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第六話 「小翼竜」

暴力的な表現があります。お気を付けください

 色々と言いたい事はあったが、この場で何を言えばいいのか、シャルには良い言葉が思いつかなかった。

 パッと思いつくのは、こんな時間に? とか、死にに行くおつもりですか? などだったが、そんな事を言いたい訳ではないし、言っても聞かないであろう雰囲気を、トウヤから感じていた。


「……戻ってきていただけるんですよね?」


 なので、いくつか言葉を選び。結局シャルの口を付いた言葉はこれだった。


「朝には戻ってくる積りっす。明後日中には街に帰りたいですし」


 師匠との約束なんで。怖いんすよぉ。などと、冗談っぽく言われ、シャルは気遣われているのを感じた。さっきまで信用していなかった相手に、心配なんておかしいのだろうが、シャルの顔には、確かにトウヤの身を案ずる表情が浮かんでいた。


「……男性の我儘を聞くのも、女性の器量なのだ、と母から聞きました。いいでしょう。いってらっしゃいませ」


「な、何気に上からっ目線すね……別に、危険な事ないですし、ちょちょっと行ってくるだけっすよ」


 そんなの嘘だ。シャルはそう思った。そして、つい意地悪を言うように、言葉がついて出た。


「嘘です。それなら、なんでこそこそ行くんですか? 誰にもばれないようにこっそり行く必要なんてないじゃないですかっ」


思わず言葉に力が篭った。

シャルはトウヤの事をよく知らないだが、たった一つ分かる事はある。

小翼竜の巣は、トウヤが言うちょっと、という存在ではない。ベテランと呼べる冒険者が一丸となって捨て・・・となり、死体の山を作り上げてようやく、相手の戦力を削れる、というような絶望的な消耗戦。

そんな死地に、トウヤは向おうとしてる。


「いやぁ。早く帰りたいんで。予定をちょっと詰めようと思ったんすよ。明日朝早くでもいいんすけど、それだと遅れかねないんす」


それに、期日に遅れると師匠が怖いんで。そう苦笑いするトウヤに、シャルは、また気遣ってる、そう思った。

冗談っぽく言って、そんな対したことない風を装っている。ほんとは怖いだろうに、そんな事おくびにもださず。

なんて見栄っ張りなんだろう。そんなものでは生きていけないのに。冒険者は、みんなそうだ。シャルは、唇噛んだ。

いつもそうだ。冒険者だった父もそうだった。自分を気遣い見栄を張って出て行く。父は戻っては来なかった。

そして、自分は、そんな冒険者にかける言葉を持っていない。あったとしても、止められ無いだろうと、理解していた。


「そうですね。ではちゃんと戻って来れなかったらわたしくしからも罰を用意させて貰います」


だから、後悔だけはしないように念を押す。ちょっとだけ、願いを込めて。

この優しい少年が生きて戻って来られますようにと。


「うぇ!? 罰っすか!?」


シャルの思いなど、微塵も気付いていないのだろう、トウヤは困ったような声をあげる。それを見て、ほんの少し、シャルの溜飲は下がった。


「では、お気を付けていってらっしゃいませ。トウヤ様。お帰りをお待ちしております」


シャルは最上級の一礼をして、トウヤを見送った。


◇◆◇◆


 トウヤはシャルに見送られ、自分が作った柵の外に出る。そこで、ワイバーン退治に出る前に片付ける最後のひと仕事を行う。


「ふぅ……はっ!」


 小さな呼気と共に、全身に溢れる闘気。闘気を扱う者ならば、辺りが昼間のように明るくなったと感じるだろう。また、目に見えなくても何かしらの圧力として感じ取る。現に、寝静まっていた動物が、慌てて逃げ出す。大量に飛び立つ鳥が、木々の葉を揺らす、草葉の間を四足の獣が走り抜けていく。

 そうして、辺りは静けさに満ちた。夜行性の動物の鳴き声も、虫の声も聞こえない、耳が痛い程の静寂。

 トウヤは、その静寂の中、ゆっくりと柵の周りを練り歩く。

 この行動には、無論、意味があった。もっとも簡単に言うなら、マーキング。闘気の残り香で辺りを満たし、ここの領域は俺のものだ、という主張を行う。別の言い方、魔術的な言い方をすれば、結界。

 ここに足を踏み入れるものはなんであれ、押し潰すような気配を放ってくる闘気、その残り香を潜りぬけなければならない。

 弱いものであれば踏み越えることはできず、また強いものであれば、この領域がどれ程までに危険か理解するだろう。


「……ま、こんなもんすかね」


 歩いただけだったが、額にじっとりと汗をかいていた。これで、取りあえず一晩はもつ。

 トウヤは、ワイバーンの巣を探すため、闇をたたえる森に、明かりも持たないまま、踏み込む。

 まばらだった木々は、その密度を増していき、月明かりで照らされていた獣道は、すでにどこにあるかも解らない。

 当然、人間であるトウヤは木の枝に覆い隠され、光を通さない道なき森を見通す夜目を持たない。トウヤは瞳に闘気を集め、辺りの微細な「気」の流れを見る。

 「気」は、肉体エネルギーを昇華した闘気とも、精神エネルギーを現実世界に取り出した魔力とも別の力で、淡い闘気と魔力ともいえる曖昧なものと言える。2つの混合物であるともいえ、およそ生あるもの全ての近くでそれを感じることができるため、どこにでもありふれている。

 「気」が視覚できるようになると、それだけ脳が処理する負担が増えるが、目に見えないものが知覚できるようになる。トウヤはそうして、木々の気を感じ取り、昼間森を進むのと変わらないような見通しで夜の闇を見透かし、奥へと進む。


「この先っすか。解り易くていいすね」


 少しは先が見えるようになったとはいえ、トウヤは何の目印もなくここまで来たわけではなかった。

 どこにでも存在する「気」を頼りに辺りを見回せば、ワイバーンが狩りを行った後も解る。トウヤはそれを目印に巣を割りだし、痕跡を見つけては追う。

 それは、狩りによって無残な死体をさらした獣だったり、爪を研いだ後がある、太い木だったりした。


 そして、三刻程の時間をかけて、濃い空気の匂いを感じさせる奥までやってきた。

 森に隠れるように、窪んだ土地が存在していた。その窪地は、底に降りるには縄でもないと難しそうな程切り立っており、ほとんど崖のようにも見える。

  その、中心部にワイバーンの巣はあった。


「おお。居るっすね」


 声を落として、そう呟く。無造作に窪地の周辺を歩いているようで、その足元からは、枯葉を踏み鳴らすような音は聞こえない。音を立てず、気配を殺して、窪地をおおよそ一周する。

 そして、適当なところでかがみ、ワイバーンの様子を眺めた。

 中央の位置に、群れで固まるワイバーン達。鳥とは違う被膜の翼は、蝙蝠の翼のようにも見える。

 しかし、その被膜は半端な刃物ならば弾き返す程の弾力と靭性を持ち、質や加工によっては高級な皮鎧にもなる。そして、細長い頭、胴体、尾は月明かりを吸い取り、光を反射させない漆黒の鱗に覆われている。これも、生半可な武器では通らず、この鎧で作られたスケイルメイルとなれば、軽くて金属よりも丈夫なものとなる。

 そして、当然、そう言った加工などせずともその効果は健在で、魔物が纏う闘気や魔力によって、その耐久力は跳ね上がる。


「街が壊滅するかも、何ていってた割には群れが小さいっすね。数は12体っすか。なんか大したことないっすね」


 普通の冒険者ならば、余りの数に失神するか、一も二も逃げ出すか、神に祈るような光景だというのに、その眼はどこか呆れを孕んでおり、トウヤの口調には明らかに落胆が混ざっていた。


「とはいえ、一人で全部狩るのは面倒っちゃ面倒っすね。ここはやっぱり、奇襲をかけて上手くやりますか」


 そう言いつつ、かがんだ足元から大きめの石を拾う。自分の拳大程の石で、形は歪だった。


「ふぅむ。もうちょい丸っぽいと嬉しいんすけど」


 そして、その意思を静かに振りかぶり、闘気を纏う。


「じゃ、いくっすよ|穿弾≪せんだん≫」


 そして、投擲。足の踏み込みによって生まれた力を、腰の回転により伝達、腕の撓りによって増幅、加速。ダメ押しに、石が手を離れる瞬間に闘気が爆発するように弾け、石に力を伝え、加速させる。

 結果は、投擲などと言う生易しい代物ではなかった。

 ワイバーン達は、突然現れた闘気に反応し、一斉に頭をあげる。その群れの中でも、一際身体が大きく、真っ先に鋭い牙の生えた口をあけ、仲間のワイバーンに叫び声をあげようとした固体に、飛来した石が当たる。否、炸裂した。

 ドパン! とおよそ投げた石が当たったとは思えない音。魔術を行使されたような轟音を立てて、トウヤが真っ先に攻撃先として選んだ固体の頭が消失する。

 出鼻を挫かれた群れはギャアギャアと騒ぎ始め、連携を取る様子はない。

 トウヤは素早く石を拾い上げ、再び投擲。

 武技──|穿弾≪せんだん≫

 拳大の石が手を離れた後、瞬き一つ程の時間でワイバーンへと着弾。翼付近の、鎧のような鱗に刺さると、鱗の硬度に負け、鱗を破りながら石が砕ける。しかし、石に与えられた運動エネルギーはその程度では死なず、破った鱗の下、柔らかな肉を食い破り、背後へと突き抜けた。

 翼を半ば捥がれたワイバーンはのたうち周り、トウヤはその結果を見てぼやいた。


「やっぱ要練習っすね。命中率と威力が低くていけないっす」


 自分の技をそう評価し、トウヤは窪地の中心に向かって飛ぶ。地上に降り立つ途中、混乱の中、それでも空へと飛び立とうとした一体の尾をトウヤは掴み、脇に抱え込むと、身体を一回転させてワイバーンを振り回す。

 空中で振り回されたワイバーンは、哀れになるような悲鳴を上げつつ、他に飛び立とうとしていた2体に叩きつけられる。その2体も空へと上がる事は叶わず、地面へと落ち、トウヤに恨めしげな声を上げながら、立ち上がってトウヤを伺う。

 今だ尾を抱え込んだ固体を含め、ワイバーンは残り10体。10体のワイバーンは、落ち着きを取り戻していた。その10体はトウヤを囲い込むようにしながら、1体も飛び立とうとしない。飛び立とうとすれば、その隙を突かれ、攻撃されるのを理解したからだった。


「ギッ、ギッ、ギッ、ギギ!」


 1体が指令を飛ばすように、鳴き声をあげると、トウヤの側面に居た固体の魔力が急激に高まる。

 │火炎吐息≪ファイヤ・ブレス≫。ワイバーンの中で最も脅威度が高く、魔術師使う、中級魔術に匹敵し、しかし、その連射速度、速射性は中級魔術などお呼びもつかない。

 それが、左右両側から迫る。炎の塊となった吐息は、辺りの気温を上げつつ、トウヤに迫った。

 魔術師でもないトウヤは、それを防ぐための魔術を行使できない。そのため、│盾≪・≫を用いる事にした。

 何となく近かった右側のブレスに向かって踏み込み、抱え込んだままだったワイバーンを振るう。すでに意識がないワイバーンは、炎の塊に頭を突っ込まされ、爆炎をあげる。


「っと、そっちも頼むっすね!」


 トウヤはそれだけに飽き足らず、さらに身体を捻って、ワイバーンを振り回す。ブォン! と風を切り裂きながら、トウヤの背後に迫るブレスにぶち当てた。再び爆炎が飛び散り、辺りを明るく照らす。


「もいっちょ!」


 ワイバーンを振り回すトウヤは今だ止まらず、爆炎と遠心力で加速していた│武器≪ワイバーン≫を、ブレスを放ってきた1体にぶつける。金属音に似た甲高い音が辺りに響き、振り回していた固体と、ぶつけられた固体が絶命。トウヤはようやく、掴んでいた尾を放す。残り8体。

 無残にやられた仲間の姿に、ワイバーン達がさらに色めき立つ。三方からバラバラにブレスを放たれ、トウヤは、雨の日に水たまりを避けるようにひょいひょいと躱していく。


「んーちょっとこのままだと1体に時間がかかりすぎるっすね。一段階、外していくっすよ」


 トウヤはそう言うと、襲い掛かって来ていた固体を蹴り飛ばし、一瞬空いた間に、意識を集中した。


「我、鬼神の如き力をこの手に」


 その呟きはどこか呪文に似ていた。それは暗示の一種で、トウヤの無意識に刷り込まれていた封印を一段階外し、その力を顕す。

 武技──鬼神功。全身に闘気が漲り、ただ溢れただけの闘気が威圧となり、ワイバーン達を射すくめる。

 危機察知に長けた固体か、はたまた弱い固体だろうか。真っ先に逃げようとしていた固体を、トウヤの拳が襲う。


「逃がしはしないっすよ」


 頭を潰された固体がもの言わぬ骸に成り果て、ここに至って、ワイバーン達は気づいた。

 ここに現れたのは、餌や敵ではなく、自分たちを滅ぼす天敵であると。



 

 




毎日連載している人、すごいなぁ

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