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第五話 魔術師見習いの少女

 昼下がりのころよりは信徒たちの数も減り、ある程度静けさを取り戻した聖堂の端に人影が三つ。マリアンとウォルフ、そして長椅子の端に少し俯き気味に座りひざ元に三角帽を抱えた少女だ。その横にマリアンとウォルフが立っている。


「コホン…。で、お話とは…」


 どこか浮かれている雰囲気を隠しきれていないマリアンが平静を装った優しい口調で話を切り出した。


「は、はい。まず私はエマと言います。魔術師見習いの…」


「エマさん、ね…。僕はマリアン、こちらは先輩のウォルフ神父です」


「よろしく」


 相変わらず所作がぎこちないマリアンの横でウォルフは自然な笑みをエマに向ける。エマはウォルフには素直な笑顔を返したが、マリアンにはどこか含みがあるような笑みを送った。だがマリアンはそれに気づく素振りがない。


「えっと。あの、私の家系は代々魔術師なんです。それで今年から魔術学校に入学するんですけど、神父様のどなたか学校のある王都までご一緒してほしくて、その相談に来たんです。そうしたら教会の前で自警団に見つかってしまって…」


「そうだったのか…」


 事情を聴いたウォルフが顎に手を当てる一方で、マリアンは少し困惑した様子のまま笑みを浮かべた。


「でも王都行きなら毎日馬車が出ていますよ、どうして利用なさらないんです?」


 王都ベリアラスとヤンクロット間は幹線街道があり、毎日荷物や人が馬車で行きかっている。当然馬車に人を乗せることもしょっちゅうあり、中にはそれを専門とする馬車もあるほどだ。するとエマがマリアンに露骨に困惑したような目つきを向ける。


「それが町についてから突然馬車の運賃が突然値上がりして、手持ちの路銀が足りなくなってしまってたんです。入学費用を切り崩すわけにはいかないし…。それで困り果てていたら、神父様が同行してくれるならなんとかなるかもしれないって話を聞いて。それで…」


「そうだったんですね」


 そこまで言ったところでエマが三角帽をギュッと握り気持ちが沈んだような顔で俯く。それを聞いたウォルフがマリアンに目くばせするが、当の本人は向けられた視線にも気づかず何やらエマの話を本気で捉えているような顔していた。実際この手の話は教会に良く舞い込んでくる。様々な理由をつけては神父の同行を求め、その権力に預かろうとするのだ。一方で教会も神父もそこまで暇ではない。


 そのことはマリアンも良く知っている。しかしエマから視線を反らせず、どうしてもかっこいいところを見せたいという欲求が、感情が理性を脳内から追い出してしまう。どう見ても浮足立っているマリアンを現実に引き戻すが如く、ウォルフが自らの拳を口元に当てて咳払いした。


「そりゃ、多分検問のせいだな」


「「検問?」」


 腰に手を当てたウォルフの方へマリアンとエマが首を向ける。


「ああ。なんか最近、特に王都に出入りする女性の旅人に対する行動制限が厳しくてな。夫婦とか家族とかが同行してないとか…、つまりは後ろ盾がない人は徹底的に調べられるんだよ。馬車の連中、それで余計な手間と時間を増やしたくないんだろ」


「初めて聞いたけど…」


「…お前は何も知らなさすぎだ。少しは信徒と雑談をしろ」


 ウォルフが不意に指でマリアンの頭を小突き、マリアンが「イテッ」と小さい悲鳴を漏らす。その様子を目を見開いて眺めるエマ。


「そ、それで…。いつ制限が解除されるかわからないんですか?」


「ん~、それは偉い人の胸三寸だからなぁ…」


「そんな…」


 ウォルフが腕を組んで困ったように目を瞑った。一方「職務中なのに…」とぼやきなら頭部をさすっているマリアンの目の前で、エマの表情が一気に暗くなる。そこで三人とも言葉が途切れてしまい、場が気まずい雰囲気になり始める。するとマリアンが会話を途切れさすまいと慌てて口を開く。


「な、何とかならないかな? なんなら僕がついていっても…」


「良いんですか?」


「待て待て!」


 やや裏返ったマリアンの声が聖堂に響き、エマの顔が明るくなった。残っていた信徒や神父たちの視線が三人に向けられる中、ウォルフが二人の会話を遮る。


「少し失礼」


「え!? ちょっと、苦しい…」


 ウォルフがエマに断りを入れ、ぽかんとしている彼女をしり目にマリアンの首根っこを掴んで聖堂の隅へ引っ張っていく。そしてウォルフがマリアンの肩に右腕を回すとお互いの顔を近づけさせた。


「おい、何考えてるんだ。お前まだ町の郊外すら行ったことがないだろ」


「だ、だって彼女困ってるじゃないか。助けてあげないと…」


 真剣なまなざしのマリアンにウォルフが困惑の視線を送り返す。


「―お前何言ってるかわかってるか? 彼女が嘘をついてるかもしれないのに」


「分かってる。けど見捨てるなんて…。それに主が見てる前で追い出すのも…」


 マリアンが顔を動かして聖堂の奥の十字架を盗み見る。その瞬間、ウォルフの顔が呆れ一辺倒になった。そして口ごもって次の言葉を考えている時に、背後からエマの声が飛んでくる。


「無理、なんですよね…?」


 振り返った二人の先でエマが今にも泣きだしそうな顔で立っていた。帽子を両手でギュッと掴んでいるせいか、その瞳をたたえる目が潤んでいるように見えてしまう。


「…残念ながら。我々もできることに限度がありますので。仮に神父が同行しても馬車の御者はあなたを乗せるのを渋るでしょうし…」


 ウォルフがマリアンの首元から腕を離し、エマに向き直り姿勢を正した。その表情は真剣そのものであり、声色も神父としての威厳を満たすものだった。


「分かりました」


 エマがまるであふれ出んとするものを抑え込むようにフッと笑って見せる。


「でも、お話を聞いていただいて少し気持ちが楽になりました。ありがとうございます」


「いえいえ。お役に立ててよかった」


 エマとウォルフがにこやかに言葉を交わしている中、そのすぐ横でマリアンは立っていることしかできないでいた。二人の会話も耳に入らず『どうすればエマを引き留められるか』ばかり考えるも、何も浮かばない。焦燥感だけが黒い濁流となってマリアンの心に押し寄せてくる。


「では、失礼します」


 エマのその言葉を引き金に、気が付くとマリアンの体が動いていた。「良い旅路を―」とウォルフが言い終わる前に、マリアンの手が背中を向けたエマの手首を掴んでいたのだ。


「待って、何とかするから」


 マリアンの張り詰めた顔と強い眼差しが振り返ったエマを見据える。彼女は突然の事に一瞬恐怖と驚愕が混ざった顔になったが、すぐにそれらを引っ込めて困惑した表情になる。それを見ていたウォルフは思わず右手で顔を覆ったのだった。


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