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第四話 「盗賊」

 トウヤは自身の黒髪をがしがしと掻きながら、どうしたものかと途方にくれた。

 師にいただいた期限は3日。あのお通夜のような会議の後、ギルドマスターと二、三言言葉を交わして、地図をもらい、旅装を整えてから出てきたのだが。


「ぐぬぬぬ……道に迷ったっす……」


 これまで、まともに地図など使った事がなかったトウヤ。走ってかなりの距離を街道道にそって進んできたが、何も無い。そろそろ森が見えて来ても良いはずだった。しかし、いけどもいけども踏みならされた細い道と、丘と平原が見えるばかり。どこに問題の森があるというのだろうか。


「うーん。これは、いっそ街道を突き抜けて、次の街で聞いた方が早いかもしれないっすね」


 そう呟き、まずは目の前の丘を登りきろう、とゆっくり進んでいた足を早める。

 タ、タタッ!

 馬も驚くような加速をし、さらに緩めること無く速度は上がっていく。前にあったなだらかな丘は、すでに中腹まで攻略され、すでにそこを走るのは、普通の人間なら全速力を維持するのも辛い位置にいる。が、さらに加速。

 久しぶりに一人、しかも特にペース配分を強いられる事もなく、トウヤはテンションがあがりっぱなしだった。


「いやっほぉ──!」


 だから、仕方ないことだったのだ。丘の向こうの気配など気にせず、丘の頂点からジャンプしてみたら気分がいいだろうな、と思い、実行に移し、跳躍して、足下を確認したところに、髭面の男がいたから思わず容赦なく踏みつけてしまったのも──それは仕方のない事故だったのだ。


◇◆◇◆


 アリア・ボレアスはボレアス伯爵家の次女であり、その身に貴族の誇りを持った少女であった。貴族というのは、偉いから貴族なのではなく、行った結果が偉いから貴族なのだ、という祖父の言葉に感銘を受け、そういった誇りある貴族を目指すべく、アリアは過ごしてきた。

 だが、父と母はあまり良い顔をしない。それも当然で、次女であるアリアに求められたのは、淑女としてのあり方であり、貴族としてのあり方ではなかった。アリアは貴族の娘として、貴族の夫を持ち、それを支える事こそが必要とされた。

 が、それが我慢ならなかった。父は領主としては無難であり、統治は良いとも悪いとも言えない。そんな父を軽蔑する訳ではなかったが、領地の中にはもっと手を加えらる所はあるはずで、何もしない父に、忸怩たる思いだった。それ以上に、何の力もなく、それを黙ってみているしかできない自分にも、憤りを感じた。

 だから、だったのだろう。何もできない自分が恥ずかしく、何か自分でできることはないかを考え始めた。魔術の才も、勉学でも習った分程度の学しかなかったアリアは、剣を手にした。

 才能はあった。領主の娘でありながら、私兵団長と同程度の剣術を身につけられる程度には。しかし、それがいけなかったというのか。


「くぅ……!」


 アリアは、長引く戦闘の疲労から、一瞬逃避しかけた思考に活を入れる。息はあがり、身体は重い。愛用の剣も、襲ってきた盗賊の三人目を手に掛けたところで、血糊のせいで切れ味が落ちてきていた。

(私は、ここまでなのか……!?)

 自分一人ならまだ諦めも付いたが、こんな自分に仕えてくれる従者も、少ないながらいる。馬車の近くで震えるメイドと、肩を切られ、うずくまる老執事を一度、ちらりと見つめると、アリアは深く息を吸い込み、覚悟を決めたように吐き出した。


「ふぅ──……!」


 力強い呼気に応じるように、愛剣に淡い光が灯る。それを見た盗賊たちに動揺が走った。

 武技スキル──。

 魔術に対抗するように生まれたそれは、魔力ではなく、生命力、いわば闘気と言うべき物を力に変換する技術だ。極めたものは魔術のごとき圧倒的な力を発揮すると言われる。


一剣一閃ライン・スラッシュ!」


 踏み込みと共に、剣を振り抜く。初級の中距離武技、「一剣一閃ライン・スラッシュ」。狙いは、盗賊を率いる男だった。

 疲労はあった、しかし、渾身の一撃。倒せないまでも、退かせるくらいの重傷は負わせられる。そんな自負と共に振るった一撃。

 敵を断つ闘気の一閃は、剣を離れ、虚空を裂きながら盗賊の男に迫る。

 祈るような視線を向けると、盗賊の男はにやりと笑った。


崩撃一盾フル・ガード


 隙を見ての攻撃。盗賊が身を守るためには、剣を差し出すしか無かったはずだった。しかし男は、左手をアリアの武技に向けた。そして、男の体内の闘気が爆発的に高まると、迫る武技とぶつかった。

 闘気同士が異音と光をまき散らす。アリアは目を細めたが、目を逸らすようなことはせず、男がどうなったのか、見届ける。

 そして、


「ま、まさか……」


 無傷の男を見て、絶句した。


「くかかか! 今ので終いか? ならおとなしくしな! おい! 野郎ども! お嬢様方を丁重に迎えてやりな。間違っても殺すんじゃねーぞ」


 下卑た笑いを浮かべる盗賊たちに囲まれ、アリアは自分の運命がここまでだと感じた。しかしそれでも、諦めたくはなく、無力感で嘆きたくはなく、勝てぬと分かっていても、今にも折れて膝を付きそうになる足に力を込め、剣を握りしめる。

 そんな悲壮な覚悟を固めたアリアの耳に、おかしな声が聞こえてきた。


『いやっほぉ──!』


 耳を疑った。場違いな、喜びを隠しきれない、といった陽気に満ちた叫び声。それが、自分の上空から聞こえてくる。

 その場にいた誰も彼もが、そのおかしな声を聞き、思わず空を見上げた。するとそこには、


「あ、だ、誰かいたんすか!? じゃ、邪魔っす! そこどくっすよ!」


 と慌てた声をあげつつ落ちてきた。運悪く足下にいた盗賊の一人は


「は? え? お、おまな、ぐげっ」


 と、蛙の潰れたような音を喉から絞り出して、降って沸いた少年に潰されて、沈黙した。


「……」


 その場にいた全員が沈黙した。誰も事態に追いつけていないようだったが、ただ一人、その空気を作り出した少年だけは、足蹴にして潰してしまった盗賊の一人の様子を見ながら、


「あちゃ~……生きてるっすか? なんですぐ避けてくんないっすか。そりゃ、足下見なかった自分も悪いっすけど、あれくらい避けて欲しいっすよ」


 と呟いていた。


「て、てめぇいったい何者だ!」


 空から落ちてきた少年に次いで、盗賊たちを率いていた男だった。男は額に青筋を立てながら喚き散らす。すると、それに気づいた少年は胸を張って答えた。


「ただの通りすがりっす!」


 ドヤ顔である。半ば以上付いていけていないアリアには、少年が何故この状況であんな顔ができるのかわからない。あまりに突飛な行動に腹が立つ思いがしたし、何より、下手をすれば少年を巻き込んでしまう──いや、もうすでに充分巻き込んでしまったこの状況は、アリアにとっては不都合だった。

 ただ一つ、感謝する事があるとすれば、突然現れた少年が場の空気をかき乱したことで、盗賊たちが浮き足立ち、さっきまで持っていた悲痛な覚悟が、少し和らいだことだろうか。

 それよりも、どこかユニークな気持ちを持っている自分に驚いた。ちょっとやってやろうか。そんな気持ちになる。アリアは機を伺いながら、気息を整えて成り行きを見守る。


「てめぇ、さっきから馬鹿にしやがって……! おい、野郎ども! 先にこのふざけたガキをやるぞ!」


 男の一声で、浮足立った盗賊たちが落ち着き始め、少年を囲う。二人程アリアを警戒しつつ、周囲を回る。その様子に、アリアは焦り、飛び出すかどうか悩んだ。一瞥すると、囲まれた少年は余裕の態度で盗賊の動きを見ており、余裕どころか、どこか楽しそうに見ていた。


「お。おっさん達は盗賊か何かっすか?」


「はっ。さっきから馬鹿にしてやがんのか? 見りゃわかんだろうが」


「いやいや、馬鹿になんてしてないっすよ。強いて言うなら憐れみっすかね。金持ちそうなお嬢様を囲んで、いい歳こいたおっさん達が金をせびるなんて、いじましいなぁって思っただけっす」


 あまつさえ、にやにや笑いを浮べて挑発する。アリアの背中に、冷汗が流れた。殺される。それを証明するかのように、盗賊を率いる男から、表情が消えた。


「殺≪や≫れ」


 その合図と共に、一斉に動き出す盗賊。もう機を見るなんて言っていられなかった。通りすがりで場を掻き回した迷惑な少年とはいえ、無関係の人間が目の前で殺されるのは寝覚めが悪すぎる。アリアは少年を助けるべく、盗賊を追うように駆け出そうとして──止まった。


「はっ?」


 思わず、間抜けな声が漏れた。恐らく、盗賊たちを率いる男もアリアと似たような表情をしていただろうと確信できる。少年を襲うために、三方から同時に仕掛けた盗賊。アリアが知る騎士のような洗練さこそないが、三方からの連携は、回避できないと思わせる程には熟達していた。事実、優れた護衛でもある老執事は、この攻撃を受けて負傷している。負傷で済んだのは経験豊富な老執事だったからで、アリアが受けていたら、重症もしくは、その場で殺されている。そうならなかったのは、盗賊がアリアを傷つけないようにしたからだ。

 そんな、熟達された攻撃を、少年はあくびを噛みしめながら正面二人の元に踏み込む。少年から見て右側の盗賊が、手にした短剣を繰り出すと、少年の腕が獲物に仕掛ける蛇のように動き、短剣を真上に弾き飛ばして、盗賊の利き手を絡めるとる。そしてそのまま手を引き、少年は迫る左側の盗賊の前に引き込む。

 仲間を盾にされた盗賊は一瞬たじろぎ、その隙に、少年は引き込んだ盗賊と共に体当たりをぶちかました。


「はっ!」


 踏み込みは地を揺るがし、瞬間膨張したように見えた少年の身体に弾き飛ばされた盗賊2人は、二転三転してから地面に倒れ、動かなくなった。そして、瞬く間に倒された仲間を見て、動揺していた背後から迫る盗賊に向かい、最初に弾き飛ばし、ちょうどよく少年の手元に落ちてきた短剣を掴みとると、その短剣が霞んで消える。


「ぎゃっ!」


 少年を襲おうとしていた盗賊は、突然自分の右足に生えた短剣に悲鳴をあげ、地面を転げ回る。少年は悠然と近づくと、武器を持っていた利き腕を踏み砕いた。


「やっぱり、人を襲って金を得ようとか志の低い奴は、弱いっすねぇ。もうちょっと頑張って欲しかったんですけど」


「て、てめぇはいったい何なんだよぉ!」

 

 それは、すでに状況に置いていかれているアリアも、同じような思いだった。さっきまで有利だったはずの盗賊たちは、すでに及び腰で、逃げるタイミングを伺っている。少年が一歩踏み出す度に一歩後ずさるが、少年は歩を進めるたびに、威圧感を増している。逃がす気はない、とでも言うように。


「何なんだよ! 何なんだよてめぇは!」


「語彙少なくなってるっすよ。さっきから言ってるじゃないっすか。ただの通りすがりですって。ちょっと急いでるんですから、さっさと倒されてくださいよ」


「い、急いでるんなら、見逃してくれよ! そこの女を捕まえて、身代金をせしめれば、遊んで暮らせる金が手に入る! なんなら、あんたの下で働いてもいい! あんたと組めば、もっとでかい仕事ができるはずだ!」

 

 ここに至って、アリアはなんだか盗賊たちが憐れに思えてきた。許そうとは思えなかったが。少年も少し同じように感じたのか、幾分威圧を緩めながら、呆れたように盗賊たちに言った。


「金なんて要らないっすよ。自分金が必要な生活してませんし。そもそも、盗賊嫌いなんで。ストレス発散のためにぶん殴られておいてください」


「くそっ! くそがぁ! ぶっ殺してやる!」


 ついさっきまでは余裕だった筈の盗賊の男が、喚き散らしながら、闘気を練り上げる。アリアは一瞬、武技を使われては、まずいのではないか──相手は、自分の武技を相殺する程の使い手。そう思ったが完全に杞憂だった。


「一剣一突≪ライン・ブレイク≫!」


 剣術初級武技、「一剣一突≪ライン・ブレイク≫」。それは、アリアが先ほど放った武技よりも、優れた一撃だった。目を見張るほどの剣技の冴え。盗賊にするには惜しいと言えるだろう。鋭い踏み込み、急所を狙う正確な一撃。練り上げた闘気。どれも一線級。戦いに身を置く者の剣。


「お粗末っすねぇ」


 そんな一撃を、少年は、蠅でも叩き落とすかのように、払い落す。


「武技≪スキル≫に頼った戦い方をするから、そんな中途半端な技を使わなきゃならなくなるんす。それ、破られたらどうするんすか? 何もできないじゃないすか」


 先の一撃にダメ出しを加えながら、少年は自分の間合いを一歩詰める。詰め寄られた男は、避ける気力すら失せ、茫然とした様子で呟いた。


「マジで、何なんだよ……お前は……」


「通りすがりっすよ。……これが本物の武技って奴っす。心ゆくまで堪能してくれっす」


 ゆっくりと詰められた間合い。いつの間にか、脇の下に、手の甲を下にして構えられていた右手には、太陽の如き輝きを見せる闘気が渦巻いていた。


「奥義、穿≪うがち≫は、ちょっともったいないっすかね」


 少年の呟きは、男には届かなかっただろう。完全に威力を殺された寸止めの一撃は、盗賊の男の戦意を根こそぎ叩きおり、恐怖を刻み付け、気絶させるに充分だった。


お読みいただきありがとうございます。


書き溜め……したいなぁ(遠い目)

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