見つかった、探し人 その4
やっと、投稿が叶いました!
六話、完結します。
「部長! まだ柴山先輩は戻ってこないんですか?」
冷房が効いた室内に、黒石の声が響いた。
「そう、だね……」
貫田部長が、持っていたボールペンを置く。それから眼鏡を人差し指で押し上げ、正面に立つ黒石を見上げた。
「野生の動物と違って。柴山くんは、人と暮らした動物だ。そう簡単に割り切れないだろう。気長に待つしかないよ」
黒石の問いに、ゆっくりと答える貫田部長。
しかしそれには「これ以上、答えない」という念のようなものが感じられた。
「……もうっ」
足音を立てながら、黒石がデスクに戻る。
「午後の仕事、いってきます!」
バッグを掴み、足音を立てて黒石が出て行った。
「いってらっしゃい……司くん。タロは、例のモデルさんに会ったのよね?」
天原が、椅子ごと司に体を向けて問いかけてきた。
「天原先輩、知ってるんですか?」
ちょっとだけね。
そう言って、天原が指先でジェスチャーをする。
「彩も心配なの。会うことで知りたくない真実を知って、そのショックでタロが立ち直れないんじゃないかって。だから、モデルさんと会うのに反対して。素直に、心配って言えばいいのにね」
「そう、だったんですね……」
答えながら、司はチラッと黒石のデスクを見る。
(あんなに反対してたのは、そういう理由だったんだ)
その日の晩。
司が夕飯と風呂を済ませた頃、インターホンが鳴った。
「今、出ます」
玄関ドアを開けると、柴山が立っていた。
「し、柴山先輩……」
姿を見るのは、柴山の荒れた部屋に入ったあの日以来。その時と変わらず、髪はまとめられていない。
けれど、あの時のように荒んでいるようには見えなかった。
「新入り。頼みたいことがある」
寮から外へ出ると、道から外れた芝生に連れていかれた。
「これを投げてくれ。俺が取って来なくなるまで、ずっと」
そう言って出されたのは、フリスビーに使われる平たいディスク。
「わかりました」
蛍光色の黄色いそれを、両手で受け取る。
そして、ディスクから柴山に視線を移した時には、黒い毛並みの柴犬がいた。
「見よう見まねなので、うまく投げられるか自信は無いですが。投げますね」
ディスクを右手に持ち替え、一度胸に寄せてから前方めがけて投げる。
フラつきながら飛ぶディスクを、犬の姿の柴山が追いかける。
ほどなくして、柴山がディスクをくわえて戻ってきた。
「もう一度、いきますね」
司が投げたディスクを、柴山が取って戻り、また司が投げる。
それを、何度も何度も繰り返す。
始めこそ数えていた司だったが、十回を過ぎた辺りから止めた。
ひたすらに投げ続け、右腕に痛みが出始めても投げることは止めなかった。
そして、あまりの暗さに手元すら見えにくくなってきた頃。
歩いて戻ってきた柴山の口に、ディスクは無い。
「終わり、ですか?」
柴山は、尋ねる司と目を合わせた後。草の上に置きっぱなしになっていた自分の服を、鼻先で探り始めた。
「失礼します」
司はしゃがみ、柴山が探るズボンを引っ張り出してポケットに手を入れる。そこに入っていたのは、巾着袋。
「あっ、変身薬……これ、今飲むんですか?」
「わんっ」
返事のような吠え方に、司は一粒出して手のひらに乗せ、柴山に差し出す。
そこに温かい息を感じたと思った瞬間、ベロンと舐められた。
「悪い。新入り、後ろ向いててくれ」
「は、はい」
その声に、司は慌てて背を向ける。
「いいぞ」
振り向けば、服を着た柴山が髪を結んでいるところだった。
「かなり遅くなったな。悪い、遅くまで付き合わせて」
「いえ」
髪を結び終えた柴山が、芝生に腰を下ろす。
「……俺、明日から出社するから」
空を見上げ、柴山が言う。
「涼太のこと。割り切れたわけじゃない。ずっと、ここにある」
見上げたまま、右手で胸のあたりを掴む。
「一生かかっても、割り切れるかわからない。ただ、俺が何をしたって涼太は帰ってこない。それだけは変わらない。だったら、野良に戻るより、家も食べ物もあるとくつみしょで働こうって気になっただけだ……それが、涼太も安心するだろ?」
独り言のように言いながら、柴山の声はだんだんと震えていった。
司は、それに気づかない振りをして。
「はい。きっと」
「長く休んで、すみませんでした。今日から、また頑張ります」
翌朝、始業前。
休む前のように、きちんとスーツを着て髪を一つ結びにした柴山が、自分のデスクで頭を下げる。
「じゃあ、柴山先輩。延期にしてたいろんな仕事、片づけちゃってください。連絡の電話は、あたしがするんで」
「おう! いくらでもやってやる。じゃあ寮に置いてるツナギ、出してくるか」
そう言いながら、柴山が黒石のデスクの方へと進む。
柴山のデスクからドアまでは、一直線だ。
それなのに、なぜ遠回りをしたのか。
司が疑問に思ってすぐ、その横で柴山が立ち止まる。それから、座っている司に目線を合わせるように腰をかがめ、司の右肩に手を置いた。
「いろいろありがとうな、新入り。世話になった」
そう言って手を放し、ドアの方へと歩き出す。
「い、いえ……」
反応が遅れたと思いながら、司は自分の右肩に触れる。
そこは、ほんのりと温かかった。
次回、第七話は年明けの1月2日(金)、16時10分に投稿の予定です。
延びても、その翌週1月9日(金)の同時刻に投稿しようと予定しています。
ただいま風邪をこじらせているので、9日の線が少し濃厚ですが……ご自愛しながら、やっていきます。
よろしくお願いいたします。




