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黒い夏  作者: 相澤 一至
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 大学の春休みが終わり、僕はいよいよ四回生になった。

学校のキャンパスには沢山の桜が咲き乱れ気持ちの良い風が吹くたびに、ピンクに染まった花びらが眼前を舞った。

今年も沢山の新入生達が入学してきて、校門の近くはサークルや部活の勧誘合戦が繰り広げられていた。

この風物詩が見れるのも今年で最後だ。

すれ違う見慣れない顔の生徒達はみんな一様に目をきらきらと輝かせて、誰もが新しい出発に心をウキウキさせているようだった。


僕を除いて。

この春休みもアルバイトに明け暮れていた僕は、まだ内定どころかまともな就職活動すらしていなかった。やろうやろうとは思っていたが、なかなか行動には移せず、自堕落な生活をするうちについに四回生になってしまった。

このお気楽な生活もあと一年。

いやがおうにも、来年の春には社会に出なければならないのだ。

頭が良くて成績がよければ院に進むことも可能だろうが、僕には無縁の話だ。

僕は将来のことなど考えたこともなかったし、自分が何をやりたいのかすらわからなかった。

もう遅いくらいだが、これから始まる就職活動の事を考えると嫌気が差しため息が出た。


「どうしたの?ため息なんかついちゃって。」

隣を歩く美樹が明るい笑顔で、僕に言った。

美樹とは同級生でゼミも同じだった。

「ああ、いや。今年で最後かと思うとね。なんかこう、切なくなるよね。俺も入った時は希望に燃えていたんだけどなぁって。」


「そうだね。ちょっとさびしいよね。でもまだ一年あるし、まだまだ先だよ。それに淳一にとっては今年が最後かどうかなんて、まだわからないジャン。」

「はぁ。どういう意味?」

「だってまだ、就職どころか卒業できるかも分からないジャン。」

「ああそっか。ってお前、俺だってわりとやることやってるんだよ。卒業ぐらいするわ。」


「あはは。そっかそっか。とりあえず先のことは置いといて、今日は花見だしみんな待っているから早く行こう。」

そう言うと美樹は桜吹雪の中を踊るように食堂の方にかけて行った。

白いスカートをふわりとさせる彼女は、子供のように無邪気で可愛らしかった。とても四回生には見えない。

どうしてこの娘が僕の彼女をやっているのか少し不思議に感じるくらいだ。

「お前はいいよな。気楽で。」

僕はあきれるように言ったが、美樹には聞こえていないようだった。

美樹はもう内定が決まっていた。

何でも外資系の製薬会社でMRをするそうだ。

MRという仕事が、僕にはどんなものかよく分からなかったが、文系でも就ける医療関係の営業みたいなものだそうだ。

彼女はどうしてもMRになりたかったらしく、三回生の頃から豆に就職活動を行い、内定を貰っていた。

そして早くも来月から内定者交流会?みたいのに参加するらしい。

まったくうらやましい限りだ。


先に行く美樹を眺めていると、突然僕の携帯がなった。

僕はジーパンの右ポケットから、もぞもぞと携帯を取り出した。ジーパンがきついからなのか、いつもすっとスマートに携帯を取り出せない。

着信表示を見ると、母親からだった。

(何だろう?こんな時間に。)

母親は事務のパートに出ているので、こんな時間(月曜日の午前中)にかかってくることなど今まで一度もなかった。


「もしもし。」

「もしもし、淳ちゃん。」

聞きなれた母親の声だ。

離れて暮らしていても、先週電話で声を聞いたばかりだ。懐かしさも何もない。

「ああ、どうしたの?何かあったの?」

「実はおばあちゃんが、昨日の夜から、容態が悪化して…。危篤状態なの。帰ってこれないの?」

「えっ。」

先週母親から電話で聞いて、ばあちゃんが入院していることは知っていた。

ばあちゃんももう年だから、ある程度は覚悟していたが、こんなに早くに危篤になるとは予想外だった。


「あなた今何処にいるの?」

「えっ。学校だけど。何?ヤバイの?」


「うーん。私もよく分からないんだけど、お医者さんの話では家族を集めてって。」

「・・・わかった。じゃあ、これからそっちに向かうよ。病院は?あっ、とりあえずそっちついたら、またかけ直すわ。」


「そう。わかった。待ってるわ。」

「うん。じゃあ、あとで。」


電話を切ると、先に行った美樹が笑いながらこっちを向いて、僕を待っているようだった。

僕は走って美樹の元へ向かい、事情を説明した。

「えっ。それじゃあ、これからすぐ実家帰るの?」

美樹は笑顔から一転顔を曇らせて言った。

「ああそう。悪いけど、みんなに事情を説明して謝っておいてくれないか。」


「それはいいけど…。おばあちゃん大丈夫なのかな。」

「……。まあ、年だしなんとも言えないけど。」


「淳一一人で大丈夫?私も一緒に行こうか?」

「ばか。子供じゃないんだから、平気だよ。それにお前花見楽しみにしていたジャン。だから楽しんで来いよ。」


「でも…。」

美樹が心配そうに僕を見つめる。

「いいから、行けよ。なんか逆に水さしちゃったみたいでゴメンな。」


「じゃあ、後で必ず連絡して。」

「おお、するから。俺のことはほっといて、大学最後の花見を楽しんで来いよ。」

「……。」

僕は言ってから、少し嫌味っぽかったかなと反省した。

「じゃあ、俺急ぐから。」

そう言うと僕は踵を返して、今来た道を校門に向かった。

背中から、美樹の電話するからという声が聞こえた。僕はその声には振り向かず、軽く右手を挙げて手を振った。

僕の心と同じように、桜の木もざわざわと揺れていた。







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