10・エピローグ
「ね、ねぇマーノ? もう少し緩められない?」
「これが最大限の譲歩です。これ以上は諦めてくださいませ」
「でもこれ苦し……はうっ」
ぎゅ、とコルセットを締められ、シーナは苦しげな声を上げた。せっせとドレスを着せていく侍女のマーノはそんなシーナなどお構いなしだ。国一番の仕立て屋が腕によりをかけて作り上げたこのドレスを最高の状態でシーナに着せることが、今日の彼女の使命であった。ミーハーな彼女は自分がその役目を果たせることにえらく燃えていたので、何を言っても無駄だとシーナは悟る。
皆に冷たい目で見られ、辛く当たられるレテンベールの王宮において、このマーノだけが真っ当にシーナの侍女を務めてくれている。その点において、彼女には感謝してもしきれない。
コンコンとドアがノックされ、少し開けられた隙間からゼオの声がした。
「シーナ、もういい?」
「駄目ですよ殿下! 入ってはなりません!」
「……はいはい」
シーナが言うまでもなくマーノがゼオを追いだし、彼は大人しくドアを閉める。なんでも、完成するまでゼオにはシーナの姿を隠し通すらしい。
ドレスを着付け終えたマーノは、今度は最後の仕上げのベールを取り付けにかかった。真珠の散りばめられた薄絹が、シーナの美しく結いあげられた髪を覆う。
「……完璧です。シーナ様、お美しいですわ」
マーノは自分の出来にご満悦だ。鏡に映る自分はまるで別人で、シーナも満更ではない気持ちになる。何といっても今日という日は、どんな女性だって世界中で一番綺麗になりたいと思うものだろう。
「殿下を呼んできますね」
そう言ってマーノが部屋を出たが、その必要はなかったようだ。彼女が部屋を出てからものの3秒で再びドアが開けられ、ゼオが勢いよく入ってきた。大方ドアの前で待っていたのだろう。
「きれいだ」
ゼオはシーナの全身を身、目を見開くと、次の瞬間には満面の笑みでそう言った。人生最大の決断をしたあの日からゼオには何度もその言葉を言われてきたが、やはり今日聞く言葉は格別だった。
シーナの目前まで歩いてきた彼は一部の隙もなくタキシードを着こなしている。普段から王子然としている彼だが、今日はまるで絵本の中からそのまま出てきたような王子様だった。
そんな彼が、今日から自分の旦那様になる。そして自分は、正式なゼオの妻。
まだまだレテンベールでの風当たりは厳しく、挫けそうになることもあるけれど、ゼオの隣にいるかぎりシーナは何度だって立ち上がれるだろう。
ゼオの立場上海中で結婚式を挙げなければならなかったが、その後に彼はシーナの為に地上でも結婚式を挙げようと言ってくれた。そして今日が、その日である。海中での結婚式もそれはそれは素敵だったけれど、幼い頃から憧れてきたドレスをこうして身に纏えるのは、シーナにとってやはり格別だった。
「ああ……どうしてこんなに綺麗なんだろうなあ」
その言葉にくすりと笑ったシーナは、つま先立ちしてゼオの首に手を回し、耳元に口を寄せた。
――それはね、その天色の瞳に、あたしだけが映っているからよ。
これにて完結となります。
ですが拍手小話を1話だけ書いたので、その扱いに困っています。自サイトで小話を入れ替えた際、こちらにひょこりと入れ込むかもしれません。
ともあれ、一応これで完結設定といたします。お付き合いいただきありがとうございました!




