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司の初仕事 その3

「ありがとうございました。では、失礼します」

 司は開く自動ドアを通り、外で待つ二人の元へ急ぐ。

「あ、帰ってきた」

「おかえり、司くん。チラシ置いてもらうの、一人で大丈夫だったみたいね」

「はい。前の二軒まで、お二人の後ろに付いて行かせてもらったので。大丈夫でした」

 答えてから、司はスーツの膝から下を重点的に手で払う。払う度、白くて太い毛が幾本も空中に飛んだ。

「その様子だと、待合室の犬がじゃれてきたんじゃない? 毛が取れてるか、見てあげようか?」

「すみません」

 天原に手伝われながら、司は目につく毛を払っていく。

「あの」

 背後からの声に司と天原も振り返ると、茶色い小型犬を抱いた女性が立っていた。片腕で犬を抱き、空いた手にはさっき司が持って行ったチラシがある。

「あなた方、なんでも屋なんですよね? 迷子のペット探しが得意のようだけど、それ以外でも大丈夫なの?」

「はい。なにかご依頼ですか?」

 女性に一番近い天原が、高めの声で答える。

「そう、依頼したいの。ここじゃなんだから、そこのカフェでお話ししても?」

 女性が指したのは、道を挟んで向かいにあるテラス席にあるカフェ。

「わかりました。では、移動しましょう」



 各々がドリンクを頼み、それら全てが届いてから女性は話し始めた。

「高梨と言います。依頼は、一人暮らしをしている父の様子を見て来てほしくて。ただし、私の名前や存在は隠したうえでしてほしいんです。それと、老人の見守りってわかると激怒すると思うんで、それも隠したうえで」

 言い終えて、高梨は頼んだ紅茶を飲む。

「えー……では、整理しますと。お父さまに見守りと悟られないようにして、かつ高梨さまのことを伏せたうえで様子を見て来てほしい……ということでよろしいでしょうか?」

 天原が言っている間に、その横に座る黒石が手帳に箇条書きでまとめた内容を見せる。

「はい。その通りです」

「わかりました。では、訪問方法等を一度こちらで検討させていただいてもよろしいでしょうか? 今日の午後には、再度ご連絡いたしますので」

「私の要望さえ叶っていれば、どんな方法でも構いません。父の住所と名前は私の名刺の裏に書いて渡すので、それでいいですか」

 返答を待たずに、高梨は名刺入れとボールペンをバッグから取り出し、サラサラと書いて差し出した。

「仕事の準備があるので。ドリンク代は私が払います。では」

 繋いでいた犬のリードを取り、高梨は去っていく。

 店を出て歩道を行く、その姿が見えなくなってから。

「なに、あれ! 急ぐにしても、もうちょっと頼み方があるでしょ!」

 頼んだコーヒーカップの表面を爪で弾く、黒石。

 その隣に座る天原はというと、組んだ手のひらを前へ伸ばして。

「受けたからには、やらないとね。せっかくだし、彩と司くんの二人でやってみない?」

「えっ?」

 想定せずして重なった声に、司と黒石の目が合う。

「ぼ、僕もですか?」

「そう、司くんの初仕事。ちょっとクセがあるけど、きっかけとしてはいいと思うの」

 なにかあれば私もアドバイスするから、と天原は付け足す。

「ね、いいでしょ?」

 司と黒石を交互に見て言う、天原。その顔にある笑顔は、子どものように無邪気で。

「し、しかたないですね。天原先輩が言うなら、やります。ね、新入りくん」

 変わらず笑みを浮かべている天原と、じっと見つめてくる黒石に、気づけば司は首を縦に振っていた。

「幸い、訪問先はそう遠い場所じゃないみたいだし。ささっと作戦立てて仕事して、部長とタロにサプライズしましょ」



「司くん、あとどれくらい?」

「その角を曲がって、すぐ右手にあるみたいです」

 一、二歩先を行く二人の後ろを、司は時々スマホを見ながら歩いていた。

(もういいか)

 開いていた地図アプリを閉じ、スマホをバッグにしまう。

「ここね」

 現れたのは、平屋の家だった。と言っても、敷地がとても広いわけでもなく。どちらかと言えば、こぢんまりとしていた。

「さて。二人とも、準備はいい?」

「あたしは、いつでも。新入りくんは?」

 天原と黒石、二人の視線が司に集まる。

 それに司は、小さくつばを飲んでから。

「だ、大丈夫です」

 本音を言えば、ここに向かい始めてからずっと心臓がドキドキしているし、じんわりと手汗もかいている。

(で、でもせっかくの初仕事だ。やらないと)

 二人が前を向いた瞬間、もう一度、今度は大きくつばを飲む。

 天原が下がり、黒石と司はインターホンの前に並んで立った。

「押すよ」

 黒石の指先が、インターホンのボタンを押す。

 静かな中に、インターホンの高い音が鳴り響いた。

 しかし、誰かが出てくる気配は無い。

「いないのかな……すみませーん!」

 玄関ドア越しに、中へ向かって黒石が声をかける。

 すると、

「今、出るっ!!」

 怒鳴り声にも近い大声がして、玄関の引き戸が開いた。

 出てきたのは、杖をついたシルバーヘアの男性。

「なんの用だ。訪問販売は買わんぞ」

 睨みつけるような眼差しが、ジロジロと司と黒石を見る。

「あ、いえ。わたしたち、お知らせをしたくて。とくつみしょという、なんでも屋なんですけど」

 黒石の目配せに、慌てて司は布製のバッグからチラシを出し、男性に向けて見せる。

「なんでも屋ぁ?」

 怪しむように、男性は目を細める。

「はい。庭の草むしりや電球の交換など、可能な限り困りごとを解決します」

 説明し、にこっと黒石が笑ってみせる。

「……ふんっ。そう言って、実は泥棒するんじゃないか? 最近は物騒だからな」

「警察立ち会いの下、草むしりでもしましょうか?」

 即座に返した黒石の声色が、若干低い。

 笑顔の黒石と、仏頂面の男性。

 司には、その二人のぶつかった視線が火花を散らしているように見えた。

「……チラシはもらっておいてやろう」

 司の手から奪うようにして、男性がチラシを取る。

「では、これで失礼します」

「し、失礼します」

 黒石と共に頭を下げ、男性に背を向け歩き出す。

「俺が呼ばない限り、二度と来るなよ!」

 ぴしゃりと閉められる、引き戸。

 すると、黒石が振り向いてベッと舌を出した。

「……あー、スッキリした。戻るよ、新入りくん。早く戻って、遅れてる昼休み取らないと」

 足早に行く黒石の後ろを、司は追いかけた。

次回「その4」は、9月27日(土)の16時過ぎに更新予定です。

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