とくつみしょの秘密 その3
とくつみしょの秘密が、明らかに
そして、柴山の……
「やっぱり、気持ちがいいね~、草の上っていうのは」
貫田部長に誘われ、司は芝生に座っていた。体育座りをしている司と反対に、貫田部長は手足を投げ出すようにして座っている。
(大事な話って、なんだろう?)
気になるが言い出せない司は、正面の池を見ているようにしながら、横目で貫田部長を見る。
「平田くん、ここはどうかな?」
唐突にされた質問に、司は一瞬ビクリとしてから。
「自然が多くていいところですね。居心地がいいです」
なんとか平静を装って答える。
「気に入ってくれてるようで、よかった……では」
貫田部長が、体ごと司の方を向く。
「まず、今から話すことは人に話してはいけないし、人に聞かれてもいけない事。他言無用ってやつだ」
「は、はい」
その真剣な雰囲気に、思わず司は体育座りから正座に変える。
「実は、とくつみしょに勤めているのは、平田くん以外の全員が動物なんだ」
「……えっ?」
ぽかんと口を開けたまま、司は固まる。
「ここにいるのは、何か理由があって人の姿になりたい動物たちなんだ。それは一時的だったり、人に生まれ変わりたかったり、様々だけど」
そんな司に、貫田部長は話を続ける。
「ちょ、ちょっと待ってください、貫田部長。僕以外、動物って……でも、皆さん、そんな雰囲気は何も……」
司が言葉を濁しながら言うと、貫田部長はスーツのジャケットに手を入れながら、
「すぐに化けの皮が剝がれないよう、修業はしたからね。薬の効果が切れない限り、まずバレることは無いよ」
そう言って、ジャケットの内ポケットから出したのは、小さな巾着袋。それを開け、手のひらに出した中身は丸くて青い粒だった。大きさとしては、五ミリくらいだろうか。
「これが、変身薬。すごく不味いんだよ。でも、一粒で半日持つスグレモノ」
貫田部長は一度丸薬を手のひらで転がしてから、巾着袋に戻す。
「じゃ、じゃあ……天原先輩も柴山先輩も、黒石先輩も……貫田部長も、動物、なんですか?」
司がなんとか口から出せた問いに、貫田部長はうなずく。
「だ、だとすると。どうして僕が……僕みたいな人間が入れたんですか? 今まで通り、動物だけのとくつみしょじゃいけなかったんですか?」
無意識に、司の口から質問が続いて出る。
それに気づいたとき、司の脳裏に嫌な記憶がよみがえる。
「なに言ってるんだ」と言わんばかりの冷たい視線、ため息、笑い声。
「あっ、すみません。出しゃばって……」
すぐさま司は謝る。
しかし、貫田部長の反応は。
「うんうん、そう思うよね。当然のことだよ」
答えられる範囲だけど。
そう付け加え、貫田部長が話し始めた。
「少し前までは、なんでも屋という仕事で人と関わるのは良しとしても、肩を並べて働いたり、ましてや共に暮らすなんて論外だったんだ。むやみに関わって困るのは、こちらだから」
貫田部長が、巾着袋を軽く叩いてみせる。
「けれど、動物だけで人と全く同じことをするなんて、必ず限界が来る。だから、純粋な人を入れることで、少しでも限界を伸ばしたかったんだ……動物の悪あがきかもしれないけどね」
「……それで、僕が。人間が入ることになったんですね」
再び、貫田部長がうなずく。
「何が、僕を選んだ理由なんでしょうか?」
「それが、平田くんを選んだ理由は知らないんだ。上から知らされたのは、採用するって答えだけで」
貫田部長は肩をすくめ、頭を左右に振る。
(上……? 部長より上ってことは、社長?)
尋ねてみたかったが、どうしてだか答えが返ってくる気がしなかった。
(他にも、とくつみしょの名前の由来とか、仕組みとか……あぁ、ダメだ。答えが返ってくる自信が無い)
たくさんある気になることが脳内に居座り、司は頭を抱える。
「さて、もう昼休みが終わる。平田くんは、足りない家具なんかを柴山くんと買い出しに行っておいで」
貫田部長は立ち上がり、ぐーっと伸びをして砂の道の方へと歩き出した。
「あ、あの、貫田ぶ――」
「おーい、新入りー! 買い出し行くぞー!」
司の声は、はるか後ろからした柴山の大声にかき消され。
「は、はーい」
後ろ髪を引かれる思いで、司は貫田部長に背を向けた。
「ハンガー、何本あったら足りる?」
「えっと……そのハンガーは一組で大丈夫です」
「布団、捨てたんだったか? じゃあ、棚と一緒に布団も見てくか」
「柴山先輩、そっちはベッド用のマットレスなので。布団はこっちです」
柴山と二人、大型の家具店や百円ショップを見ては買い物すること3時間。
「つっかれた~! 休憩っ」
ドサッと音を立てて、柴山が持っていたエコバッグを椅子に置いた。
「柴山先輩、ありがとうございました」
司も、エコバッグとリュックをソファ席に置く。
「俺が書いたように、宅配とかの住所はとくつみしょの住所にするんだ。そうすれば、ちゃんと届くからな」
「わかりました。早く覚えます」
「よしよし。新入りは、何にする? 俺はコーヒーと……」
メニュー表を見る柴山を、司は見つめる。
(柴山先輩も、動物……)
ほんの数時間前に聞いた、「司以外の全員が、動物」という話が浮かぶ。
「ん? どうした、新入り。俺の顔、なにかついてるか?」
上げられて合ってしまった柴山の目から、司は慌てて目をそらす。
「あ、いえ……その、失礼かもしれないんですけど。柴山先輩は、なんのど――」
「おっと、それは外じゃ禁止だ。寮でなら、いいけどな」
柴山のストップに、今さら貫田部長の「他言無用」という言葉を思い出し、司の顔が熱くなる。
「あっ。すみません……」
「いいって。それより、俺は決めたけど。新入りは何にするんだ?」
差し出されたメニュー表を受け取る。
「え、えっと……」
開いたメニュー表で、赤くなっている顔を隠した。
「よーし。休憩できたし、帰るか」
「はい」
会計を済ませ、外に出て駅へと向かう。駅の改札口が見えたところで。
「ねぇ、そこのきみ! 黒髪ロング一つ結びの、エコバッグ持ってる!」
「あ? って……」
振り返った柴山が、小さく声をあげる。
その視線の先を司も追っていくと、紺色の制服を着た男性が向かってきていた。
「し、柴山先輩……」
「大丈夫だ。いつものことだから」
ひそめた声に震えが混じっている司に、柴山は動じず。
「ねぇ、きみ。今日も人探し?」
追いついた警察官は、隣に立つ司に軽く頭を下げてから、柴山を見て話しかける。
「今日は後輩と買い出しに来てるだけで。いつもの人探しとは別件ですから」
淡々と、柴山が答える。
その返答に、警察官はまじまじと柴山を見てから、司にも視線を送る。
「……どうやら、そうみたいだね。人探しはいいけど、ほどほどにしておくんだよ。きみ、この辺りじゃそこそこ有名だから」
「はい」
「では、失礼」
人ごみの中へ去っていく警察官が、見えなくなってから。
「あの、人探しって……」
「俺の家族。唯一の。けど何年も前に俺を置いて出てったっきり、帰ってこなかった」
警察官が去っていった方向を、じっと見る柴山の横顔は険しく。それを見たら、司は追求できなかった。
「行くぞ、新入り。帰りが遅くなると、入れなくなる」
踵を返し改札へと向かう柴山を、司は黙って追いかけた。
次回はお盆明け直後のため、8月16日をお休みし、翌週8月23日(土)に更新予定です。
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