秘策 その3
スズメの囀る声に、司は目を開ける。
「ん……おはよう、ばあちゃん」
ベッドを出て朝の支度を済ませ、部屋を出る。
「ばあちゃん、いってきます」
とくつみしょへ続く砂の道を歩きながら、司は空を見上げる。
「天原先輩、帰ってきた……はず」
昨夜の出来事を思い出しつつ、ドアを開け建物内に入る。
すると、すぐに一階のドア越しに笑い声が聞こえてきた。
「……おはようございます」
おそるおそる、笑い声の聞こえるドアを開けて中へ入る。
「おはよう、司くん!」
「新入りくん、おはよう」
出迎えたのは、天原と黒石だった。
二人とも、湯気の立つマグカップを持っている。
「司くん、来て早々だけど。今日の昼休みは、一緒に出るからね」
「出るって、ど――」
「っはようございます! あっ、先輩おかえりなさい!」
後から入ってきた柴山に押され、司は倒れる寸前で体勢を立て直す。
「じゃ、そういうことだから。司くん、よろしくね」
そう言って、天原がウインクした。
それから午前の仕事を終え、昼休みが始まるより一時間も早く外出して天原に連れてこられたのは、大通りから外れた小さな通り。
「先輩、新入りを連れてくるのはわかるんですけど……なんで、俺も?」
司と並んで歩く柴山が、前を歩く天原に尋ねる。
「私だと、顔を見られてるから……あそこね」
天原が手のひらで指したのは、木造の立派な門を構えている、同じく木造の建物。平屋のそれは、お屋敷と呼びたくなるほど立派で、そして遠くから見ても広い敷地なのがわかった。
「ここ、料亭なんだって。司くんのお父さんが、よくお昼を食べに来る」
父と聞いた瞬間、司は自分の顔が強張るのがわかった。
「新入りの父親って……どうして、連れてきたんですか」
「ちょっと体を張るけど、これからずっと司くんが安心して外出できる証明になるから。司くん、あそこにタロと一緒に立ってくれるかな。絶対、なにがあっても離れないでね」
天原が指定したのは、門のすぐ傍。どうしたって、門やその前を通る人の目に入る位置だ。
「で、でも……」
おもりがついたように上がらない足に、司はためらう。
「司くん。私を信じて」
じっと、天原に目を合わせられる。
「わ……わかりました」
重い足を上げ、なんとか門の傍に立つ。
「タロも、すぐ隣にいてね。あ、来たみたい。私は隠れて見てるから」
それだけ言い残し、天原はどこかへ行ってしまう。
その背はすぐに見えなくなり、代わりのように見覚えのある黒い車が出てきた。車は、司たちが立つ門の前で停まった。
後部ドアが開けられ、車内から降りてきた姿を見て、司の口からこぼれる。
「父さん……」
「迎えはいつもの時間だ」
実家と変わりない、圧のある声。
ほどなくしてエンジン音が聞こえ、車が去っていく。
「おまえ、そこでなにをしている」
反射的に、司の肩がビクつく。
「なにって。ちょっと人と待ち合わせてるだけですけど」
少し前のめりになって、柴山が答える。
「邪魔だ」
「べつに出入り口を塞いでるわけじゃないでしょ。無視して、さっさと通ればいい。目障りって意味なら、そう言えばいいだろ」
「ふん。馬鹿にはわからんか」
睨み合う二人の傍らで、司は違和感に気づく。
(父さん、柴山先輩だけを見てる……?)
司には、父が一度もブレることなく、柴山だけを見ているように思えた。
その証拠に、一度も司の方へ顔が向いていない。
まるで、司の存在を認識していないような様子だ。
「……生意気な餓鬼だ」
父が柴山から視線を外し、料亭の門を潜る。
ゆっくりと歩く父。
その姿を見た司は、勇気を振り絞って門の真ん中に立った。
「新入り、な――」
「父さん!!」
司の精一杯の叫びは、とても震えていたがしっかりと響いた。
なのに、父は振り返らない。それどころか、聞こえたような素振りも無い。
「父さん!!」
父の姿が見えなくなる前に、もう一度叫んでみる。
しかしそれでも、父の反応は無い。
そして、中の曲がり角を曲がった父の姿は見えなくなった。
次回「秘策 その4」は、10月25日(土)の15時10分に更新予定です。




