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司の初仕事 その4

帰路についた、司たちですが……

 天原が待つ曲がり角で合流し、駅へと向かう。

「初仕事、おつかれさま。司くん」

「僕は、特になにも……」

 隣を歩く天原からの言葉に、司は目を伏せる。

「ついていくのも、立派な仕事よ。仕事を一番近くで見るのは、自分の肥やしになるんだから」

「こやし……?」

 聞きなれない言葉に、思わず司はそこをオウム返しする。

「あっ……肥料? だったかな、今の言葉だと。要は、司くんの栄養になるってことね」

「僕の、栄養……」

 ふいに右手を掴まれ、司は視線を地面から右手に移す。

 天原の小さな左手が、司の右手を掴んでいた。

「急ごう、司くん。早く行かないと、彩に置いてかれちゃう」

 前を見れば、さっきまで天原の隣にいたはずの黒石が十数メートル先にいた。

「よし、走ろー!」

 走り出す天原に手を引かれるまま、司も走る。

(栄養……になるといいな)

 走りながら、司の頭の中にはそれが巡っていた。



「あたし、急ぐんで。走って先に戻りますね」

 最寄り駅に着いた瞬間、黒石はそう言って改札へ向かう人の波に混ざっていった。

「私は歩くけど……司くんはどうする?」

「僕も歩きます」

 天原と二人、改札を出てとくつみしょへ向かう。

「高梨さんへの報告は、お昼休み終わってからでもいいと思うから。ちゃんと休もうね」

「はい」

 とりとめのない会話をしながら、だんだんと人の通りがまばらになる道を歩く。

 あと二回、角を曲がればとくつみしょまで一本道というところで。

「……あのね、司くん」

 さっきまでの声と違い、明らかにトーンダウンした天原の声。

「どうしたんですか? 天原先輩」

「私、司くんに言わないといけな……あっ!」

 突然、天原が振り返る。

 つられて司も振り返ろうとした、そのとき。

「こんなところにいたのか」

 同時に、右肩を強く掴まれる感触。

 肩に指がめりこむかと感じるような強さと、聞き覚えのある声に、司の体は嫌な汗をかき始める。

「離してあげてください! そんなに強く掴んだら、きっと司くん痛いです!」

 すぐ隣でしているはずの天原の声が、遠くに聞こえる。

「と、父さん……痛いよ」

「司、帰るぞ」

 やっと絞り出した細い声は、父の耳に届かない。

 肩を掴む父の手が、司の体を後ろへと引っ張る。その強さに負け、司の足は後ろへ進む。

「早く車に乗るんだ。そのまま、叔父の家に行くからな」

 司を車に乗せるまで引っ張られると思われた父の力が、ふいに止まる。

「なんの真似だ」

 父の言葉に、司は顔を声の方へ向ける。そこには、車の後部ドア前で両腕を広げて立つ天原がいた。

「司くんは連れて行かせません。大事な後輩なんです」

 聞いたことが無いほど語気を強め、天原は真正面から父を見ている。

「天原先ぱ――」

「そこをどけ」

 司の肩を掴む手から、力が抜けていく。

「お前が息子をたぶらかしたか」

 その言葉に、司は肩の手を払いのけ、父に向き合う。

「父さん! 僕は自分の意思で――」

 司が頬に固い衝撃を覚えたときには、路上に倒れていた。

「司くん!!」

 天原の悲鳴と、口の中に広がる鉄の味と匂い。

(手の甲で叩くって……)

 口元を手で拭うと、かすかに赤い線が引かれた。

「大丈夫? 血が出てる……!」

 天原が司に近寄り、膝をついて司の顔に手を添える。

「……司くん。ちょっと目を閉じててね」

「えっ?」

「早く」

 言われるまま、司は目を閉じる。

「目の上、手を置くからね」

 閉じたまぶたに、天原の手の温もりを感じていると。

「なにをして――ぎゃっ!!」

 聞いたことがない、父の悲鳴。

 思わず司は目を開けるが、天原の手に遮られ何もわからない。

「天原先輩、いったいな――」

「立って、司くん」

 そう言って、天原の手が離れていく。

 なにも状況を把握できないまま、立ち上がった司が見たのは。

 目元を両手で押さえ、地面に倒れている父の姿だった。

「行くよ」

 天原に手を引かれ、司は背を向けて走った。



 走ること五分。

 見慣れてきたとくつみしょの看板の前まで来てやっと、天原が足を止めた。必然的に、司の足も止まる。

「はぁ、はぁ、はぁっ……天原先輩、いったい、何があったんですか?」

「ビルの窓に集まった光が、目くらまししてくれたの」

 息一つ乱さず、答える天原。

 司はその答えに、不自然さを覚える。

 だが、目を合わせて答えなかった天原の様子に、追及してはいけない空気を感じ、

「ありがとうございました。おかげで、父に釣れて行かれずに済みました」

 息を整え、頭を下げる。

「司くんが連れて行かれなくて、よかった」

 頭を上げると、天原は柔らかく微笑んでいた。

「もしかして、さっき天原先輩が僕に言わないといけなかったことって……」

 司の濁したそれに、天原はしっかりとうなずく。

「ほら、先週タロだけ外回りから遅かった日があったでしょ? あのとき、駅前で司くんを探す人たちがいたから、タロにちょっと(さぐ)ってもらってたの。それで、今日の外回りは特に警戒してたんだけど」

「あっ、それで柴山先輩は出る前に『気をつけて』って……」

 天原の口から出た柴山の名前。

 朝、柴山に言われたあれがただの気遣いじゃなかったことに気づいた司は、それを口から出す。

「タロ、そんなこと言ってたの? いつ――」

「先輩!」

 遮った声に振り返れば、ドアを開けて柴山が顔を外に出していた。

「帰ってるなら、早く……どうした、新入りその顔」

 ドアを閉め、外に出た柴山が近づいてくる。

「あ、これは、その……」

 父に手の甲で叩かれた頬を、とっさに片手で隠す。

「……父親か?」

 眉間にしわを寄せて問われ、司は視線を横にそらす。

「あ……やっぱりか」

 柴山は右手で頭を掻き、そのまま頭を垂れる。それから左右に振って上げた。

「ま、先輩がいたし、こうして帰ってきたからいっか」

 そう言う柴山の眉間に、しわは無い。

「じゃあ、司くん。お昼休み取りに中に入ろう? あと、ケガの手当てもしないと」

 天原がドアに向かって歩き出す。

「あの。柴山先輩」

「ん?」

 足を止めた柴山に、司は近寄る。

「歓迎会の後、偶然とはいえ、その。正体というか、えっと……」

「あぁ、少し様子がおかしかったのは、そういうことか! 別にいいって。俺だけ、ちょっと答え合わせが早まっただけだ」

 司の髪を、柴山がわしゃわしゃと撫でまわす。

「ほら、急げ。弁当の選択肢が無くなるぞ」

 背中を押され、司の足が前へ出る。

 父に肩を掴まれて引っ張られたときとは、違う感覚。

 それに、司は温かい何かを感じながら。

「はい」

 足を、前に出した。

次回、第四話は10月4日(土)に更新予定です。

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