表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/11

司の初仕事 その2

司、外回り頑張れー!

 あっという間に時間は経ち、週が明けて火曜日。

 ついに、司が外回りへ行く日がやってきた。

「さて。司くん、準備はいい?」

「はい」

 司は持っているバッグの持ち手を、ぎゅっと握る。

「天原先輩。あたしと新入りくんだけでも、外回り大丈夫ですって」

 デスクの上にバッグを置いて、黒石が言う。

「今回だけだから。彩、お願い!」

 両手を合わせ、天原が頼む姿勢を取る。

「し、仕方ないですね……じゃあ、次は新入りくんと二人で行きますから」

「彩、ありがとう!」

 天原が自分のデスク前から離れ、黒石に抱きつく。

「あ、天原先輩、さすがに恥ずかしい……!」

「いいじゃない!」

 じゃれているような二人から、司が目を外すと。

「新入り」

 いつの間に背後へ回っていたのか、柴山が肩を組んできた。

「し、柴山先輩」

「とりあえず、気をつけて外回り行ってこいよ。新入りが俺に言いたいこととかは、帰ったらいくらでも聞いてやるからな」

 そう耳打ちして、柴山が離れていく。

「ほら、外回り組はそろそろ出ないといけないんじゃないかな?」

「あっ、すみません部長。じゃあ、行きましょうか」

 天原と黒石が、薄手のコートを羽織る。

 それを見た司も、バッグをデスクから下ろす。

「司くん、ドア開けてくれる?」

「はい」

 先に玄関へ向かい、ドアの持ち手を掴む。

 内側へ開くと、まだ冷たい外の風が吹きこんできた。

「いってきまーす」

「い、いってきます」

 二人に遅れ、司も挨拶をする。

「いってらっしゃい」

 ドアを閉める瞬間、聞こえたそれに司はくすぐったさを覚えながら。

 そっとドアを閉めた。



「まずは印刷所からね。鈴ノ木印刷所さんに頼んでるチラシを取りに行くの」

 数駅電車に揺られ、降りた駅から歩くこと二十分。

「新入りくん、ここが鈴ノ木印刷所」

 ついて行くのに一所懸命だった司が顔を上げると、そこには小さめの工場があった。

「天原さーん! 黒石さーん!」

 工場の敷地内からした声の方を見れば、腕ごと手を振りながら歩いてくる男性がいる。

「鈴木所長ー!」

 それに黒石も手を振って返しながら、歩き始めた。その後ろを、天原と共に司も続く。

「やぁやぁ、美人おそろいで外回りかな? おや、その子は?」

 まだ数メートルほど距離があるが、首にかけたタオルで手を拭きながら、男性が大きめの声で尋ねてくる。

「この度、とくつみしょに入社した平田 司と申します。本日は挨拶に伺いました」

「そうか、新入社員か。いやぁ、春だね」

 近づきながら、男性が右手を差し出してくる。

「鈴ノ木印刷所の所長やってます、鈴木 一郎です。よろしく、平田くん」

「よろしくお願いいたします」

 司も左手を出して、鈴木所長と握手を交わす。

 しわとインクのついた手との握手は、経験したことが無いほど力強かった。

「じゃあ、明日までのチラシを渡そうか。事務所へどうぞ」



「ちょっと電話して、息子に持ってきてもらうから」

「ありがとうございます」

 ポケットからスマホを出し、鈴木所長が出て行く。

 残された司たちは、案内された事務所の三人掛けソファに座った。

(じき)晴実(はるみ)が持ってくるんで。その間、お茶とお菓子でも」

 鈴木所長が、ローテーブルに置かれたお菓子の入った器を三人の方へ動かす。

 その瞬間、

「天原さーん!!」

 その大声が聞こえたと感じたと同時に、事務所のドアが盛大に音を立てて開く。

 驚いて司がドアの方を見ると、そこには金髪の青年が立っていた。

 大量の紙が入った、持ち手の長い布製のバッグを抱えている。

「天原さん、オレと付き合ってください!」

「また今度ね~」

 青年の方を見ることなく、即座に答える天原。

「じゃあ、次会うときには!」

 しかし青年はサッパリとした声色で返すと、中へ入ってきた。

「あ、え……?」

「いつものことだから。流して」

 困惑する司に、黒石が器からお菓子を取りながら淡々と言う。

「あぁ……晴実、そろそろ止めないか。天原さんも困るだろう」

「親父、オレの一目惚れを邪魔しないでくれ……って、誰だ、おまえ」

 青年から厳しい視線を送られ、司は慌てて

「この度、とくつみしょに入社した平田 司です」

 一礼すると、青年の顔がすぐ目の前にあった。

「……おまえ、天原さんのことどう思う?」

「ど、どう思うとは……?」

 司の問いに、答えが返ってくることは無かった。

 なぜなら、青年の顔は勢いよく司の眼前から離れたからだ。

「やめないか、晴実。すまないね、平田くん」

「い、いえ」

 言いながら、司は若干のけぞっていた姿勢を静かに正す。

「ほら、晴実。平田くんに自己紹介」

「オレは鈴木 晴実。次期鈴ノ木印刷所の所長と、天原さんの未来の結婚相手だ」

 抱えていたバッグをローテーブルに置き、腰に手を当て少し背中を反らせて名乗る晴実の頭を、鈴木所長が平手で(はた)く。

 それは、スパンッと音が鳴るほどで。

「いった! 暴力反対!」

「早く工場に戻れっ」

「じゃあ、天原さん。次は良い返事待ってまーす!」

 (はた)かれた頭を両手で押さえながら、晴実が出て行く。

「では……こちらが、二日分のチラシになります」

 何事も無かったかのようにバッグから出されたのは、片面印刷されたA4の束。

「はい。たしかに、いただきました。新入りくん、これ肩にかけて」

「はい」

 黒石に渡されるまま、司はチラシの入ったバッグを肩にかける。

「では、これで失礼します。また木曜日に伺いますね」

「はい。お待ちしています」

次回「その3」は、来週の土曜(9月20日)の16時台に投稿予定です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ