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黒い夏  作者: 相澤 一至
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 ばあちゃんが死んでからは、時間があっという間に過ぎたような気がする。

僕はそのまま実家に滞在して、お通夜と告別式をすませることになった。もともと学校はそんなに行かなくてもよかったから放っておいたが、アルバイト先と、美樹だけには連絡を入れた。

電話をすると、美樹は驚きながらもとても気を使ってくれているようで、僕を慰めるようなことを言っていたが、僕は不思議と冷静だった。葬儀の間中も、妹や従姉妹連中は泣きじゃくっていたが、僕はただ黙ってばあちゃんを送った。自分でも、もしかしたら自分は冷たい人間なのではないかと疑ってしまうほどだ。悲しいことは悲しいのだが、泣いたりとか取り乱すようなことはおろか、ひどく落ち込んだ様子すら周りには見せなかった。

僕なりに何か考えることもあったのだろうが、なにしろ僕にとって初めての身内の不幸ということもあり

慌しさも重なって、あまり実感というものがなかったのかもしれない。

こう言うと自己弁護のようで嫌だが、僕はなによりあの死に際のばあちゃんの満足げな表情が僕の心を癒してくれているような気がする。僕が平静を保っていられるのも、全てはあの死に目に会えたからだと半ば強引に勝手に解釈していた。


区営の小さなホールでの葬儀の一通りが済むと、火葬場に直行し、その日の夕方には骨壷に収められた小さなばあちゃんを家に連れて帰ることができた。僕は父親に言われて、近所の人がお線香をあげに来た時用に、主がいなくなってひっそりと静まり返るばあちゃんの部屋に小さな祭壇のようなものを作った。

遺影と骨壷をその上に飾り、線香立てと蝋燭を元々そこにあったじいちゃんの仏壇から拝借した。台に使ったローテーブルがみすぼらしかったので、母親の部屋から白いシーツを持ってきてそれを台に掛け、その上に改めて飾り付けると、それらしくなった。

その日の夜は久しぶりに、家族みんなでばあちゃんの部屋で酒を飲んだ。最初こそ悲しみと疲れのためかみんな口数が少なかったが、いつの間にか今までばらばらのように思われていた家族が明るく思い出話などをするようになっていた。

ばあちゃんの遺影の顔は少しはにかんだように笑っていた。


翌日には僕はアパートに帰り、普段の生活に戻った。

人の死とは実にあっけないものである。4日もすれば普段通り。後は49日の納骨だけだ。

その日までばあちゃんの部屋はそのままにしてある。


「でも、最後にあえてよかったね」

「まあね」

久しぶりのアパートの帰った僕は部屋で美樹とぐだぐだしていた。アルバイトも一週間休みをもらい、大学の講義もない僕は暇だったのだ。僕は普段通りに昼過ぎまで寝て、起きてからはワイドショーを眺めていた。そうしたら午前中に大学の用事が終わったらしく美樹がアパートを訪ねてきた。部屋に入れて落ち着くと、当然話はばあちゃんの話になった。


「それにしても、最後におばちゃんは何て言いたかったのかな」

美樹は買ってきたお菓子の袋を開けて、ひとつつまんでそれを慎重に眺めて言った。新作のお菓子なのかかりんとうのような形をしたお菓子だった。

「さぁね。そのことは、みんなで集まった時にも話題になったけど、誰もはっきりとした答えは言わなかった。すぐそばで聞いていた僕にも分からなかったんだから」

僕はそのお菓子が少し気になり、ひとつもらおうと手を伸ばして答えた。

軽いチョコレートスナックのようで、口に入れるとふわりと溶けて食感は良かったが、どこかで食べたことのあるような味だった。

ひとつ食べると、妙に空腹感がわいてきた。今日は起きてからまだ何も腹に入れていない。


「でも、今日ってきこえたんでしょう」

「うん。僕にはそう聞こえた」

僕はまたお菓子を手にとって口に入れた。


「だったら、今日は来てくれてありがとうとか、今日までありがとうってことが言いたかったんじゃないかな」

「妹も同じようなことを言っていたな。でも俺は違うと思うんだよ」

僕は答えながら口の中で、何の味だったか思い出そうとしていたとしていたのを打ち消して、あの時の光景を頭の中に浮かべてみた。つい四日前の出来事だというのに、ひどく昔のことのように感じられた。


「何で。だってその後満足気な表情だったんでしょう」

「そうだよ。でも、あんな場面でそんなこと言うかな?ばあちゃんは頭も少しボケかかっていたんだぞ」


「死ぬ間際に奇跡的に頭がはっきりしたとか」

「ありえないね。それにきょうに続く言葉がそんなニュアンスじゃなかった」


「どういうこと?」

美樹が視線をあげて、僕の方を見つめる。何かが彼女の興味を惹いたみたいだ。

「そんなに長い文章じゃないんだ。そうだな『今日ごくろうさん』みたいな感じだったな」


「なにそれ。そう言ったの」

美樹は僕の答えに少しがっかりしたのか、あきれたように聞いた。きっと死ぬ間際の最後の言葉に何かしらの意味や感動的なものを期待したのだろう。

「うん。今口に出して見てはっきりと分かったけど、これが一番しっくりくるな。いや、確かにそう聞こえた」

僕は頭の中で、もう一度復唱してみる。


「どういう意味?」

「さぁー。俺が遠くから駆けつけたから、ごくろうさんって言いたかったんじゃないか。それとも、もしかしたら特に意味なんて無いかもしれない。あの時はもう意識も朦朧としていただろうし…」


「ふーん。ごくろうさんね。確かにおばあちゃんが言いそうだよね。ああ別に淳一のってわけじゃないよ。一般的にさ」

「わかってるよ。もうこの話は終わりだ。これ以上考えても何もない。ドラマじゃあるまいし、普通の人の最後の言葉に特に意味なんて無いんだよ」

僕は立ち上がって、ベットの上に投げてあるジーパンを取りながら言った。


「どうしたの?どこか出かけるの?」

「えっ。ああ腹が減ったからコンビ二に行って何か買ってこようと思って。美樹も行く?」


「いいよ、わたしは。来る時買ってきたから。それなら言ってくれれば何か買ってきたのに」

「だってお前かってに来たじゃないか。来るのが分かっていたら頼んだよ」


「てへ、そうだっけ」

「そうだよ。気がきかないなぁ。」

僕は冗談っぽく言うと、玄関に向かった。

美樹はワイドショーから、再放送の韓流ドラマにチャンネルを変えていた。

こんな時間に美樹が突然来た意味が分かったような気がした。


アパートを出ると、まぶしい光が一杯で、家の目の前にあるどぶ川をキラキラと光らせていた。その脇に生えた雑草は青々と逞しく伸び、まだ5月にもなっていないのに、夏の到来を予感させた。

もうすぐゴールデンウィークだ。

僕はこの季節が好きだった。意味もなく何処か遠出したくなる。

僕の心にここ何日か忘れていた、うきうきとした感情が沸き起こってくる。

陽気な天気に、足取りは軽く僕は駆け出してしまいそうになりながら、コンビ二に向かった。


しかし、帰り道は連休中に就職セミナーがあったことを思い出し、うきうき感は無くなっていた。

僕の一瞬の春の行楽シーズンは終わった。



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