見つかった、探し人 その2
「……暑い」
まだ外に一歩出ただけなのに、襲ってくる熱のこもった空気に、司は目を細める。
朝なのに熱さを感じるドアの鍵を閉めながら、左を見る。
(名刺を渡してから、もう一か月。あれから、なにも連絡は無いんだろうか)
ずっと気にはなっている。
けれど、部外者の司が踏み込むのは違うと、柴山に何も聞いていなかった。
「おはようござ――」
「新入り、ちょっと」
営業部署に入って挨拶もそこそこに、肩を掴まれ部屋の隅に連れていかれる。
「し、柴山先輩?」
「藤野カナトから連絡が来た」
「えっ」
声を潜める柴山に釣られ、司の声も小さくなる。
「今日の昼、ここでカナトと話をする。新入り、一緒にいてくれないか? 先輩には、黒石を抑えてもらうからさ」
「それはいいんですけど……今日って、急ですね」
「あっちの都合だ。部長と先輩には話をつけた。黒石は、さっき言ったように先輩が連れ出してくれるようになってる。くれぐれも、黒石に知ら――」
「おはようございまーす……そこで何やってるんですか? 柴山先輩」
その声が聞こえた瞬間、柴山は目を伏せた。
顔を合わせている司には、柴山の困ったような表情が見えた。
「あ、あぁ、ちょっと、な」
ほどなくして柴山は振り向いて答えると、司の肩を叩いて去っていく。
「あれ? 新入りくんもいたんだ。なにしてたの?」
「あ、えーっと……週末、出かけるので。そのことについて、ちょっと」
明らかに目が泳いでいるのを感じながら、なんとか司は言葉を返す。
「……そう。天原先輩、今日のお昼のことなんですけど」
しかし、そんな司を気に留めることなく、黒石はデスク付近にいる天原に近寄っていく。そして、天原と話し始めた。
その様子に司は胸を撫でおろし、自分のデスクに向かった。
「彩、ちょっと早いけど約束してたランチに行こっか。部長、いいですか?」
椅子を引き、立ち上がりながら天原が尋ねる。
「いいよ。行っておいで」
「部長、ありがとうございます。彩、行こう。限定ランチ、売り切れちゃう」
「……わかりました。天原先輩」
「じゃ、いってきまーす!」
慌ただしく二人が出て行ってすぐ。柴山が勢いよく立ち上がった。
「これで、黒石対策は完璧だな。あとは、時間通りにカナトが来れば……」
そう言った後から、柴山は壁にもたれて立ち、出入り口を見張り始めた。派手な音を出しているわけではないが、右の踵を小刻みに上下させている。
(僕としては、黒石先輩が勘付いてそうな気がしてるんだけど……杞憂でありますように)
柴山の落ち着かなさに影響されないよう、なんとか仕事を続けていると。
「……来た」
その呟きに、司も視線を移す。
すると、ガラス越しに人影が見えた。
「こんにちは。とくつみしょは、ここですか?」
ドアを開け入ってきたのは、キャップとサングラス、マスクまで着けた人物だった。少し高めの声だが、男性のようだ。
「連絡していた、藤野カナトです」
言いながら、キャップが外される。その下から現れたのは、淡い金髪。
続けてサングラスとマスクも外され、顔が見えるようになった。その顔は、たしかに一か月前に見た藤野カナトだった。
「こんにちは。改めて、柴山です」
挨拶をしている柴山の一歩後ろに、司も立つ。
「で、こっちが」
「平田です。その節は、お世話になりました」
柴山に視線を向けられ、司も挨拶をする。
「いえ。こちらこそ」
カナトが一礼した後、柴山が手のひらでパーテーションの方を指す。
「ここで話しましょう」
カナト、柴山、司の全員が椅子に座ってすぐ、カナトは口を開いた。
「時間があまり無いので、本題に入ります。柴山さんは、藤野 涼太……兄のことが聞きたいんですよね?」
「あぁ。りょ……俺が引き取った黒い柴犬が、飼い主を探すんだ。だから、叶うならもう一度、一目だけでも会わせてやりたくて」
カナトの目を見て、柴山が答える。
すると、カナトは顔を伏せてしまった。
「……そう、なんですね。あの犬、ちゃんと家ができたんだ」
それだけ言って、顔を伏せたままカナトは鼻をすすり始めた。
「ご、ごめんなさい。僕たちの都合で、あの犬を外に追い出したことが、ずっと心残りだったんです」
顔を上げたカナトの目元は、ほんのりと赤い。
「首輪の裏に書かれた名前だけを頼りに、ずっと探してきたんです。何か、何か……」
柴山が、わずかに身を乗り出す。
それに対するカナトの反応は、目を閉じて唇を嚙みしめていた。
「あ、兄は……」
目を閉じたまま、開かれた口から出たのは、震えた声。
それに気づいてか、カナトは再び口を閉じ、飲み込むような動きをして。
「兄は……亡くなりました。七年前、交通事故で」
「……は?」
次回「その3」は、12月12日(金)の16時10分に投稿予定です。
投稿可能なはずですが、もし何かあって投稿が出来ないことがわかり次第、Xと活動報告でお知らせいたします。




