見つかった、探し人 その1
開いてくださって、ありがとうございます。
お楽しみいただければ、幸いです。
「柴山、ただいま帰りました」
「おかえりなさい」
柴山が、自分のデスクへ戻る。そして椅子に座ると、額から流れる汗を腕で拭った。
「外、かなり暑いみたいね。部長、そろそろ除湿じゃなくて冷房にしませんか?」
「そうだね、やむを得ないかな」
直後、電子音がしてエアコンの音が大きくなる。
「やっと、この暑さがマシになる。冷房サイコー!」
「彩、ずっと冷房に切り替わるの待ってたものね」
天原と黒石の会話をよそに、司は斜め前にいる柴山を見る。
開かれたパソコンでほとんど隠れているが、その手元はキーボードではなくスマホを触っている。
画面を見ている柴山の眉は、しわを作って寄っていた。
(柴山先輩、あれからスマホを触ることが増えたけど。なにしてるんだろう)
柴山の飼い主、藤野 涼太の弟カナトの事を知ったゴールデンウィークから、もうすぐ二か月が経つ。
その間、柴山がカナトの事について言い出すことは一切無く。
ただ、さっき司が見たような表情をすることが増えた。
おまけに、
「タロ、帰ってきてから水分補給してないでしょう? お水、持ってくるから」
「ありがとうございます、先輩」
顔を上げた柴山の表情から険しさが消え、司が知る柴山になる。
そして、天原から水の入ったコップを受け取り、一気に飲み干すと。
「ありがとうございました」
「どういたしまして」
天原がデスクに戻ると、柴山は再びスマホを見始めた。その表情は、また険しくなっている。
(こういうことも増えたけど……誰も触れないんだよな)
明らかに様子が違う、柴山。それについて、とくつみしょ内の誰もが触れない。いつも通りなのだ。
だから、司も触れないように努めている。
(でも、全く気にならないって言うのは、ウソになる)
じっと見ていると、柴山の肩が大きく動いた。
すぐさま司は自分のパソコンへ、視線を移す。
しかし、司の努力むなしく。
椅子が動く音がして、足音が始まる。その音は、司の後ろで止んだ。
(やっぱり、なにか言われるかな)
「なぁ、新入り」
「は、はい」
おそるおそる、司は振り返る。
立っている柴山の顔を、見られない。
「今週の土曜、空いているか? って言っても明後日だけどな、土曜は」
「空いてますけど……」
「そうか。ちょっと、その日のことで話がある。今日の昼休み、寮に来てくれないか?」
「わかりました」
「じゃあ、あと一時間後にな」
それだけ言って、柴山がデスクに戻っていく。
(話って、なんだろう)
昼休みまでの一時間。
それが、司には長く感じられた。
あれこれ考えながら仕事をしている間に、時計の針は真上を指した。
配られる弁当を受け取り、寮へ続く道を歩く。
「俺、先に帰ってるから」
柴山は、そう言って先に出て行っていた。
(やっぱり、じっと見すぎたんだ)
「ニ棟」に着き、階段を上がる。司の部屋から二つ手前、205の前に立つ。
「……行くしかない」
ひとつ深呼吸をして、司はインターホンを押す。
「入っていいぞー!」
ドア越しに聞こえた声に、司は取っ手を掴んで開ける。
「奥に来てくれ」
靴を脱ぎ、奥の部屋へ行くと柴山が居た。ベッドを背もたれに床に直で座り、その前には食べかけの弁当。
「そこ、座ってくれ。話は、食べながらだ」
「失礼します」
指された向かい側に、司も座る。
「さっそく本題に入る。藤野 カナトの事、覚えてるか?」
「はい」
「土曜は、そのカナトが通う大学に行く」
「直接会う……んですか?」
司の問いに、柴山は食べながらうなずく。そして、一気に弁当を空にして、
「直接会って、カナトから涼太のこと聞き出す。その日が無理なら、せめて別日で聞き出せるようにしたい」
柴山がサッと両手を合わせ、空の弁当をビニール袋に入れる。
それを、司は食べる手を止めて見ていた。
「俺がカナトに接触すると、必ずボディーガードみたいなやつらに邪魔されると思う。そのとき、新入りが代わりに俺の名刺を渡してくれ」
そう言って柴山が出したのは、輪ゴムで留めた名刺の束ひとつ。
「ここに名刺が百枚ある。どんな方法でもいい、カナトの手元に名刺が残るようにしたいんだ」
柴山が二センチほどの厚さのそれから、司に視線を移す。
「……手伝って、くれるか?」
その問いかけに、司はすぐ答えることが出来なかった。
(どうして、僕なんだろう? 天原先輩や黒石先輩じゃ、ダメなんだろうか)
目を伏せ、司は考えこむ。
すると、脳内で巡る「なぜ」を押しのけるように、汗だくの背中が浮かんだ。
服の色が変わっても、それに構うことなく、ひたすら家族を探す背中。
「僕で、よければ」
思わず開いた口。口をついて出た言葉に、不思議と悔いは無い。
「ほ、ほんとか? 二言は無いな?」
「はい」
まっすぐに、柴山を見る。
「よ、よし……じゃあ、土曜の朝六時にここを出るぞ。なるべく、身軽な恰好でな」
「わかりました」
スマホのアラーム音で、司は目を開ける。
「起きないと……」
身支度を済ませながら、頭を起こしていく。
時計が五時半を指したところで、司はドアを開けた。
階段を下り、とくつみしょを目指す。
「新入り、来たな」
とくつみしょの柴山のデスク。そこに柴山は座っていた。
「時間もいいし。行くか」
電車を乗り継ぎ、駅から歩いて目的地に着いたのは、七時を過ぎたところだった。
「ここが、目的の大学ですか?」
「あぁ。カナトは朝早くか夜遅くに来るし、いろんな意味で目立つから、すぐわかるって情報が……あれだ」
柴山の視線を追うと、両脇に男性二人を連れて歩く青年がいた。
遠目でわかりにくいが、淡い金髪や黒石が言っていた「ガードが固い」という情報から、彼が藤野 カナトだろう。
その三人組は、司たちがいる出入口の方へ向かってくる。
「新入り。これ、頼むな」
そのカナトから目を離さずに、柴山がズボンのポケットから名刺の束を出した。
「行ってくる。新入りは、少し遅れて来てくれ」
「は、はい」
司が名刺を受け取ると、柴山は歩き始めた。迷いのないその歩みは、段々と速くなっていく。
そんな柴山と距離を取りつつ、置いて行かれ過ぎないように司が追いかけていると、
「カナト! 藤野 涼太のことで、話がある!」
それは、柴山の声だった。
「付きまといはお断りしています」
柴山に一番近かった左側の男性が、言いながら近づいていく。そして、そのがっしりした体で制し始める。
しかし、それに構うことなく柴山は腕を伸ばす。その先の手には、名刺。
「これ、俺の連絡先! だか――」
柴山の声が途切れる。
よく見れば、柴山は男性に手首を掴まれていた。かなり強く掴まれているのか、その手から名刺が落ちる。
その間に、カナトはもう一人の男性に連れられ、司のいる方へ歩いてくる。
「お願いだ! 話が、涼太の話が……っ!」
男性に体を押さえられ、柴山の動きが止まる。
(こうなったら、僕が)
司は、渡された名刺の輪ゴムを外す。
あと三メートルほどで、カナトとすれ違う。
そのとき、
「待って」
カナトが足を止めた。
そして振り向いて、柴山へ歩み寄っていった。
「危険です。何をするか――」
「大丈夫だから。それに、少し遅れるくらいは母さんに上手く言える。その人、放してあげて」
カナトの言葉に、渋々といった様子で男性が離れる。
「し、柴山先輩!」
司が駆け寄ると、柴山は始めに掴まれた手首をさすっていた。
「兄ちゃ……兄さんを、知ってるんですか?」
柴山と変わらない背丈のカナトが、柴山の目をまっすぐに見る。
「あぁ」
その返答に、カナトは一瞬目を伏せて。
それから、右手を差し出してきた。
「名刺、あるだけもらえる? 必ず、こっちから連絡するから」
「カナトさん、それは……!」
「母さんと父さんには、このこと黙ってて。あの人たちには、知られたくないから」
黙りこむ男性二人。
それを横目に、柴山が名刺入れを出して中身を全てカナトの手に乗せた。
「新入りも」
柴山に言われ、司も持っていた名刺百枚を乗せる。
「じゃあ、また」
そう言い残し、何事も無かったかのように、カナトが去っていく。
「待ってください!」
それを、男性二人が追いかける。
「えっと……とりあえずは、成功……なんでしょうか」
言いながら、司は柴山を見る。
その柴山は、カナトが去った方向を見つめていた。
「連絡先は渡せた。あとは、待つしかない……俺たちも帰るか」
柴山が、歩き出す。
その後ろを、司はついていった。
次回「その2」は12月5日(金)、または12月12日(金)の16時10分に投稿予定です。
投稿日が決まり次第、なろうの活動報告とX(旧Twitter。アカウント名:とりがみ めなの)にてお知らせいたします。




