表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/7

とくつみしょの秘密 その2

秘密まで、あと少し

「これで最後です」

 最後の段ボールを抱えて司が中に入ると、

「っし、俺は軽トラ動かしてくる。すぐ戻るから、座って待ってろ」

 柴山が、車のキーを鳴らして走って行く。

 辺りを見回し、司は自分のデスクと言われたところに行き椅子に座る。回転するタイプなので、座ったままゆっくりと回転させた。

「ここが、とくつみしょ……僕が、四月から働く場所」

 デスクと向き合うところで回転を止め、なんとなく呟いた、そのとき。

「おや、平田くん。無事に着いたんだね」

 突然声をかけられたことに、司の心臓が飛び跳ねる。ドキドキしながら振り向くと、積まれた段ボールの間に貫田部長が立っていた。

「ビックリさせてしまったかな?」

「い、いえ……その、おつかれさまです、貫田部長」

 司は慌てて立ち上がり、ぺこりと頭を下げる。

「さっき、月曜の部長会議が終わってね。柴山くんは?」

「車を動かしに行かれました」

「寮への案内も、彼に任せてるから。なにかあったら、頼るといい」

「はい」

 段ボールの間を縫って、貫田部長は横付けされた大きめのデスクに行き、持っていた書類を置く。

「新入り、行く……あ、部長。会議、おつかれさまです」

 戻ってきた柴山が、貫田部長に向かって頭を軽く下げる。

「柴山くんも、おつかれさま。後は頼んだよ」

「はい。新入り、ついてこい。あ、その大事なな段ボール、持ってきていいからな」

 言いながら、柴山はさっき貫田部長が入ってきたドアを開ける。

 すぐに司はデスクに置いていた段ボールを抱え、柴山の後に続いた。

(寒いっ……!)

 ドアを通ると、コートすら貫通するような冷気に包まれる。

 電球の明かりがありはするが、それでも薄暗いそこは、コンクリート打ち放しのようだった。

「あのドア通ると、右に上に行ける階段があるんだけどな。その階段下に、もういっこドアがある」

 柴山が通ってきたドアを指してから、階段下を指す。

 目をこらして見ると、そこにはたしかにドアがあった。よく見かける、グレーのアルミ製。しかし、変わったことにドアノブは木製で。かなり年季が入っているのか、ツヤツヤと光っている。

「で、ここを開けると……」

 柴山が開けたドアから、冷たい風と外の光が入ってくる。

「寮に行けるのは、このドアだけだからな」

 柴山に促され、司はドアを通る。

「わぁ……」

 司の目の前に現れたのは、終わりが見えないほどの広い土地。

 木が植えられていたり、草が生えたりと、まるで自然公園のような光景が広がっていた。

 ただ、植えられた木々の向こうに見える、縦長の無機質な同じ建物三つだけが、公園でないことを物語っている。

「ビルの裏は、こんなに自然がある場所なんですね」

「自然があるのと無いのじゃ、やっぱり開放感が違うからな」

こっちと言われ、また柴山の後ろをついていく。

 一歩、外へ踏み出して違和感に気づき下を見れば、そこは整備された砂の道になっていた。

 その道を少しだけまっすぐに歩いて、左へ曲がる。

「この正面にあるのが、俺たちが住む寮だ」

 先へと続く、砂の道。その両端に等間隔で植えられた街路樹の先には、キラキラと光る池。その周りには、きちんと刈り込まれた芝生がある。そこから更に奥にあるのが、さっき見えた三つの同じ建物。

 今、司たちがいるところから見えているのは建物の側面のようで、一番上にそれぞれ左から「ニ」、「ハ」、「イ」と大きく黒字で書かれている。

(ニハイ……?)

 思わず、司が首を傾げると。

「棟はイロハで管理されてる。ただ、ロは外されてるんだ。()()()()()()からって理由らしい」

 よくわかんないけどな、と付け足して柴山が先を行く。

 それについて歩きながら、司は柴山の案内を聞いた。

「新入りが入るのは、ニ棟だ。俺も同じ棟だから、なにかあったら聞きにこい。部屋も二個隣だしな」

 芝生を横切り、澄んだ池を横目に一番左端の「ニ棟」へと向かう。

「こっちが正面」

 柴山に案内されるまま、「ニ」と書かれた側壁の左側へ周ると、そこには壁一面にズラリとドアが並んでいた。

「ここが、階段に繋がる」

 一階、真ん中にあるアーチ状の空洞へ、柴山が入っていく。

 その後ろへ続く前に、司は並ぶドア群を見上げた。

(1,2,3……ワンフロアに、7部屋あるんだ)

「新入り、置いてくぞー」

 柴山の声に、司は中へ入る。

 アーチ状の空洞の中は、両側を壁、奥に螺旋階段があるだけだった。

「ここ、三階建てなんですね」

「だな。俺たちは二階だ。新入りは端の207、その二つ隣の205が俺の部屋。階段上がって、左の奥な」

 螺旋階段を二階分上がり、廊下を歩く。突き当たったところで、柴山が止まった。

「鍵、預かってるから。開けるぞ」

「お願いします」

 柴山がズボンのポケットから出した鍵には、207と印字された球体の木製キーホルダーが付いている。

「ここは盗みなんてするやついないから、開けっ放しにしとくな。俺、下で台車出してくるから。部屋に荷物置いたら、下りてこいよ」

 そう言いながら、鍵を抱えた段ボールの上に置かれる。

 歩き去っていく柴山の背を見てから、司は玄関に立つ。

「今日から、お世話になります」

 一礼してから、中へ入り靴を脱ぐ。

 備え付けの洗濯機や、一人用らしい小さなキッチン、別々になっている風呂トイレなど一通り見てから。

 玄関口から見えていた、室内のドアを開ける。

 真正面にある大きな窓から入る日光が、部屋を照らす。そこには、左側の壁に備え付けられているクローゼット以外、何も無い。

「空っぽ……棚とかは、買い足したほうがいいみたいだ」

 段ボールを、部屋の右隅に置く。その蓋を開け、写真を出して写真立てに入れ、段ボールの上に立てた。

「ばあちゃん、新しいとこはこういう感じ。ゆっくり見ててよ」

 リュックも下ろして段ボールの側に置き、司は柴山の待つ下へ行くために玄関へ向かった。



「終わっ……たー!」

 段ボールに囲まれ、司は床に座りこむ。一方、柴山は大の字に寝転がった。

「柴山先輩、ありがとうございました。おかげで、早く終わりました」

「初めてしたけど、けっこう疲れるのな、引っ越しって。昼前にはあっち出たのに、終わったら昼かぁ」

 同時に、柴山の腹が鳴る。

「お昼、なにか買ってきましょうか?」

「事務所に行けばあるんだけどな、弁当が。取りに行くのがなぁ……今すぐは動きたくない」

 ごろんと、柴山が壁を向いたとき、インターホンが鳴った。

「僕、出ます」

 玄関に向かい、ドアを開ける。開きかけた時点で見えたのは、明るいミルクティー色の長い髪。

「タロ、司くん。お昼、持ってきたわよ~」

 完全にドアを開けきる前に、ひょっこりと顔を出したのは天原だった。

「天原先輩」

 ドアを開けきると、その隣に黒石もいるのが見えた。

「……飲み物もいるでしょ」

 その細い腕に抱えているのは、お茶のペットボトル四本。

「私たちも、お昼まだなの。一緒にいい?」

「はい。まだ段ボールが積まれてますけど」

「いいのよ。お邪魔しまーす」

 天原と黒石が玄関へ入ってくる。

 司は一足先に奥へ戻り、柴山へ声をかけることにした。

「柴山先輩、天原先輩と黒石先輩がお昼持ってきてくれました」

「やった! さすが先輩!」

 柴山が寝た状態から跳ね起きる。

(運動神経、いいんだろうな)

 そんなことを司が思ったのもつかの間、背後から、

「あたしもいるんですけど、柴山先輩!」

 先に入ってきたらしい、黒石の声が響く。

「お、黒石。俺の焼肉弁当、あるか?」

「無いです。たった今、あたしの物になりました」

「んなことないだろっ」

 すぐさま言い合う二人に挟まれ、司がおろおろしていると、

「彩、今日は焼肉弁当二つあるから。司くん、塩サバとしょうが焼きなら、どっちがいい?」

「えっと……塩サバでお願いします」

「はい、塩サバね」

 天原が持っているレジ袋から出された、塩サバ弁当を手渡される。

「タロと彩は焼肉。彩、飲み物配って」

「新入りくん、はいお茶」

「ありがとうございます」

 柴山はあぐらをかき、天原と黒石は正座で床に座っている。それに(なら)い、司も床に正座で座る。

「いただきます」

 三つの声が重なった後、一斉に弁当のプラスチックの蓋が開く音がする。

「いただきます」

 三人に遅れて、司も弁当の蓋を開ける。

 蓋が透明なので中身は見えていたが、蓋を開けると焼けたサバの香ばしい匂いが立ち上り、司のお腹が鳴った。

 割り箸を割り、一口食べてみる。

「美味しい……」

「でしょ? 仕事のある平日は、こうしてお昼が出るの。リクエストも受け付けてるから、何かあれば言ってみるのもオッケーよ」

 隣に座る天原がウインクして、割り箸を割った。



「ごちそうさまでした」

 キレイに食べ終わり、四人分のゴミを重ねる。

「やっぱり、牛はサイコー」

「それは俺も同意する」

 ゴミが片づき、少しだけ広くなった部屋で足を伸ばして座り直す、柴山と黒石。

 そのリラックスした様子に、司は確認したいことを尋ねることにする。

「あの、黒石先輩は鶏肉が苦手なんですか? 以前、唐揚げ弁当は苦手そうな話をされてたので」

 すると黒石は天井を見上げた。

「苦手って言うか……なるべく食べたくないのよね。だって、あたし――」

「彩」

 何かを言おうとした黒石を、天原の一声が制する。

「司くんには、部長からちゃんと話があるから。その先は、それから……あら、(うわさ)をすれば」

 天原が玄関の方を見たと同時に、インターホンが鳴った。

「平田くん、いるかなー?」

「部長のお出ましね」

 立って、立ってと天原に言われ、司は立ち上がるが。

「あ、でも片づけが……」

「こっちで片づけておくから、大丈夫。部屋の鍵だけ貸してくれる? あとで閉めておくから」

 天原に背中を押されるまま、司は玄関へ進む。

「じゃあ……鍵です」

 ポケットから出した鍵を天原に渡す。

「大事な話、しっかり聞いてきてね」

 司の背中をポンッと軽く叩き、天原は奥へ戻っていく。

(大事な話……)

 つばを飲み、司はドアノブを掴んだ。

次回、とくつみしょの秘密が明らかになります。

その3は、8月9日(土)の12:00更新予定です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ