始まり その1
初めまして、とりがみ めなのと申します。
この「とくつみしょ」が、初投稿作品になります。
どうぞ、よろしくお願いします。
車窓で四角く切り取られた灰色の空から、雪が降り始める。
その風景は、手元のスマホを見る乗客たちの目には映らない。
そんな中、スマホを見ずに吊り革に掴まっている、スーツに着られた平田 司の目には風景が映っていた。
(雪の影響、あるかな……念のため、早めに出てきたけど)
吊り革へと視線を移し、左手首の腕時計を見る。その瞬間、横揺れと共に車内の動きが止まった。
すぐに始まった一旦停車のアナウンスに、車内のあちこちから出るため息や舌打ちが混じる。
しかし電車は程なくして動き始め、司の目的の駅には五分遅れで着くことができた。
(この誤差は想定内。あとは、無事に面接会場に着きさえすれば)
脱いでいたコートを着て、大勢の人に混ざりながら司は目的地を目指して歩く。
時々、すれ違う人と肩をぶつけては、小声で「すみません」と謝りながら歩き続ける。
(やっぱり、都会は苦手だな)
リラックスのつもりで、一度だけ瞬きをする。その一瞬に、また肩がぶつかった。
「すみませ――」
「あぁ!? 聞こえねぇな!?」
突然の大声と、ぶつかった右肩を強く掴まれたことで、司は固まる。
「どうしてくれんだよ、なぁにぃちゃん?」
肩を掴んだまま、その手の主が司の前へ出てくる。その男性の、耳だけでなく眉や唇で光るピアスとその数に、司はつばを飲む。
「あっち行くぞ。ほら、歩け」
あごで指されたビルの間の細い道に、司は連れていかれる。その間、司は目だけを動かして周囲を見たが、誰とも目すら合わなかった。
(……あぁ。いつも、こうだ。自分を出したら、ロクなことがない)
高校のときは、どうしても雰囲気と自分が合わず、結果的にクラスで透明な空気のような扱いになっていた。志望して進学した大学でも、それは変わらない。
それでもと、ある程度の自主性を出せば、周りから嘲笑の的になった。
そして今日、一番就きたいと願う出版関係の最終面接へ行こうとしている途中で、こんな目に遭っている。
「った……」
冷たいコンクリートの壁に叩きつけるようにして、司の肩から手が離れる。
「あ、あの。就活の面接に遅れるん――」
「じゃあ、わかるよな?」
司を鋭くにらみながら、男性は右手を出して上下に振る。
「面接、遅れたくねぇんだよな?」
こういう場面を、今まで何度も経験してきた。その経験上、逆らって良いことは無い。
(もう、渡したほうが……)
持っているバッグを、胸の前まで上げる。
そのとき、
「あら、なにしてるの?」
割って入った高い声。
その出所である右側を司と男性が見れば、小柄な女性が立っていた。
コートを着たパンツスーツスタイルに、少し高めのヒールを履いているが、それでも背の低い方に入る司より低く。
明るいミルクティー色の長い髪は軽く巻かれており、控えめながらもメイクされた綺麗めの顔つきから年は二十二才の司より少し上だろうか。
「なに見てんだよ」
「払えばいいのよね?」
今にも女性に襲いかかりそうな気迫の男性に女性は微笑みかけ、ヒールを鳴らして近づいてくる。
「おまえが払っ――うぉっ!?」
突然、司の視界から男性が消えた。
「えっ?」
「ほら、走る!」
状況に頭が追いつかないまま、右腕を掴む小さな手に引っ張られ、司はその場を離れた。
「ここまで来たら、いいでしょ」
「はぁ、はぁ、はぁっ……」
女性に引っ張られるがまま走り、止まったところで司は息を整える。
「大丈夫?」
司に尋ねる女性は、息ひとつ乱れていない。
「はぁ、はぁ……ありがとうございました。おかげで、助かりました」
姿勢を正し、司は礼をする。
「いいのよ。私は徳を積めたし」
「本当に、ありがとうございました。これで、面接に……あっ」
腕時計を見ると、面接の時間まで十分を切っていた。
「今どこにいるか調べて……」
司は急いでスマホを出し、地図アプリを開く。
「……反対側だ」
走るどころか、タクシーを使っても間に合うかどうかわからない。
その事実に、司の顔が青ざめていく。
「ねぇ、きみって就活生?」
ショックで言葉を出せない司は、かすかにうなずくことで辛うじて女性の質問に答える。
「会社に電話、かけてみたら?」
「怖い人に絡まれたので遅れますって、話しても信じてもらえないです」
「私も行くから」
「このご時世、動画や写真でもない証拠を信じてもらえるか……」
答える度、司の顔が下を向いていく。
「すみません。助けてもらったのに、何もお返しできなくて……」
「いいのよ。私は私の事情でしたことだから」
暗い表情で謝る司に対し、女性は明るく返してくる。
「それよりも……」
うつむいた司の視界に、女性の顔が入る。
「な、なんでしょう……?」
綺麗な顔に見つめられ、司が顔を上げると。
「振り回しちゃったお詫びに、会社を紹介させてくれない?」
「えっ」
予想外の提案に、思わず司は声が出る。
「怪しいとこじゃないのは、保証するから……って、初対面に言われても信じられないよね」
そう言って、女性は司から目をそらした。
「あ、えっと、それは……」
言葉を詰まらせる司に、女性はにこりと微笑み、
「ごめんね。困らせるようなこと言って。でも、きみが選んでいいんだよ」
「僕が、選ぶ……」
その言葉に、司の頭が思考を巡らせ始めた。
(今から会場に行っても、面接の時間には間に合わない。かと言って、遅刻の連絡をして面接が受けられる可能性が、高いわけでもない)
しばらく、考えこんでから。
「まず、会社に連絡してみます……ダメかもしれませんけど。それから、返事をしてもいいですか?」
「もちろん」
「ありがとうございます」
お礼を言ってすぐ、司は女性に背を向けてスマホを操作し、電話をかける。
「おはようございます。本日、十時半から面接を受ける、平田 司と申しますが……」
それから数分後。
「はい……失礼いたします」
電話を切った司は、女性の方を向く。
「どうだった?」
「……ダメ、でした」
女性の問いかけに、司は一呼吸置いて答える。
「そう……それは、残念」
それに引っ張られたかのように、女性の表情が曇る。
「あなたのせいじゃないです。僕が、もっと……」
感じなくていい負い目を、感じさせたかもしれない。
そう思って司は言葉を出すも、肝心の言葉が続かない。
(なにしてるんだ)
小さく頭を左右に振り、司は考える。
その結果、出てきたのは。
「あの、図々しいとは思いますが……会社、紹介していただけませんか?」
「ほんと? 来てくれるの?」
曇っていた女性の表情が、司の言葉で明るくなる。
それを見て、司は胸をなでおろした。
「はい。ぜひ」
「よかった! じゃあ、ついてきて」
女性が、司に背を向け歩き出す。
その後ろに、司も続いた。
まだまだ始まったばかり。
一話を四分割(その4でひとつの話が完結)する形で連載していきます。
なお、第一話のみ一気にその4まで載せます。第二話以降は、一区切りずつ載せていく予定です。