第6話:封じられし兵と、熊木の誕生
銃声の余韻が、校庭に長く残っていた。
弾丸は、二人の足元の地面に突き刺さり、乾いた音を立てて砂を跳ね上げる。
「――今のは警告だ」
軍服の青年の幽霊が、低く言った。
感情のない声だった。
「俺は成仏などしない。回れ右して帰れ」
葵の喉が、ひくりと鳴る。
結は一瞬だけ視線を伏せ、そして静かに判断した。
「……交渉決裂ね」
結は葵の肩を軽く押す。
「葵、校舎に入って。隠れなさい」
「で、でも……!」
「いいから。――私が相手する」
その声は、もう迷いを含んでいなかった。
◇
葵は校舎の中へ駆け込んだ。
暗い廊下、非常灯だけがぼんやりと赤く灯っている。
「隠れる場所……!」
息を切らしながら走った、その時だった。
――ぐっ。
足首に、冷たい感触。
「……え?」
次の瞬間、強く引き倒される。
「きゃっ!」
床に叩きつけられ、葵は転んだ。
絡みついていたのは――髪の毛。
黒く、濡れたような無数の髪が、意思を持った蛇のように葵の両足を締め上げている。
「な……なに、これ……!」
引く力は想像以上に強かった。
足だけでなく、太もも、腰、下半身へと絡みついてくる。
必死に手で引き剥がそうとするが、
幽霊の髪の毛同士が絡み合い、まったく取れない。
「や、やだ……!」
助けを呼ぼうと、口を開く。
「結さ――」
だが、次の瞬間。
髪の毛が、葵の口を塞いだ。
「――っ!!」
声が出ない。
さらに、腕にも絡みつき、拘束しようとする。
――殺される。
その恐怖が、脳裏をよぎった、その瞬間。
銃声。
――パンッ!!
髪の毛の幽霊が、弾けるように消えた。
葵は床に倒れたまま、息を荒くする。
視線の先には――
銃を構えた、軍服の青年の幽霊。
「……助けて、くれた……?」
だが次の言葉で、その期待は打ち砕かれた。
「そんな格好をしてるから、襲われるんじゃないのか?」
青年は、葵のスカートと下着を一瞥し、嘲るように言う。
――また。
また、その話。
葵の顔が一気に熱くなる。
恥辱と怒りが、胸を焼いた。
「……っ!」
その瞬間――
ドゴッ!!
軍服の幽霊が、吹き飛んだ。
結だった。
「私の姪っ子に、銃を向けるな!」
結は間髪入れず、お札を投げる。
白い札が空を切り、幽霊の体に貼り付く。
ジュウッ、と音を立て、
軍服の幽霊は一時的に動きを止められた。
「今だ、走るよ!」
結は葵の手を掴む。
二人は全力で階段を駆け上がった。
◇
背後で、札が――燃えた。
黒焦げになり、灰となって散る。
同時に、軍服の幽霊が再び動き出す。
人間ではあり得ない跳躍で、
廊下と廊下をすり抜け、壁を通り抜け、
一直線に屋上へ向かってくる。
◇
屋上。
結は葵を塔屋の陰に隠す。
次の瞬間、屋上に軍服の幽霊が現れた。
銃口が、結を狙う。
――パンッ!!
結は紙一重で弾丸を避ける。
コンクリートが砕ける。
一歩。
また一歩。
銃弾をかわしながら、結は距離を詰める。
そして――
銃身を、掴んだ。
「――っ!」
引き金を引かせない。
もみ合いになる、その瞬間。
「人の下着、バカにすんなぁぁぁ!!」
塔屋から、葵が飛び出した。
手に持っていたのは――
封印用の入れ物。
全力で、幽霊の頭へ叩きつける。
光。
悲鳴。
次の瞬間――
軍服の幽霊は、完全に消えた。
入れ物だけが、重く地面に転がる。
◇
二人は、その場に倒れ込んだ。
息が苦しい。
心臓がうるさいほど鳴っている。
「……はぁ……はぁ……」
結が呟く。
「問題は……これからだな……」
葵が視線を向ける。
封印の器――
熊の木彫り。
その熊が――
カタカタ、と動いた。
「……え?」
次の瞬間。
熊の口が、開いた。
「なっ……なっ、なんだこの体はぁぁぁ!!」
「えぇぇぇ!!!」
「嘘っ!? 動けてるし、喋った!!」
「お前ら俺を出せ! 後悔するぞ!!」
葵は即座に言い返した。
「なにぃ? 後悔するのはあなたでしょ!」
熊が吠える。
「俺はこの一帯の強力な連中を鎮めてたんだぞ!!」
――その言葉に、結と葵は顔を見合わせた。
◇
数時間後。
焼肉屋。
煙と肉の匂いの中、
テーブルの上には――熊の木彫り。
「……名前、つけなきゃだよね」
葵が言う。
「熊の木彫りだから……
熊木さん、なんてどうかな?」
「ふざけんな!!」
その怒鳴り声に、
二人は思わず、笑ってしまった。
こうして――
葵と結と、熊木の奇妙な日常が始まった。




