第二話 「冒険者ギルド」
とある不幸な事故によって、幾日──否、幾ヶ月か振りかに街へと訪れたユエとトウヤ。初めての街ではなかったが、並ぶ店や区画の整理された地域などがあり、見覚えがないといっても過言ではない程で、トウヤはもの珍しげに辺りに視線を巡らす。完全におのぼりさんだった。
一方、師であるユエは良く言えば堂々、悪く言えば興味なさげに、ふらり、ふらりとした足取りで進んでいく。一見するとふらふら頼りなさげな足取りだが、気を抜くと見失うほど早い。まばらとは言えそれなりに人がおり、活気のある大通りを縫うように進んでいってしまう。
「し、師匠! 待って欲しいすっよぅ!」
トウヤはあっさり置いていこうとするユエを慌てて追いかけた。
向かった場所は冒険者ギルドと呼ばれる場所だ。ギルド、とこれだけ言われた場合、それは大抵冒険者ギルドの事を指す。
「買い取りをお願いするわ」
ユエはそういって、背負っていた麻袋をどん、とギルドの買い取りカウンターの上に置く。受付嬢は営業スマイルを浮かべ、
「いらっしゃいませ。買い取りですね。査定させていただきますので、少々お時間をいただきます。査定が終わり次第お声をかけさせていただきますので、番号札三番にてお待ちください」
とマニュアル通りの受け答えで、ユエに番号札を渡してきた。ユエは面倒くさそうに受け取ると、犬に餌でもやるようにそれを放り投げ、トウヤが落とさないようにしっかりと受け取る。
一連のやり取りを見ていた受付嬢の営業スマイルが若干固まるが、ユエは気にせず、トウヤは苦笑を浮かべて流した。
大した時間待たないそうなので、ギルド内にあった椅子に腰掛け、時間を潰す。少し離れた位置にある掲示板には、ギルドに集まる各種依頼が張り出されており、至急! とか、応援求む! などという文字が踊っている。依頼内容も、草むしりから魔物の討伐依頼まで多種多様だった。幾人かの冒険者が張り付けられた依頼をカウンターまで持って行き、受注をすませてはギルドから出て行く。
時間を潰す手段がなかったトウヤは、受ける気もない依頼を一通り見ていた。
そう。今日はギルドに依頼を受けにきた訳ではないのだ。それに、トウヤは、まとまな依頼を受けた事はない。というのも、一緒にいるユエに、普通の依頼が回ってきたりしないためだ。つき合わされるトウヤは、普通の依頼、というものがよく解らなかった。
今日はワイルドウルフの毛皮を売り、その金でトウヤがダメにした味噌を買う。ついでに他の足りない物もそろえ、また別の場所で修行する、という話になっている。今回もまた、依頼には縁がなさそうだ。
掲示板の依頼を見ていると、何となく街の様子も分かる。冒険者達には取るに足らないような依頼ばかりのこの街は、随分平和なのだろう。トウヤはそう思った。
ほどなくして、先ほどの受付嬢がトウヤが持つ番号札を呼ぶ声が聞こえてきた。
◆◇◆◇◆◇
ギルドの買い取り受付嬢、シンディーの一日は慌ただしい。毎日毎日、冒険者が持ち込む大量の魔物の素材や鉱物、果てはマジックアイテムや迷宮に眠る怪しい武具や防具に値段を付けるのが仕事だからだ。
朝夕と人の多い時間が過ぎれば、仕事がほとんどなくなる依頼の受注、報告受付のカウンターと違って、買い取ったものを商業ギルドや、ものによっては魔導ギルドなんかに引き渡す準備をするので大変だ。
今日も、昨日と同じ一日。正確に言うと、朝礼の際にギルドマスターが高ランクの冒険者が受付にきた際は、ギルドマスターに引き合わせるように、と言われたくらいだが、それ以外は特に変わらない。
いつものように昼の大量買い取りを捌いたあと、落ち着いた頃を見計らったように、その人物達はやってきた。
黒髪黒瞳の、この辺りでは珍しい色の男女の組み合わせだった。気の強そうな美人の女性の後ろに、優柔不断っぽそうな少年。はっきり言うとどちらも冒険者には見えない。冒険者は、全員が全員そうではないが、未開地の探索や、魔物の討伐といった荒事をこなすため、がっしりした体格の人間が多い。そして圧倒的に男性が多い。シンディーの経験則でいえば、二人は冒険者ではないだろう、と思った。どうでも良いことだが。
これ終わったら休憩に入ろう。なかば現実逃避気味にそんな事を考えながら、意志とは無関係に繰り出されたマニュアル文言と共に番号札を渡す。女性が後ろの少年に捨てるようにして渡した(?)番号札を見て、一瞬注意するべきかどうか迷い、張り付けていた笑顔が固まった。
申し訳なさそうな少年の顔を見て、ああ振り回されてるのかな、女性の方は気が強そうだし、少年は頼りなさそうだし、と邪推と失礼な事を考えながら二人に対しては何も言わず、女性が背負っていた麻袋を受け取る。
「これは……ワイルドウルフの素材!?」
シンディーは、麻袋の中身を見て驚く。討伐ランクCランクの魔物。それが三体分。一対一では大した事がなく、冒険者の一つの壁、とも言われる魔物だ。この魔物の恐ろしさは、単体ではなく、組織的な群での行動と、非常に優れた奇襲にある。集団で行動し、場合によっては格上の相手とも互角以上に戦う事にある。ランクでいっても、中堅の冒険者がCランク、もっとも多い冒険者のランクがDである事から、この魔物の危険度が解るといえる。
こんなもの、どうやって。とは思いつつも、しっかりと品定めし、手を止めないシンディー。最近は大した買い取りを行っていなかったので、その査定にも熱がこもろうというもの。
さらに、よくよく見れば皮の状態もよく、骨や牙といった素材も筋肉をそぎ落とされ、こちらの状態も高品質だった。査定のしがいがある。
数分後、満足行く査定額を書類に記入し、先ほどの男女に買い取り額を見せる準備ができた。
番号札を呼ぶと、二人がやってきて、こちらが提示を促すより早くギルドカードを渡してくる。
「ありがとうございます。買い取り額はこちらになりますが、いかがなさいますか?」
記入した査定額を提示すると、女性はちらっと一瞥しただけで答えず、男の方が内容にざっと目を通し、問題無いことを伝えてくる。
よし、とシンディーは心の中で歓声をあげる。自分の納得いく査定額に、承諾を貰えるこの瞬間が、達成感があり好きなのだ。
預かったギルドカードを、魔導具の上におく。この魔導具は大部分が水晶版になっており、水晶にそのギルドカードを持つ人物の情報が映し出される非常に便利な品物だった。……彼女はその原理を良く知らなかったが。高度の魔術が使われているらしい。
ギルドカードに残留した、女性の魔力が水晶版に伝わり、情報を映し出す。
「えっ」
徐々に露わになるそれに、シンディーは思わず声をあげた。