見つかった、探し人 その3
「な、亡くなった……?」
しんと静まり返った空気に、司の声が響く。
「……はい。仕事に行く途中、飲酒運転の車と聞きました」
カナトが、隣の椅子に置いていたリュックを膝に置き直す。
「兄と両親は関係があまり良くなかったので、遺品のほとんどが処分されました。なんとか僕が残せたのは、これだけです」
そう言ったカナトがリュックから出したのは、銀色に光る腕時計と、ふたつの写真立て。それは銀縁の物と木製の縁の物で、表は伏せられている。
「この写真は僕が十二才、兄が二十五才の時に、祖父が撮りました。亡くなる二年前です」
先に裏返されたのは、銀縁の方。子どもと男性が写っている。この子どもの方がカナトで、男性が兄の涼太だろう。
男性は笑みを浮かべているが、まだ幼さの残るカナトは仏頂面だ。
「そして、こっちが」
木製の方が裏返される。
写っていたのは、先ほどと同じ男性。一枚目との違いは、左腕に黒柴の子犬を抱いていること。
前に伸ばされた右腕が途中までしか写っていないことから、きっと自撮りをしたのだろう。
(この子犬が、柴山先輩……)
カナトに気づかれないよう、隣の柴山を見れば、じっと写真を見つめている。
その唇は嚙みしめられ、かすかに震えている。
「あの、もし良ければ、犬と写っている写真を渡してもいいですか? 理解できるかわからないけど、何も無いよりきっといいと思うので」
それから金属製の腕時計を取り、盤面部分を親指で撫でて。
「……それと、この腕時計も。兄を可愛がってくれた祖父の物で、いつも着けてたんです。もう、匂いは残ってないかもしれないけど。音で気づくなら」
写真立てと腕時計が、横に並べられて柴山の前に差し出される。
そしてカナトは、左手首に着けた自分の腕時計を見て、
「ごめんなさい。僕はもう行かないといけなくて」
椅子を引き、カナトが立ち上がる。
しかし、柴山の顔は上がらない。まだ、写真を見つめている。
「本日は、お忙しい中ありがとうございました。部下の柴山に代わり、お礼申し上げます」
いつから居たのか、パーテーションの陰から貫田部長が出てきた。
「あっ、こちらこそ、お世話になりました。では」
突然のことに驚きながらも、カナトは貫田部長の横を通ってドアへ向かう。
「平田くん。お見送り、おねがい」
「はい」
司がカナトの後を追って外に出ると、カナトはこちらを向いて立っていた。
「平田さん。柴山さんは、兄と知り合いなんですよね? だから、親が外に追い出した犬を迎えられたんですよね?」
そう問うカナトの目は、司を見ている。
(本当のことなんて。柴山先輩自身がなんて、言えるわけがない)
口から出そうなそれを、ぐっと飲みこみ、司は口を開く。
「……僕は、まだ入社したばかりで。柴山先輩からよく聞いたことが無いんです。答えられなくて、すみません」
「……いえ。あの様子だと、きっと兄と親しかったんでしょう。柴山さんにお礼を伝えてくれませんか? 兄と仲良くしてくれて、ありがとうございました、と」
そう言ってカナトは、入ってきた時と同じように顔を隠し始めた。
「伝えておきます」
カナトの乗った車が見えなくなるまで見届け、とくつみしょのドアを開ける。
「平田、ただいま帰りました。あの、貫田部長。柴山先輩は……」
「寮に帰したよ。ひとまず今日は、午後休を取ってもらったから」
「そう……ですよね」
司は自分のデスクにつくが、あの話を聞いて何かを食べる元気は無い。
「平田くんが良ければ、ときどき柴山くんの様子を見てくれないかな。せめて、食事を取れているかどうかだけでも」
「はい」
(今日も、残ってる)
司は、開けたクーラーボックスの中身を取り出す。
それは貫田部長から使うように言われて、柴山の部屋のドア前に置いている物だった。
カナトと話したあの日から、柴山は休んでいる。
もう三日が経つが、顔どころか声すら聞いていない。
その間、柴山が食べることを止めないよう、こうしてすぐ食べられる菓子パンや総菜の差し入れをしているのだが。
(今夜の分が、明日の朝になってもそのままなら。貫田部長に話そう)
仕事終わりに買ってきた食品を、エコバッグからクーラーボックスに移そうとしていると、すぐ近くでドアが開く音がした。
その音に顔を上げると、少しだけ開いたドアの隙間から、光る目が見えた。
「……新入り」
ドアが、人が通れるくらいに大きく開く。
そこにいたのは、柴山ではあった。が、薄っすらと生えた無精ひげ、いつも一つ結びにされていた黒髪は広がったままの姿は、司が見てきた柴山と変わり過ぎていた。
「……入れよ」
か細い声が聞こえたと思ったら、支えを失ったドアが閉まろうとしていた。
「お、お邪魔します……」
慌ててドアの縁を掴み、エコバッグを持ったまま司は中に入る。
薄暗いキッチンと廊下を通り、部屋に入ると。
「……」
目の当たりにした光景に、司は声を抑えこんだ。
窓から射す月明かりに照らされた室内は、まるで嵐が来たように荒れていた。
木製のベッドは真っ二つに割れ、その上のマットレスはズタズタに裂かれて中身が散乱している。カーテンは引き千切ったのか、レールとわずかな布しか残っていない。
「……どうにかして座ってくれ」
散らばったマットレスの中身を退かすことなく、柴山は司に背を向けて座った。
その隣には、この部屋で唯一無傷な棚があった。そこにはあの首輪と、カナトからもらった写真立て、腕時計が乗っている。
そんな部屋の様子に、司が立ち尽くしていると、
「俺は。俺はとくつみしょで働きながら、涼太を見つけて。また一緒に暮らしたかった」
先ほどより、少しだけ張られた声。
しかし、司に背を向けたままなので、表情は見えない。
「ただ、それだけだった……」
呟く柴山の頭が、うなだれていく。
「……柴山先輩。ごはん、置いておくので。食べられそうだったら、食べてください……失礼、します」
今の司がかけられる、精一杯の言葉。
けれど柴山の反応は無い。
エコバッグごと床に置き、司はドアへと向かう。
「……終わったんだ、全部」
ドアを閉める直前、静かな夜の空気に声が響く。
それに司は,、何も反応できない。
なのに、頬に水滴を感じながら。
ゆっくりと、ドアを閉めた。
次回「その4」は、来週19日(金)をお休みして、その翌週26日(金)16時10分に投稿します。




