやすいので、一・二週間は伸縮帯などで覆って注意して見てやる必要がある程度だ。

「どうしても必要?」

 実はネフュスに取り憑かれると女性は生理がなくなる。どうも排卵が止まってしまうらしく、当然妊娠もしない。不快な思いをしなくてすむと思う反面、何か自分が大事なものを失ってしまったような気にもなる。この理不尽な思いが心を惑わし、際限のない欲望を発動させるきっかけになるようだった。

「パスタのためだ」

「嘘つき」

「このままにしておけば、苦しい思いをするのはパスタだ」

「でも……自然じゃないよ」

「自然がいいって誰が決めたんだ?」

「だって……」

「貰われて来た時、こいつは親から引き離されたんだから、自然のままだったら十中八九飢え死にしている。子猫用ミルクのどこが自然なんだ?」

 管理されているのはパスタも鞘華も変わらない、というのが鞘華の思いだった。それを承知の上で厳しい言葉を吐く英輔を、千明は何も言わずに見ているだけだった。


 津軽海峡を挟んだ二つのレールガン基地では、中短距離用の発射基台を用いた巡行ミサイルの迎撃実験が実施されていた。秒速二千メートル以上の速度で数十グラムから数百グラムの弾体を連続して発射する実験であるが、標的を外れた弾体が陸地に着弾する場合の二次被害についても考慮しなければならなかった。従って発射できる方向や角度に制限が生まれ、地形を這うようにして接近してくる巡航ミサイルが相手の場合、すべてを撃墜できるとは限らないことがシュミレーションでもわかっていた。結局この盲点は艦載用のCIWS(近距離防護火器システム)を陸上用に改良したものや近距離防空ミサイルを併用することで防がなければならなかった。レールガン基地の完全自己防衛というのが机上の空論であることが、ここに露呈してしまったのである。


 千明たちの生活拠点はLPHTラ・プルス・アウ・トゥールのペントハウスから高原のログ・ハウス・コテージに移動していた。運動不足のため鬱状態に陥りがちな英輔を千明が気遣ったからである。

 コテージは丸太で組上げられた平屋であったが、基本構造にはH字鋼の鉄骨が利用されており、壁の内部には断熱材が張られていた。リビングの中央には外国製の大きな薪ストーブが据えられている。平屋とは言っても二十坪のリビングとは別に十二坪のダイニング、台所と浴室、寝室が五つ、地下室、外には広いテラスがあるかなり大きな建物であった。警備上の配慮からコテージを中心に半径百メートルの範囲で樹木が伐採され、周囲に手入れされた芝生が広がっている。季節は秋、辺りの樹木は紅葉を迎え、風が冷たくなり始めていた。

 コテージの地下室には情報端末と百インチのディスプレイを設置した会議室があった。地下を通って百メートル離れた車庫まで行ける緊急避難用の地下道が作られ、車庫には護衛部隊用の宿泊施設も併設されている。また、コテージを挟んで車庫の反対側の芝生の一部が舗装され、三十メーター四方の広さを持つ非公共用ヘリポートになっていた。

 今そこにF重工製の軽輸送ヘリUH-IJが着陸しようと降下してきた。搭乗していたのは防衛省防衛監察本部の馬海陸将補と総務本課の事務官、それに技術研究本部の技官、装備施設本部の事務官など十名程である。彼らはレールガンの予算について調査に来たのだが、実際は英輔に『呼びつけられた』に等しかった。今までであれば『洗脳』の度に日本中を駆け回っていた英輔であるが、体力が落ちるに従ってフットワークが悪くなり、かってのつてを利用して『洗脳』すべき相手を呼び寄せるようになったのである。

 レールガンは施設開発費こそかかるものの、投射する弾体は数十円からせいぜい十数万円と非常に廉価であることが利点であるはずだった。ところが施設や発電所の防衛に死角が発見され、そこを守るために調達費用が高額なCIWSや近距離防衛ミサイルを配置しなければならなくなった。これでは本末転倒ではないか……というのが、彼らの追求するつもりの問題点であった。

 会議室に通された彼らは英輔により『洗脳』を受け、自分たちの疑問を自分たちで『合理的に解決』するための方策をそこで真剣に討議することになる。結局彼らは自分たちの立てたプランに従い各省庁に然るべき根回しを行うことになるだろう。無論各省庁にも英輔の『洗脳』を受けた人物がいて、その要求が遺漏無く受け入れられるよう動くというわけである。彼らは皆自分の動きが『国益』の為だと信じ、無私の心で事を進めていくのだった。

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