第五話 「大森林」
トウヤは久しぶりに適度な運動をした後、盗賊に襲われていた一行と顔合わせを行っていた。
「助かった。礼を言わせてくれ」
アリア。そう名乗り、手を差し出してきたのはトウヤとそう変わらない背丈の少女だった。旅の途中では邪魔になるためか、長そうな金髪を結い上げており、少しきつめの青い瞳が、トウヤを覗き込んでいる。
「いや、ほんとに通りかかっただけっすから」
「ふふっ。謙虚なんだな」
そう言ってトウヤは握手に応じる。謙虚、とアリアに言われたが本人としては、いやほんとにたまたまっす。もののついでって奴っす。という気分だった。ただこれ以上言うと嫌味になるかもしれなかったので、素直に黙っていたが。
「わたくし共からも、お礼を言わせてください。トウヤ様」
アリアの後ろに佇んでいた、メイドが丁寧に頭を下げる。トウヤは、様付けされて名前を呼ばれる事にむず痒さを覚え、苦笑いを浮かべて頬を掻く。
「いや、シャルさん。自分は様とかつけて呼ばれるような大層なもんじゃないんで、出来ればもっとフランクに呼んで欲しいっす。呼び捨てでも良いですし、トウヤ君とかトウヤちゃんとか」
君はともかく、ちゃんは正直嫌だったが、様よりはまし、と破れかぶれの提案をしてみるが、メイドのシャルは、トウヤの言葉に、少し微笑んだだけだった。
「うふふ。ご謙遜なさるんですね。トウヤさんこそ、わたくしの事はシャルとお呼びください。メイド如きにそう丁寧に振舞う必要はありませんわ」
と返されてしまい、トウヤは返答に困った。
「まぁ、それは道中少しづつ慣れていってくれ。こちらも無理にそういう対応を求めるわけじゃないからな」
見かねたアリアがそんな助け舟を出し、この話はいったん切り上げられる事になった。
現在、トウヤはアリア達と同行を共にして、大森林へと向かっている。
最初は、予定通り一人でさっさと行って帰ってくる予定だったのだが、アリアの同行者である執事、ダルジャンが怪我をしており、道中を女手2人だけで行かせるのはどうかと思い至ったからだった。
「いや、助けて貰っただけでなく、そんな温情まで受ける訳にはいかない!」
この提案に、アリアは一度は断ったが、メイドのシャルが口をはさんだ。
「しかし、お嬢様。トウヤ様の提案を素直に受けた方がいいのではないでしょうか。また襲われでもしたら、わたくしではお嬢様の盾になる事くらいしかできません。その点、トウヤ様の実力なら安心できるかと」
「しかしな……これ以上迷惑をかける訳には」
「お嬢様……」
言い争う二人を見かね、トウヤはギルドカードを取り出して、再度提案する。
「ならまぁ、依頼って形にして貰っても構わないっすよ? 依頼料は安くしときますし、道中女2人じゃ何かと不便じゃないっすか? あ、依頼を受けてる途中なんで、大森林にだけ寄らせて欲しいっすけど」
「依頼、か……それならば、まぁ……すまない。正直なところ、君に同行して貰えるなら心強いからな。ダルジャンの様子が気にはなるが、大森林に寄るだけなら問題ない」
そう言って、何気なくアリアが、トウヤからギルドカードを受け取ると、目を丸くした。
「な、Bランクだと……!?」
「まぁ……」
アリアとシャルが目を丸くして驚き、当のトウヤは、はて何かおかしい事だったろうかと首をひねる。
「以前、不便だからととっといたんすよ。師匠に言われて」
「そ、そうか……」
アリアは何か納得するように何度か頷く。Bランク以上の昇格には審査があり、それは普通、パーティによって行われる。師匠というからにはもっと強いのだろうと。何人で挑んだか解らないが、そんな集団なら、その若さでBランクを取るのも可能なのだろうと。
メイドのシャルは、トウヤの歳と、Bという高ランクに驚いてだけなので、それがどれ程困難なものなのか、いまいち理解しきれていなかった。
実際のところ、トウヤはその審査にはユエの指示で一人で受けており、その結果Bランクになっている。そのため、世間で、パーティの総体としてBランク、または、パーティ内にいる際はBランクの働きができる、という評価ではなく、純粋に個の戦力として、Bランクのパーティに相当すると評価されていることを知らない。
「ランクにも問題なし、どころか道中の護衛以来としては、もったいないくらいでしょうか」
シャルがアリアに伺い、アリアもまたそれに頷く。
「そうだな。街に着いたら相応の報酬を用意するようにしよう」
トウヤとしては、あまり気にして貰わなくていいと思っていたが、貴族は体面を気にするというし、これ以上変に言っては話がこじれるだけだろう、とそれで手を打つ事にする。
そうして一行は同行を決めた後、大森林に向けて出発したのだが、そこでも多少いざこざがあった。
「恩人を歩かせて、自分だけ馬車に乗るなんて……」
「いや、護衛が馬車に乗ったら守れないっすよ……」
「なら、降りて私も歩こう!」
「移動速度が落ちるんで、大人しく乗っていて欲しいっす。今日中に大森林に行きたいんで」
「ぬぅ……」
アリアは不満そうにしていたが、そこは我慢して貰った。大森林に行って、一行を連れながら残り期日までに街に戻らないといけない。顔には出さずにいたが、トウヤは焦りを覚えていた。主に帰りの時間が。
「む。そう言えば、大森林に寄ると言っていたが、どんな用なんだ? 薬草の採取でもするのか?」
アリアは貴族の令嬢としては、ギルドやその手の依頼に詳しかったが、それでも冒険者ではない。大森林に行く用事が思い浮かばず、何かの採取でもするのだろうか、と軽い気持ちで聞いていた。
「あ、そう言えば話して無かったっすね。森に|小翼竜≪ワイバーン≫が巣を作ったらしくて。ちょっと狩ってこようかと」
トウヤのその軽い一言で、アリアと、御者台で手綱を握っていたシャルは、自分が死地に向かっていると知った。手綱を握っていたシャルの手に、思わず力が入り、無理にそれを引いてしまうと、馬が嫌がるようにいなないた。
「きゃ!」
シャルが思わず悲鳴をあげ、トウヤはすばやく馬に近づき、落ち着かせてやる。何度か撫でてやると、馬は落ち着いたが、馬車に乗る人間の方は、今だ衝撃から立ち直れないようだった。
「な、ななななにを言っているんだ。トウヤ。ワイバーンの巣……本気か?」
「……」
アリアは上手く喋れない程に動揺しており、シャルは半ば以上放心している。
はて自分はそれ程おかしい事を口にしただろうかとトウヤは首を捻る。
「本気っすよ。師匠のお土産に持っていきたいし」
お土産。シャルがうわ言のように呟いていた。アリアも信じられないと言った表情を浮かべている。
それも当然だろう。普通、Bランクの魔物と言えば、同ランクの冒険者が複数人で当たるレベルの魔物である。おまけに、高ランクの魔物は、知恵が回る。下位とはいえ竜であるワイバーンは、個である弱さを群れで補う竜種で、群れであればBランクの枠に収まらない。それは、冒険者でもないアリアにすら解りきったことだ。危険な外を移動する人間で、危機感のある者ならば、それくらいの事前知識がある。
「トウヤ、悪いことは言わない。すぐに街に戻ろう。まだこの辺りでは見かけていないが、飛竜が巣を作ったのが本当なら、この辺りは危険だ。すぐに街に知らせよう」
「ん? これ一応、正式な依頼っすよ。自分への緊急依頼は威力偵察。群れの規模を確認して、可能な限り魔物を討伐して、街へと情報を持ち帰ること」
「そ、そんな……」
アリアは絶句した。それでは死にに行くようなものでは無いかと。だが、トウヤはアリアのそんな心配を他所に楽しげな表情を作っている。
「巣なら、きっとたくさんいるんすよね。ワイバーン。久しぶりにから揚げが食いたいっす」
恐らく、から揚げの味を思い出しているのだろう、トウヤの表情を見ながら、強張ったまま手綱を握っていたシャルは、か、から揚げ……? と茫然と呟いたまま、今だ現実に戻れずにいた。
◇◆◇◆
大森林、と呼ばれるこの森は、街から見ると、ちょうどトウヤが半年程籠って山の反対の位置に存在する森だった。この辺りでは森は無く、またその広大さから、単に大森林と呼ばれるこの森は、人々に富を与える存在でもあり、無力なモノには無慈悲な存在として知られている。
ここで取れるものは貴重なモノも多数存在し、それによって生計を立てる駆け出しの冒険者もいる。ここで森の恩恵を学び、森での動き方を覚え、襲い掛かってくる動植物から、自分の強さを学ぶ。
アリアも自分を鍛えるために、私兵団と共に森で演習を行った事もあった。事もあったのだが……
「何か、違うな……」
「??? 何がっすか?」
「わたくしは、もう何があっても驚きませんよ。ええ。驚きませんとも」
トウヤたち一行は何事もなく森まで到達し、日が陰ってきたところで森の浅い地点で野営をする事にした。まだまばらな木々しか生えない森の中で、野営に適した地点を見つけ、そこでトウヤは明日の行動を話し合い、この野営地点でトウヤの依頼完了を待つ予定だった。
そして野営の準備を行っていたのだが、アリアは過去行った森での野営を思い出し、思わず呟いていた。
これは野営なのだろうか? というのがまず思った感想だった。野営の地点には、柵が設けられている。これは、トウヤが安全確保のため、とまばらに存在した木々を|一撃≪・・≫の元に切り倒し、その木をそのまま柵として利用したものだ。森に入り、段々と落ち着かなくなってきていた馬は、柵の中にいれられ、今は落ち着きを取り戻している。
そして、今アリア、シャル、トウヤが囲んでいる|食卓≪・・≫。トウヤが余った木材で机と椅子を手刀によって削り出し、その上に今夜の献立が並べられている。
アリアが持ち寄った固めのパン。そして、トウヤが取ってきた猪のステーキ、猪の肉の余りで作ったシチュー。次いでと取ってきた山菜で作られたサラダが並べられている。これらの調理は、隙間なく積み上げられたトウヤ作成の竈で調理が行われ、荷物を減らすために持ち込まなかった調味料などは、トウヤが取ってきた森の幸によって代用され、それをシャルが存分に腕を振るった結果がこれだった。
肉は寝かせた方が旨いのだろうが、新鮮なそれらの食事はどれも旨く。かなり高品質であるはずのアリアたちが所持していたパンが最もランクが低いという有り様だった。
疲れた体に、ゆっくりと染み渡り、活を入れてくれる食事に、文句はない。絶賛を送りたい程だ。
しかし、演習の食事はなんだったのだろうか。アリアの頭には、そんな思いだけが残った。
馬車で交代で休む事にしよう、と決まり、トウヤは先に番をすることを買って出た。椅子に座り、時折、竈に集めておいた枯れ枝をくべて暖を取る。そんな形だけの見張りだった、柵はトウヤの背よりも高く積まれており、オオカミの類では上ってくる事はできない。それでも、一応の用心は必要だった。
「さて、そろそろ良いかな」
寝静まり、静かな夜。今のうちに、しなければいけない事がある。トウヤは椅子から立ち上がった。
「トウヤ様」
少し出鼻を挫かれた思いがして、トウヤは振り返る。そこには、シャルがいた。今はメイド服を脱ぎ、休み安い服装に着替えている。馬車から降りた彼女は、トウヤに、意を決したように抱き着いた。
「な──」
「トウヤ様、今晩はわたくしをお使いくださいませ」
「は、な、何を言って……」
トウヤは困惑を露わにした。胸元から、見上げる、潤むハシバミ色の瞳をのぞき込む。
「わ、わたくしではダメでしょうか? 精一杯ご奉仕させていただきますので……アリア様以上にご満足させて差し上げます。ですから、ですから……」
シャルが言いよどみ、トウヤはここに至って、シャルが何を考えているか思い至った。
「シャルさん、何か勘違いしてるっすよ」
「はい……?」
取りあえず、椅子に座るよう促す。すでに辺りは暗く、段々と冷え始めてもいたので、暖かい竈の前で、トウヤとシャルは椅子に座り、向かい合った。
「何を勘違いしているか解らないっすけど。自分は、アリアさんやシャルさんに襲ったりしないっすよ」
びくっと肩を震わすシャル。
「そ、それは、どういう意味でしょうか」
「そのままの意味っす。森まで連れてきて、お二人を亡き者にしようだとか。うら若い乙女を手籠めにしようだとか。そういった事は、誓ってしないっすよ」
考えていたことを見透かされ、打ちのめされたように項垂れるシャル。トウヤは、ゆっくりシャルに話しかけた。
「どうしてそう思ったのか、話してもらってもいいっすか?」
シャルは、うつむいたまま頷き、そのままとつとつと語り始めた。トウヤの申し出を受けた時、すでにその可能性を考えていたらしい。
トウヤが護衛を提案してきたのは、アリアに取り入り、隙を見ての暗殺が目的か、あるいはその身体が目的ではないかと。
そう言った事が、何度も過去にあったらしく、その可能性を考慮しつつ、シャルは一も二もなくトウヤの提案を受け入れたのだという。暗殺の場合は、トウヤを監視するため。身体目的の場合は、シャル自身で手を打って貰うため。そうまでしたのは、アリアの安全を考え、自分だけでは到底アリアを街まで送る事はできないと判断したためだった。
「そうっすか……」
「すみ、ません。トウヤ様を信用できず、こんな話まで聞かせてしまい……」
「いや、構わないっすよ。そんな風に思われる可能性を考えてなかった自分が悪いっすから」
この言葉は、トウヤの本心だった。俯いたままにそう声をかけると、涙目になったシャルが、顔をあげる。
「ふふ。お優しいんですね。トウヤ様は。こんなわたくしに優しくしてくださるなんて」
「優しいっすかね? 自分では普通なつもりなんすけど」
トウヤは師であるユエとしか行動を共にした事はなく、正直他人との付き合い方は解らない。自分が正しいと思ったことをする。どちらかと言えば、我儘ではないか、そう自己分析していた。
「うふふふ。そういうところだ、謙虚だと言われるのですよ」
「そうなんすかね……。シャルさん、冷えてきたんで、先に馬車で休んでください」
「そう邪険にされなくてもいいじゃありませんか……さっきも、勇気を振り絞ったのに、お相手してくださいませんし……わたくし、魅力ないんでしょうか」
「い、いやあれは! 自分は嫌がる女性と無理矢理、なんて無理ですし!」
「うふふ。冗談です。でも……まさか、男性に興味がある、なんてこと、ごさいませんよね……?」
「んな訳ないっす! さすがに怒るっすよ!?」
少しからかうような雰囲気を帯始めたシャルに、トウヤはたじたじとなって頬を掻く。これが本来のシャルの気質なのだろう。からかわれていたが、トウヤも悪い気はしなかった。
「冗談です……では、お言葉に甘えさせていただきます。ですがトウヤ様、一つだけ」
「なんすか?」
「先程、さてそろそろ良いか、と仰っていたのは、何だったのでしょうか」
真剣な様子で、何かあれば刺し違えて見せる、そんなメイドの鏡なような覚悟を滲ませるシャルに、トウヤはため息をつく。夜にこそこそしていたから、先ほどシャルに変な覚悟を持たせることになったのだ。はぐらかさない方が良いだろう。そうトウヤは判断した。
「これから、ワイバーンを狩りに行くんす」
トウヤはシャルに、隠す事なくそう告げた。
ちょっと中途半端かも……
それに、0時に投稿したかったのに遅れている……もっと精進せねば!