とくつみしょの秘密 その4
電車に揺られ、改札を出て、司と柴山はとくつみしょを目指して歩く。
駅前の人の多さから、だんだん離れていき、とうとう人の通りがゼロになった。
(柴山先輩、警察官に話しかけられてからずっと、話さないな……どうしよう、気まずい)
前を歩く柴山の背で揺れる黒髪を、司は見つめて歩く。
「あ、あの、柴山先輩」
どうしても無言の間に耐えられず、司は声をかける。
「……どうした、新入り」
その声色はいつもより暗いものの、拒否されているようには聞こえなかったので、司は少しホッとしながら続ける。
「さっき『帰りが遅くなったら入れなくなる』っておっしゃってたのは、どういう意味ですか?」
すると、柴山が足を止めて司の方を向いた。ぶつかる寸前で、司も足を止める。
「部長、言ってないのか? 門限のこと」
その柴山の表情は、駅前で見た険しいものではない。
「門限があるんですか?」
それで更にホッとして、司は続ける。
「あぁ。変なヤツが入るのを防ぐために、夜8時にはビルに入れるあのドアの鍵を閉めるんだ。その鍵を持てるのは、部長より上だけだから、俺らは閉め出されるってわけ」
そう言って、柴山は自分の左手首の腕時計を見る。
「他に聞きたいことないか? 俺らの秘密に触れない程度なら、答えるぞ」
司の前から隣に来て、柴山が言う。
「えっと……とくつみしょっているのは、どういう意味なんですか?」
どれもが秘密に触れそうな中、触れないような事を言ってみる。
「あー……まぁ、これくらいならいっか」
柴山は小声で言ったのだろうが、隣にいる司にも聞こえたそれに、司の表情が曇る。
「気にするな。俺も無茶言った」
歩きながら答えると言われ、二人は歩き始める。
「俺らは、徳を積むことが目的なんだ。それが薬をもらえる条件だからな」
「徳を積むってことは……善い行いをするってことですか? あっ、だから悪行お断り……」
キミちゃんを助けた後に、天原が言っていたことを思い出す。
「でも、それだとボランティアが一番良いんじゃないですか? たしか善い行いって、見返りを求めたらいけないはずじゃ……」
キミちゃんを助けた時、黒石が飼い主から報酬をもらっていたことも思い出し言うと、柴山が目を丸くした。
「よく知ってるな」
「大学で学んだので」
「そういう細かいとこはよく覚えてないんだけどな? なんでも、ボランティアだと限界があるって話だった」
「なるほど……」
「他にも聞きたいことあるだろうが。まずは中に入るぞ」
「え? あっ」
気づけば、とくつみしょの看板が目の前にあった。
体が当たりそうなほど近いそれに、司は一歩下がる。
「新入り、そのエコバッグ持っててやるから。ドア開けてくれ」
「でも……それは」
「まぁまぁ。自分で寮まで行く練習だ」
左右に首を振る司にかまわず、柴山が司の左手からエコバッグを取る。
「じゃ、じゃあ……」
右手でドアノブを掴み、内側へ開ける。
「柴山先輩、電気が……」
司が明るい外に顔を向け、言いかけたそのとき。
「パァンッ! パァンッ! パァンッ!」
突然、複数の大きな破裂音がした。
同時に、真っ暗だった室内が明るくなる。
「な、なにが――」
「司くん、入寮おめでとう~!」
思わず閉じた目を開けると、カラフルな紙テープが大量に出ているクラッカーを三つも持った、天原がいた。
「どう? どう? 司くん、ビックリした?」
左手にクラッカーを持ったまま、天原が詰め寄ってくる。
「あ、天原先輩、これは……?」
「サプライズ!」
満面の笑みを浮かべ、天原が答える。
「一度やってみたかったの。ほら、私たち本来は動物だから、唐突な破裂音には耐えられなくて。だから、サプライズ出来ないんだけど」
「あ、僕は人間だから……?」
司が言葉を継ぐと、天原は再び笑みを浮かべてうなずく。
「先輩、成功でしたね!」
遅れて入ってきた柴山も、笑っている。
「えぇ! 協力ありがとうね、タロ。部長もありがとうございました」
振り返る天原の視線を追えば、貫田部長がデスクにいた。
「さて、黒石くんを呼んでくるかな」
よっこいしょと言って、貫田部長が立ち上がる。
ドアを開けて出て行く貫田部長を見ていた司に、
「まだ彩は慣れてないから、寮に帰ってもらってたの」
「慣れてないと言うと……?」
天原の言葉に、司が疑問を投げると、
「彩はまだ人になって浅いから、わかってい――」
「ほら、新入り! 先輩たちが買ってきた食べ物で歓迎会するぞ! 今夜はごちそうだ!」
背後から肩を組んできた柴山の勢いに、天原の言葉が最後まで聞こえなかったが。
「彩と部長が戻ってきたら、部長にドアの鍵閉めてもらって食べましょうね」
天原は微笑み、デスクへ向かっていく。
「新入り、一番に飲み物選べ。主役は新入りだからな」
「はい」
柴山に肩を組まれたまま、司も天原のいるデスクへと向かった。
「それでは、平田くんの入寮、ひいては採用を祝して。乾杯」
「かんぱーい!」
貫田部長の音頭に、天原・柴山・黒石が続く。
各々、自分のデスクについているので、持っている飲み物を合わせることは出来ない。
「乾杯」
司も、控えめにだが続く。
飲み始めるみんなに合わせ、司も紙コップに注いだビールを一口飲む。
「いいなぁ。あたしも早く飲めるようになりたい」
一人、炭酸ジュースを飲む黒石がうらやましそうに言う。
「黒石先輩は飲めないんですか?」
「人になってから一定の年数が経つことと、お酒の試験に通らないと飲めないことになってるから……ほんっとに」
言いながら、黒石は隣をにらみつける。そこには。グビグビと缶ビールをあおる柴山の姿。
「ぷはーっ! ん? どうした、黒石」
「べつに! 後始末、頑張ってね、新入りくん」
一気に炭酸ジュースを飲み干すと、中央に置かれたオードブルのローストビーフを何切れか取って食べる。
「後始末ってことは……」
「そう。タロってばお酒弱いのよ。なのに飲むペースが速いから、余計ね」
柴山本人に聞こえないよう、こっそりと天原が言ってくる。
「もし司くんがよかったら、今夜はタロの部屋で寝てくれるといいな。タロ、潰れちゃうから」
「わかりました」
天原に倣い、司も小声で答える。
「ありがとう。じゃあ、しっかり飲んで食べてね」
にこりとする天原に、司はうなずいてみせた。
「柴山くんが潰れたことだし。お開きにしよう」
貫田部長の言うように、柴山は空き缶の転がるデスクに突っ伏して寝息を立てている。
司が自分の腕時計を見れば、歓迎会が始まってからまだ一時間経っていなかった。
「平田くん、悪いけど柴山くんを頼むよ。ここの後片づけは、こちらでやるから」
「司くんはタロの介抱に集中してね」
「ほら、柴山先輩! 起きてください!」
黒石が、バシバシと音が鳴るほど柴山の背中を叩くが、
「う~ん……」
うなるばかりで、一向に起きる気配が無い。
「柴山先輩、肩借ります」
半分背負うような、半分引きずるような形で、司は柴山を椅子から降ろす。
「彩、寮に繋がるドアまでは開けてあげて」
「はーい」
司は、思っていたよりも重みのある柴山を、なんとか運んでいく。
「ありがとうございます、黒石先輩」
「後は頼んだから」
ドアの閉まる音を聞きながら、司は歩く。
「柴山先輩、大丈夫ですか? 気持ち悪くないですか?」
時々、声をかけながら歩いていると、
「……あー、戻る」
「えっ?」
司が反応した次の瞬間、ボンッと音がして重さが変わった。
「し、柴山先輩? 下ろしますよ?」
砂の道に、背負っているはずの柴山を下ろす。
木々の枝から差し込む月明かりに照らされ、見えたのは。
「い、犬?」
道に転がっているのは、黒い柴犬だった。
ツナギの中でお腹を上にして、口を動かし何か言っている。
「と、とにかくまずは部屋に……」
ツナギを回収し、背負う形から抱きかかえる形に変更して、司はニ棟の205を目指す。
「鍵は……あった」
ツナギにあるたくさんのポケットの中から、鍵を探し出し解錠する。
「お、お邪魔します……」
柴犬を抱いたまま、司は靴を脱ぎ中へと入る。
司の部屋と同じ作りの廊下を通り、奥のドアを開けた。
そこはベッドと棚がひとつ、それと備え付けのクローゼットだけの空間だった。
「柴山先輩、ベッドに寝ますよね。毛布、一枚借ります」
司が一旦、床に柴犬を下ろしてベッドの毛布を取っていると。
「あ」
床に置いた毛布の上に、いつの間にか柴犬が寝ていた。
「し、柴山先輩。僕がそっちで……」
やんわりと毛布を引き抜こうとするが、動かない。
やり方を変えて柴犬を抱こうとするが、なぜか部屋に運ぶまでよりも重く、なかなか上がらない。
「……すみません。ベッド、失礼します」
諦めた司は、ベッドに寝転ぶ。
(あの首輪、柴山先輩の物なのかな……)
ベッド横にある棚に置かれた赤い首輪を見ながら、司は眠りに落ちた。
体調を崩して、執筆スケジュールが大幅に遅れました。
なので、やむを得ず来週の土曜日(30日)は更新お休みになります。
9月6日(土)には更新できると思いますので、それまでしばしお待ちいただきたいです。




