主人公!
小説内にある、某ライトノベルの新人賞ですが、執筆当初は実名を出していましたが、配慮してぼかしました。最近はそういった名義に対する使用も厳しいようなので。
感想やご意見をいただければ幸いです。
「こんばんわっす」
俺、秋田ヒロは文芸部室のドアを開ける。
「ばんわっす」
「ばんわ~」
いつも通りというかなんというか、部室には先客がいた。
今井アキトと水町ミカネが、おのおのの指定席に着いて、キーボードをタイプしている。
そう、俺たちは文芸部。
それも、文芸部室を占拠してまったく別の部活動を始めたり、ゆるゆるな日常を送ったりといった昨今のライトノベルや日常系アニメに反逆するかのごとく、本気で作家を目指す事を目的として活動する、熱意ある文芸部なのだ。
学校の会誌?
そんなものは執筆しない。
俺達が執筆するのはすべて作家デビューが可能な小説大賞への応募原稿だ。
だが、しかし。
なぜだ。
「くそ……また落選した……」
部長、谷川シズカが肩を落として部室に入ってきた。
この、今にも崩れ落ちそうなテンション。
そうなのだ。
何度でも言うが、我々文芸部は、文芸部の名を借りただけの暇つぶし同好会でも、部室を使ってキャッキャうふふの青春イベントが巻き起こるようなギャルゲー風味の展開もない、本気で作家を目指す事を目的として活動する、本気と書いてマジと読む文芸部なのだ。
なのだが。
…………なぜか、小説家になれない。
俺が知る限り、誰一人、在学中に作家になったものはいない。
俺を含めた全員が、学生生活という青春のほとんどすべてを、パソコンに向かって小説を書く事だけに費やしているというのに、だ。
なぜだ?
なぜ、神はこんな理不尽を我々に強いるのか?
高校生のガキは作家など目指さずに、おとなしく読書感想文でも書いていろとでもいうのか?
「部長、今回は何に応募したんです?」
「…………某、年に四回選考が行われるライトノベルレーベルのやつだ」
「…………このシズカ部長は小説大賞撃墜率トップの文字通り『部長』だ。容姿は淡麗、頭脳明晰だが、将来、仕事の合間に趣味で小説を書くのではなく、職業として小説を書き続けたいという理由で高校の今頃から作家を目指している。現在三年生。作家以外に希望の進路なし。……つまり、王手だ」
「黙れ。そういうのは地の文でやれ。何が王手だ」
おっと、失礼。
「まぁ、話戻しますけど。あそこの新人賞って評価シートくれますよね?どうでした?」
「う……それがな……」
部長がカバンを開け、中から一枚の紙を取り出す。
評価シートだ。
俺はそのレーベルの新人賞には応募した事がないので、その評価シートにどんな事が書かれているかわからない。当然、興味がある。
一心不乱に自分の作品を書いていたアキトとミカネも自分の席を立ち、部長の評価シートを覗きにやってきた。
シートにはA~Eまでのアルファベットが並び、一見では何が書いてあるか見えなかったが、部長は皆に自分の評価を見られるのが恥ずかしいのかさっさとそのシートをカバンに戻した。
そして、告げる。自分の作品の欠陥を。
「…………キャラクターに……個性がないらしい」
「「「ああ……」」」
一同、納得。
部長が書いた原稿は、投稿前に俺達三人がチェックした。
話のアイデア自体は面白かったし、部長は文章力もある方なので、ひょっとしたら今回こそ、この文芸部からラノベ作家が誕生してしまうのでは……と、思っていたのだが。
「たしかに……よく考えれば、主人公が弱すぎだったような気がする……」
部長は主にファンタジー物か、SFものを書く。
今回応募したのは、たしかこんな話だ。
『勇者の弟を持つ病弱な主人公は、素晴らしい才能と素質をもって生まれた弟にすべてを奪われて、若くして死んでしまう。死んだ主人公はさらに理不尽な事に地獄に送られる。自分はなぜ、こんな理不尽な思いをしなければならないのか。主人公は地獄を支配する魔王になって神に復讐する事を誓う』
という感じの、一種のダークファンタジー。
部長持ち前の文章力もあって、結構面白かった。
だがしかし、この主人公。
なかなか強くならない。
「アタシはバトル物は王道が好みだから、ダークファンタジーについてはあんま分かんないけど、主人公って大抵、物語の起点にはいきなり強くなったりするもんなんじゃないの?隠された力が覚醒したりして。その方がスカッとする」
ミカネが意見を言う。
このミカネは俺と同級生。
女だが少年漫画をこよなく愛し、ミカネが書く小説も熱血のバトル物が多い。
そんな彼女からすれば、魔王になって神に復讐なんてデカイ事をほざいている奴が、全然強くならないのは気持ちがいいものではないのだろう。
「そこが問題なんだ!」
部長は立ち上がり、部室内に備え付けられているホワイトボードに何か書きなぐる。
今日の議題が決定したようだ。
ここは文芸部だが、小説家を目指すにあたって全員のスキルアップのために議論を飛ばしたりもする。
どうすれば、自分の書く小説はより面白くなるのか。
どうすれば、デビューできるのか。
そういった意見を交わす。
議題は大体、部長が決める。
そして、今回の議題は……。
『主人公!』
だ、そうだ。
「たしかに人気のあるライトノベルや漫画は、主人公が魅力的だ。とにかく強かったり、カッコ良かったり。なぜかモテたり。だが、果たしてそんな奴らばかりが『主人公』であっていいのか? 生まれつき特殊な力を持っていたり、世界を救う運命を背負っていたり、それはつまり、自分で大した努力もしていないという事だろ?」
「いや、それは言いすぎじゃないか?アクション作品なんかで頑張って修行して強くなる主人公だっていっぱいいるだろ?」
さすがに少年漫画に思い入れがあるだけあってミカネは反論する。
「たしかに、まったく努力していないというのは言い過ぎかもしれないな。だが、だとしても恵まれているのに変わりはないだろ? 修行と言ったって一週間かそこらでメキメキと上達したり。某七つの玉を集める少年漫画なんか一日が一年になる部屋を使って修行できる優遇されっぷりだ」
「国民的大人気漫画の主人公になんて事言ってんだ、あんた!」
「だって、そうだろ?元から強い奴が、大した挫折を経験する事もなく、都合のいい運命だとか、最強の武器だとかを手に入れて、もっと強くなって……そんな物語のどこに希望がある。ようは才能のない奴はなにも出来ないといっているのと同じだろ?」
「謝れよ!世界中の熱い主人公達に謝れよぉ!」
たしかにこの二人の言う事はどちらも正しい。
ライトノベルや少年漫画……特にバトルシーンの多い作品では、主人公始めとする主要キャラクターの魅力が、その作品の魅力だといってもいい。
だが、そういったいわゆる魅力ある主人公というのは、ほぼ全員と言っていいほど、何か特別な才能を持っている。一言で言えば『天才』揃いなのだ。
生まれた時から世界を救う宿命を背負っていたり、最強になる素質を備えていたり、特別な能力や特技を持っていたり。
物語を面白くするために、時たまライバルや敵キャラに負けたりもするが、それでも修業したり、新しい武器を都合良く手にしたりして、わずかな期間で、より強くなる。
読者としては、物語の都合上、仕方ないかな、と思えなくもないが、小説を書く側になると、あまりそういうご都合主義を乱発するのは抵抗があるというのは、俺自身小説家を目指しているものとして分からなくはない。
世の中には序盤が面白かったのに、ご都合主義のやり過ぎで面白くなくなってしまった物語もあるのだし。
「つまり部長は、あくまで普通の人間、それも、どちらかというと弱者とか、恵まれていない人を主人公にして話を作りたいと」
「ああ、そうだな」
「でも、それだとバトルとかになると、すぐ死にますよね。普通に考えて」
「まぁ、そうだな。なにしろ、全然強くない、普通の人間が主人公なわけだから。すぐ死ぬな」
バトルものの物語を作っている作家先生達も、揃いも揃って主人公をチートキャラにしたいわけじゃないだろう。
だが、主人公弱くすると、物語を進める事ができない。すぐ死んでしまうから。
そのすぐ死ぬというのを回避するために主人公を不死身にする手法が見られるが、はっきり言って不死身な主人公は弱いとは言えない。むしろ、最強に近い。
ちなみに部長が弱い主人公をどうにかこうにかバトルもので活躍させるため使った手法がこれに近い。
主人公が一度死んで地獄に落ちるのだが、地獄は死者の世界だから二度は死ねない。死なないが痛みのある世界でバトルロワイアルを繰り返しながらだんだん強くなっていく主人公が、その死ねない地獄からの脱出方法を見つけ出して魔王になるという、バトルものだか脱出推理ものだか良く分からないストーリーだった。
あらすじだけ見るとなんだかよくわからないが、主人公の心情の描写と、地獄からの脱出を思考する心理戦などが凝っていて、なかなか面白かった。
まぁ、バトルものと言っていいかどうかは、ちょっと分からないが。
「ふ、それなら簡単だよ」
アキトが眼鏡を少し持ち上げながら会話に混ざる。
「普通の人間を主人公にしても違和感のないジャンルで小説を書けば良いのだ。例えば、僕が良く書くミステリー。もしくは、小説ではあまりみないがスポーツや音楽をテーマにした小説などだ。昨今では、なにげない日常を描いた作品も増えているようだぞ」
アキトはミステリー小説か、それに準ずる頭脳ゲームものの小説を書く事が多い。
小説家を目指すと言いながら、実質ラノベ作家しか目指していない俺含めた他の三人とは違い、本格的なミステリー作家になる事を目指している。
将来の夢は『このミステリーがすごい!』に自分の作品を載せる事らしい。
「他にはヒロの良く書くラブコメ……恋愛ものも、主人公が普通の人間である事が多い。いや、むしろ主人公が平均より駄目な方がヒロイン達のキャラが立つ風潮にあるようだが?」
……そう、俺が書くのは主にラブコメ。
個人的には凝った設定を作るのが苦手なので、会話回しを主軸にした笑える小説、単なるコメディを書いているつもりなんだが、ここにいる文芸部のメンツが言うには、俺の書いているのはラブコメらしい。
ここにいるメンツには、もういまさら隠す気もないが、クラスの友達には絶対に話せない。たいした恋愛経験もないのに、ラブコメを書いているとか……恥ずかしすぎる。
「ま、まあ、そうですね。作品のターゲットにもよりますが、男性向けのラブコメとかだと、ヒロインの女の子の魅力が作品の魅力ですから。ぶっちゃければ、男性主人公なんてどうでもいいんですよ」
はっきり言って、男性の主人公は女性キャラメインのラブコメにはいらないと言っても良い。
主人公をあえて作るなら、なるべく普通で、読者が感情移入できるような主人公にする。
主人公があまりに読者である一般の男性とかけ離れていて、それこそ少年漫画の主人公みたいな超人キャラだったら、感情移入ができず、ただ他人の恋愛事情を見せつけられているような気分になるからだ。
他人が女とイチャついてるのを見たって、ムカツクだけだろ?
「う~ん、そう言われるとそうだが。だが、私はあくまでファンタジー小説か、さもなければSFでデビューしたいんだが……」
「いや、だったら魅力的な主人公、考えましょうよ。無茶苦茶なくらい主人公が強くても、全体のストーリーが面白ければ気になりませんって。部長は文章自体は面白いんだし、あとはキャラとストーリーを錬り上げれば、充分デビュー狙えるますよ」
俺自身もデビュー経験のない素人に過ぎないが、これは本心だ。
商業作品と趣味の作品は違う。
だから、所詮気休めにしかならないのかもしれないけど。
少なくとも俺は、部長の書く小説は面白いと思っている。
もちろん、そんなアマチュアの俺達に気付けなかった問題点をプロの選考委員会が見つけ、部長を落選させたという事実は受け止めなければならないけれど。
それでも、俺はこのシズカ部長が小説家になる日を信じている。
「いやぁ……でも……それは……」
だが、部長はなおも渋る。
主人公を魅力的に、分かりやすくいえば強者にする事のどこがそんなに嫌なのか。
「部長、そうしてそんなに主人公を強くしたくないんですか?普通、物語っていうのは主人公ありきで進んで行くはずですよね?主人公が何か特別な存在じゃないと、やっぱ、どうしたって話の進め方に限界が……」
「う……それは……」
部長は俯き、ポツリポツリとこぼす。
「だって……主人公が必ず強いなら、主人公が必ず勝つなら…………主人公になれなかった奴は、どうなるんだ?」
主人公は常に強い。
主人公は常に勝つ。
演出上の都合で、一度や二度負ける事もあるが、大局的に、最終的に主人公は必ず勝つし、誰よりも強くなる。
いや、仮に負けても花になる。とても雄々しく、堂々と、後少しで勝てたかもしれないような激闘のすえに敗北する事が出来る。
だが、主人公になれなかった人々はどうだろう。
頑張っても、強くなれない。
足掻いても、勝てない。
どれだけ足掻いても……主役にはなれない。
負けても見向きもされないし、勝ってもそこに栄光はない。
そんな、何にもない人生を、主人公になれなかったものは送る事になる。
「でも、それは考え過ぎでしょう?小説っていうのは、何を言ってもエンターテイメントなわけで。つまり、多少無理な展開でも、それで読者が楽しんでくれるなら書いた方が良い」
「ああ、分かってるさ。でも……なんだか、自分と重ねてしまって……」
ふと気付く。
部長の手が……震えている。
「私は……小説家になりたくて。だから、いままで、たくさんの小説を書いてきて……でも、なれなくて……たまに思うんだ……自分の夢を、叶えられるのは『主役』に選ばれた一握りで……私は、脇役なんじゃないかって。だから……」
だから、これから小説を書き続けても、小説家にはなれないんじゃないかって。
そう、部長は言った。
いま、ようやく分かった。
なんで、部長が強い主人公や生まれつき宿命を背負った主人公じゃなくて、普通よりも弱い主人公で物語を書きたいのか。
それは、例え弱く惨めに生まれても、頑張れば、恵まれた主人公達に勝てるようにという思いと。
脇役みたいにちっぽけな部長自身でも、いつか主人公になれるようにという願いを込めての事だったんだ。
「……そうか。部長なりのポリシーだったのだな」
「……すまねぇ、部長さん。何も知らずに、いろいろ言っちゃって」
「……部長なら、書けますよ。いや、俺達に見せて下さい。貧弱で、才能なんかなくたって、全力で頑張れば、きっといつか、『主人公』になれるって事を」
アキトも、ミカネも、そして俺も、もう何も言わなかった。
部長は顔を上げて言った。
「任せろ! 次こそ……次こそ、必ず作家デビューしてみせる! 凡才の私の書く、凡才が主人公の小説でな!」
……宣言する部長の姿は、まるで少年漫画の『主人公』のようだった。
●
翌日。放課後。
「昨日の議論を元に新作を書いてきたぞ!見てくれ!」
そんな声と共に、我らが部長のお出ましだ。
文芸部にはすでにアキト、ミカネ、俺が揃っている。
それにしても昨日の今日で新作を書きあげるなんて……なんて、速さだ。
「今回は主人公が平凡な高校生のラブコメだ!」
「「「…………」」」
一同、沈黙。
部長だけがのりのりで喋る。
「いやぁ、書いてみると結構いけるものだな。変に苦手意識を持つのは良くない。臨機応変、大事!」
「……部長、あの、昨日はファンタジー以外書きたくないって言ってませんでした?」
「おいおい、何を言ってるんだ?」
やれやれって顔で部長が腕を振る。
いや、やれやれなのはこっちなんだが……。
「確かに、昨日私は主人公が貧弱なファンタジーを書いてデビューしたいと言った。だがな、大事なのは私が何を書きたいかじゃない……読者が読んで面白いかどうかなんだ!!」
ドヤァ! と、効果音が付きそうなくらいの清々しいドヤ顔。
うわ、腹立つ。しかも、それ、俺達が散々言ってた事だし。
「確かに、今でも私はファンタジーが書きたい。だが、主人公をどうしても普通の少年にしてしまう私にファンタジーでしかもバトルは、君達の言う通り向いていないのだろう。もちろん、同人誌やウェブでの投稿など、趣味で行うならそれもありだろうが、小説家とはサービス業。読者に喜ばれ、お金を払ってもらわなければならない。ならば、私は書きづらくとも、より自分の力が発揮できるジャンルを書こう。書きたいものではなく、読者が望むものを書く。なかなかにジレンマだ。だが、やるしかない。最大の敵は己自身というわけさ。……お、いま私、主人公っぽかったか?」
「「「………」」」
俺たちは、疲れた顔で自分の指定席に付き、自分の作品執筆に取り掛かるのだった。
今回の結論。
主人公は魅力的に。
ただし、主人公に合わせてストーリーや世界観を作るのもアリ。