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秘策 その2

「平田くん。えーっと、あの書類はどこだっけ? ほら、あのときの……」

「思い出してください、部長! “あの”じゃ、新入りくんわからないですから!」

 とくつみしょ内とはいえ、日々仕事をこなしている間に、一週間は経った。

「先輩、帰ってこないな」

 言いながら、柴山が背もたれを鳴らす。

「寂しいんですか? 柴山先輩」

「そういうわけじゃ……黒石だって、今日は一日中ソワソワしてただろ」

「そ、そんなことないですし」

 そっぽを向いた黒石の、一瞬だけ(のぞ)いた耳は赤くなっていた。

「まぁまぁ。天原くんが思っていたより、時間がかかっているんだろう。さぁ終業の時間だ、寮に帰ろう」

 貫田部長の言葉と同時に、終業のチャイムが鳴り響く。

「さーてと。新入り、俺は買い出しに行くけど、なにかいるか?」

「いつも、ありがとうございます。食パンを買ってきていただいてもいいですか?」

 司が外出できなくなってからずっと、柴山は代わりに買い物をしてくれていた。

「六枚切りな。わかった、行ってくる」

 外へ繋がるドアを開け、柴山が出て行く。

「あっ、あたしも雑誌買いに行かないと」

 柴山の後を追うようにして、黒石もドアを通っていく。

 静かになった室内に、司は貫田部長と残された。

「平田くん、帰ろうか」

「はい」

 貫田部長が、革のバッグをデスクに上げる。司も、自分のバッグをデスクに上げ、持ち帰る物を入れていく。

「夕飯は何にしようかな。平田くんは決めてるかい?」

「僕も、まだ」

 貫田部長と会話をしながら、寮へ向かう。

 住む棟が違う貫田部長と別れ、司も部屋があるニ棟へと向かった。



「ただいま、ばあちゃん」

 靴を脱いで中に入り、一番に写真に手を合わせる。

「……よし」

 スーツから部屋着のスウェットに着替え、司は冷蔵庫を開けた。

「キャベツと、卵。あとは……」

 調味料を見ていると、インターホンが鳴った。

「新入り、買ってきたぞー」

 その声に冷蔵庫を閉め、玄関ドアを開ける。

「柴山先輩、ありがとうございました」

「おう」

 ガサガサと音を立て、食パンをレジ袋から出して渡してくる。

「いくらでしたか?」

 受け取った食パンをキッチンに置き、司は奥へ財布を取りに行く。

「あー……それなんだけどな……」

「どうかしたんですか?」

 歯切れの良くない柴山に、玄関へ戻りながら司が問うと。

「頼む! 夕飯、分けてくれないか!」

 突然、柴山が司の目の前で両手を合わせ、頭を下げた。

「し、柴山先輩? ま、まずは顔を上げてもらって……」

 ゆっくりと上げられた柴山の顔。その眉は、見たことが無いほど下がっていた。

「俺、料理できないんだよ。だから、いつも総菜を買って食べてたんだけど、今日は総菜が売り切れててな」

「それで……」

 いつも元気な柴山の(しお)れた姿を、司は見ていられず。

「これから作るところだったので、一緒に作って食べませんか? それで、夕飯代になりますから」

「ほ、ほんとか!?」

 とたんに上がる、柴山の眉。

「と言っても、大したものは作れないですけど……」

「分けてもらえる時点で、文句は無い!」

 尻すぼみになる司の声をかき消すような、柴山の声。

(よかった、元気だ)

 司が安心したのも、つかの間。肩を組まれる。

「なぁ、俺は何をしたらいい?」

「じゃあ、小鍋に水を入れてもらって……」



 暖かな風が、司の頬を撫でる。

(すっかり、春だ)

「新入り! ここでいいかー?」

「はい!」

 両手に持つ、ラップに(くる)んだサンドイッチを落とさないようにして、司は急ぐ。

「柴山先輩の分です」

「ありがとな」

 芝生に座る柴山にサンドイッチひとつを渡して、その隣に司も座る。

「夜のサンドイッチって、面白いな。じゃ、いただきます!」

「いただきます」

 がっつりと卵サンドにかぶりついた柴山に(なら)って、司もかぶりつく。

「ん、うまい。キャベツ食うと、ウサギになった気分で苦手だったけど。茹でるとそうでもないな」

「よかったです」

 それから二人は、しばらく無言のまま食べ進めて。

「あ~、食った!」

 一足先に食べ終えた柴山が、芝生に寝転ぶ。

「柴山先輩、消火に悪いですよ」

「たまには、悪いことしていいだろ。ところで、今何時だ?」

「もうすぐ、八時になります」

 司が腕時計を見て答えると、柴山は跳ね起きた。

「っと、危ない。そろそろ薬が切れるから、帰るな。新入りはどうする?」

「もう少しだけ、います」

「そうか。じゃあ、また明日な。今夜は、ごちそうさま」

 柴山が片手を振って去っていく。

(悪いこと……か)

 柴山が行った後で、サンドイッチを完食した司は芝生に寝転んでみる。

「星がきれいに見える……」

 ぼんやりと夜空を眺めてから、目を閉じる。

 暖かい風が吹き、芝生の青い匂いを運ぶ。

 どこからかやってきた眠気に誘われ、意識が遠のいていく。

(気持ちいいなぁ)

 完全に意識を手放す、その手前で。

「司くん、風邪ひくよ」

 遠のいていた意識を戻し、司は目を開ける。

 視界の右端に見える、人影の方を向くと。

「おはよう、司くん。あ、この時間だと、こんばんは、かな?」

「天原先輩……」

 風になびく、天原の髪が司の顔に触れる。

「あ、髪が邪魔だよね。ごめん」

「い、いえ」

 体を起こし、天原に並んで座る。

「策は成功したから。安心して、外に出られるよ」

「成功って、どういう――」

「それは明日、確認しに行こう」

 天原は立ち上がると、数歩先まで移動した。

 そして、ゆったりと鼻歌を歌いながら踊りだす。

 ダンスと言うよりも、舞と表現するほうが当てはまるような、天原の(さま)

 月明かりの下、陰になって見えない天原の表情が、より神秘さを(かも)し出している。

 そんな舞に見惚(みと)れていると、強い突風が吹いた。

 正面から吹いたそれに、思わず目を閉じて。

 再び開けたときには、司は自分のベッドに寝ていた。

(夢……)

 しかし、いつも寝るときは外している腕時計が着いている。

(どこまでが、夢なんだろう)

 そう思いながら、司は目を閉じた。

次回「秘策 その3」は、10月18日(土)の15時10分に更新予定です。

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